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1章 忍び寄る糸が意図するものは……

20話 奇襲

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 現在、アリシアの運転する車は猛スピードで大通りを走り抜けている。 

 そして、追手は依然として真後ろへと張り付いて来ていた。それも、5台もの黒塗りの車がサイレンを鳴らしながら。

 当然の事ながら、奴らは簡単に逃がしてくれる気などない様子。

 さらにその時、真後ろにいた車の一台が並走してきた。

 それと同時に、車に付けられたスピーカーから
「止まりなさい! これ以上の暴走行為はお前達の罪を重くするだけだぞ」と告げてくる。

 だが勿論、アリシアはそれを無視した。

 それどころか、ハンドルを切って側面に体当たりしていく。

 すると、ぶつけられた車の態勢は崩れ、ふら付きだす。

 しかし、それも一瞬。車はすぐに立て直し、ぴったりと後ろに張り付いてくる。

 それを見て、アリシアは
「流石、治安局。よく訓練されているわ」となぜか誇らし気に言い放つ。

 どこか彼女は、この状況を少し楽しんでいる節がある。

 そこでジークは、彼女の気を引き締めさせる様に
「奴らを引き離さない事には、例の屋敷まで辿り着けんぞ」と言い聞かせた。

 それに対し、
「ええ、分かってるわ!」
と返事が返って来るが、同時に彼女は何の断りもなく急ハンドルも取ってきた。

 すると車は、減速することなく、狭い路地へと突っ込んでいった。

 あまりにも無茶苦茶な運転。それにより、車体は大きく膨らみ側面から壁に激突してしまう。

 だがそこで、アリシアはぶつかった弾みを利用し車体を立て直す。次いで、そのまま路地を減速することなく爆走していったのだ。
 

 無茶苦茶ながらも、彼女の運転スキルは神がかっている。

 ただ、あまりにも急な動作であった為に、車内の揺れは尋常じゃなかった。ジークは弾みで首も激しくもたげ、思わずダッシュボードへと頭をぶつけてしまっていたのだ。

 そこでジークは、額を抑えながら文句を垂れる。

「急にハンドルを切るな! やるなら、やると言え!」

「ええ、わかったわ」

 彼女はジークの言い分に了承を示してくれた。

 しかし、その時またしても急ハンドルを取り、路地を左折していった。そしてジークは、先程同様に頭をぶつけてしまう。

 ただ、その最中にアリシアからは
「路地を曲がったわよ」と告げられた。事後報告で。

 その様子にジークは
「こいつ……。俺が運転していた方がマシだったか?」と半ば諦めつつ、呟く。

 するとそこで、アイシャが絶望に満ちた表情を浮かべ
「いつまで、続くん……?」と問いかけてくる。

 それには、無情にも
「知らん。ただ、吐くなら奴らを狙って吐けよ」とジークは告げるのだった。

―――――――――――――――――――――― 

 その後も、アリシアの過激な運転はしばらく続いた。

 ただ、そんな無謀な運転が功を奏したのか、追手との距離はみるみるうちに遠ざかっていく。

 やがて、車は路地を縫う様に走り続け、海沿いの道にまで辿り着いた。

 夜の海岸線は非常に暗く、ヘッドライトに照らされる先以外は全くと言っていい程何も見えない。対向車はおろか、ここまで来ると追手の姿も全く見えなくなっていた。先程まで後方で鳴り響いていたサイレンの音も聞こえてこない。聞こえてくるのは、穏やかな潮騒だけ。

