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第五章 ~ゲームに無かった展開だから遠慮しないで歯向かう~

もう忘れてもいいじゃない・1 $リオ$

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*   *  * 時間は朝、イグザが見舞いに来る前に遡る *  *   *



おれが病院に運ばれてから数日が経った。



入院中に掛かる色々な費用……まずは治療費、部屋代、食事代に入院中の部屋着……が心配だったけど。聞いた金額はおれの予想よりも随分と安かった。
しかも看護師さんが言うにはその入院費、おれが払う必要は無いんだって。

刺された日の夜、オネェと、おれが辞めた店のオーナーが見舞いに来たからさ。てっきり迷惑料代わりにオーナーが払ってくれるのかと思ってたら。
犯罪被害者は無償で、最低限必要な治療を受けられるんだってさ。
そんなの初めて聞いた。そんな制度があるの、この町だけなんじゃないの?

おれのケガ自体は生命に関わりそうなもんじゃなかった。
だから高度な治療も要らなくて、つまり、ほぼ最低限で済むみたい。
オーナーはそれにプラスで費用を出してくれて、おれは最低限よりもたぶん、ずっと高い治療を受けさせて貰ってる。
どれぐらい違うのか、具体的には知らない。でも何となく分かりそう。
だって、薬を塗ったり、包帯を替えたり……そんなにか、って頻度で看護師さんが来るんだから。それに毎日の食事も、普段より格段にイイモン食べてる。
これって絶対、ちょっとのプラス料金じゃないでしょ?

病院の滞在日数だって。
ケガしたのが太腿だから歩くのは大変だけど。でもそれだけだろ、おれって。
もう退院してても不思議じゃないのに、まだ入院してる。その分だけ入院費用もプラス料金も掛かるのに。
……おれは助かるけどさ。だって今無職だもん、おれ。


見舞いに来てくれたオーナーから、少しプラスで費用を出す……って聞いたけど。
まさか、こんなにだなんて思ってなかったよ。そうと分かってたらおれだって、流石に断ったってば!
何日も入院してて今更、やっぱり追加はいいです、なんて言っても。もう費用は払ってるだろうし、お金がオーナーに返されたりはしないんだろうなぁ。
そう考えたら、おれは有難く入院させて貰っとくのがいいのかもな。


「なんか申し訳ないけど……。オーナー、ありがと。」

オーナーに聞こえるわけじゃないけど。口に出してみた。


そうそう。オーナーって言えばさ。
例の先輩娼夫に絡まれる原因のひとつになった……おれの態度が可愛くなかったのも原因のひとつだろうから……新人の『当番』の話だけど。どうやらオーナーの耳にも入ってたみたい。一応。
入ってるけど、それをオーナーが禁止するのは難しいんだってさ。
オーナーの下にいる店長も、「今すぐに、あの慣習をどうにかするのは難しい」って考えてるみたいで。

そりゃそっか。
慣習が店に根付いたって事は、それなりに受け入れられてたって事だもんな。客側にも、タチ娼夫側にも。
店を辞めて、落ち着いて考えたら。そんなもんか。

実際、仕事を押し付けられる新人側でも、どれだけ負担かは人それぞれ。
おれは嫌だったけどさ。少ない人数だけど同僚の中には、性欲が有り余ってる奴もいたし。当番で相手する客を「ちょうどいい練習台」って喜んでる奴もいたっけ。
そう考えるとホント……単におれが合わなかっただけ、なんだな。


ホンっト……接客業やってもダメ。
兵士やってもダメ。
せっかくタチなのに娼夫やってもダメ。
……なんにも出来ないじゃん、おれ。



「あ~ぁ、なんか落ち込んで来ちゃったよ。」

おれの独り言を聞く人は誰もいない。
優雅な一人部屋、ってね。

……嘘。本当は隔離みたいなもんだ。
これでもタチだからね、おれは。

おれがタチ娼夫だって事は、担ぎ込まれた日に分かってるハズなんだけどなぁ。
見た目的にそう思われなかったのかも知れないけど。オネェと彼……イグゥが見舞いに来てくれた日の夕方になってから、慌てた感じで部屋が変わったんだ。


「朝ご飯は……食べた、うん。」

部屋の中で聞こえるのはおれの声だけ。
他に音がしなくて、今はそれがツラい。

環境は全然違うのに、ふと思い出しちゃう。
夜中。傷が痛んだ時にあの痛みと錯覚する。
王都のハーレム宮殿で軟禁されてた時の事。



だからおれはイグゥの事を考えて自分を誤魔化す。
自分の中から、怖いって気持ちを、無い事にしたくて。

見舞いに来てくれたイグゥ。
意外と気が多いエピソードを言わされるイグゥ。
年上が好きな、ちょっとだけムカ付くイグゥ。
名前を教えてくれた時の、ちょっと威張ったイグゥ。
急にサラッと好きだ、なんて言って。おれを泣かせたイグゥ。
おれにキス、しようとした…


「…っ、……。」

ベッドの上で思わず自分の身体を抱え込んだ。
咽喉に何かが張り付いたみたい。


あの時、キスしたかった。おれも、したかった。だから目を瞑ったのに。

怖くなって…………出来なかった。


「もう……いい加減に、忘れたって……いいじゃない。」

忘れたいのは、忘れてない証拠。
おれは、まだ心の奥で……タチが怖い……。




コンコン、コンっ。



「………!」

不意に聞こえたノック音に、全身の毛が逆立つような気がした。
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