「撒けたかしら?」

 アリシアがそう問いかけてくるのに対し、ジークは疲れ切った声で
「はぁ……どうやら、そのようだな」と答えた。

 すると、それに同調する様にアイシャがやつれ切った表情で
「生きた心地がしやんかった……」と呟く。

 しかし、当のアリシアは乾いた笑いを漏らしながら、問いかけてくる。

「そんな大袈裟な。楽しいドライブだったでしょ?」

 それには、ジークとアイシャの二人が同時に
「どこがだ!?」
「どこがや!?」
と突っ込みを入れた。

 ただ、それを聞いても尚、アリシアには響いた様子はない。

「これを楽しめないんて、勿体ないわね」と告げてきたのだ。

 そこでジークは呆れ果て、押し黙ってしまう。

 しかし、一方のアイシャは一呼吸置いた後に、話を切り出して来た。

「……で、何であんたはジークに協力してんの?」

 するとアリシアは、
「そうね。あなたには、まだ話していなかったわね」と呟き、牢で話し合った事をやっと彼女に伝えるのであった。

――

 アリシアが一部始終を語り終えると、アイシャは少し驚き
「もしかして……このまま、その屋敷へ向かおうとしてるん?」と問いかけてきた。

 それには、ジークが一言「そうだ」と答える。

 そこで、アイシャは少し考え込み、
「そこに……、ミーシャが囚われている可能性が高いんやよね?」と問いかけてきた。

「それは不確かだが、可能性としては十分に考えられる」

 
 ジークがそう答えた後、彼女は食い気味に告げてきた。

「少しでも可能性があるなら、うちも絶対に付いていく!」と。

 そして彼女は、ジークとアリシアを凛とした眼差しで見つめてきた。その眼差しは、暗に否定はさせないと訴えかけている様にもとれる。

 そこで、ジークはため息を漏らすと共に「わかった」とだけ呟いた。

 するとアイシャは、拒絶されるとばかり思っていたのだろう。彼女は素っ頓狂な声を漏らし、「え?」と問い返してくる。

 それにジークは
「どうせ、何を言っても勝手に付いて来るつもりだろう? だったら、下手な動きをされるよりはマシだ」と答えた。

 ジークは正直、アイシャならそう言ってくるだろうと、始めから思っていたのだ。それに、拒絶したところで無理にでも、付いて来ようとするのも明白。それは、治安局本部にまで乗り込んできた時点で想像が付いていた事である。

 ただ、一応は彼女へと忠告を促す。

「ただし、俺達は無謀とも言える賭けに出ようとしている。お前がこれ以上踏み込むなら、安全を保障する事はできなくなるぞ」

 すると彼女は、即座に
「それは覚悟の上やし、うちはもう捕まるようなへまを犯さない」と答えてくる。

 しかしそれは、どの様な危険がつき纏ってくるか、本当に理解しているのか怪しかった。

 そこで、ジークはさらに忠告を付け加える。

「言っとくが、脅威はエレクの奴だけじゃないぞ。俺達は脱獄犯だ。これ以上加担すれば、お前までも治安局に追われる立場となる」

 だが彼女は、それも十分に理解していた様子。

「それも承知の上。それに、その件に関しては手遅れやよ。うちも、警備員や追手の者達に顔を見られた可能性が高いんやから」

 そう言い放ってきた彼女に対し、ジークは
「……それは、そうかもしれんな」と納得してしまう。

 そして彼女は、少し笑みを浮かべながら、告げてきた。

「でしょ? うちはすでに、あんた達と同じ立場やよ」

 彼女の態度や言葉からは、迷いは一切感じられない。

 そこでジークは、最後に確認の意を込めて問いかける。

「はぁ……。要するに、それらの事をよく理解した上でも付いて来ようとするんだな?」

 すると彼女は、ため息混じりに告げてきた。

「ジーク、くどいって。あんたも、よく理解してくれてたやん。うちが何を言っても、勝手に付いて来るって」

 それに対し、ジークは
「ああ。改めて思い知らされた」と答えて口を閉ざす。

 しかしそこで、なぜかアリシアがおもむろに笑みをこぼしてきた。

 そして彼女は
「さて、これ以上踏み込んで何も掴めなければ、みんな仲良く務所行きね」と縁起でもない事を告げてくる。

 それにはジークも
「その通りだが、笑えないな」と漏らし苦笑いを浮かべるしかなかった。

 だがその時、車内が急に眩い光で包み込まれる。それは対向車のトラックから放たれる光。それも、トラックはハイビームでこちらへと近づいて来ていた。

「全く、眩しいわね」

 アリシアはそれに文句を垂れると、パッシングをして対向車へロービームにするよう促した。しかし、それを対向車は意に返さず、ハイビームのまま勢いよく向かってくる。

 それもよく見れば、トラックはこちら側の車線を爆走してきていた。

「逆走!? なに考えてるの!? このトラックは!?」 

 アリシアは慌ててハンドルを切り、車線を変える。すると、トラックもそれに合わせ車線を変えてきた。すでに、トラックとの距離は目前まで迫っている。

 そこでジークは察しがいった。

「こいつ……! 当てに来てやがる!」

 そしてアリシアは、ぶつかる直前に元の走行車線へと戻したその時、トラックが車体の側方へと勢いよくぶつかってきた。

 それにより、車内に激しい衝撃が走り、車はスピンしてしまう。完全に制御は利かない。車は駒のように回り続け、道を滑っていく。それでも、アリシアは何とか道に踏みとどまろうと試みていた。

 だがその時、車は遂にガードレールへとぶつかる。そして勢いそのまま、車はガードレールを突き破っていった。

 長い浮遊感。暗い闇の底へと引きずり込まれるその最中は、とても長く感じた。

 ただ次の瞬間には、車が激しい音と衝撃を上げながら、海面へと叩きつけられる。

 それと同時に、車内には勢いよく海水が流れ込んできた。

 そしてジークの意識は目の前の泡と共に消えていく――
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