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第三章 ~改めてゲームを見守ろうとしてから自分の名前を思い出すまで~

名前も知らない男と●●●10 $リオ$

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オネェを殴ろうとした口髭の店員が、離れた所で無様に倒れてる。
大の男をアッサリとふっ飛ばした彼は涼しい顔で、オネェを庇うように前へ出た。
守ろうとする動作が凄く自然で、そんな風に振る舞える彼に、おれはドキッとした。

ニイさんから指示されたっぽい先輩が彼に向かって、殴ろうとして飛び掛かる。
先輩の左手が彼の服を掴んだ。右腕が振り上げられる。

「……っ!」

おれが悲鳴を上げそうになった、次の瞬間。


「っだあぁ~~~~っ!」

実際に悲鳴を上げたのは先輩の方だった。
彼は殴り掛かって来る拳を叩き落とし、服を掴んでた手も難なく振り解いてた。


さっきといい、今といい……ドキドキする。
何だこれ。そんな場合じゃないって、さっきから。分かってるのに。



「大丈夫……?」
「…うん。」

オネェが駆け寄って来てくれる。
おれの背中をさすってくれて、その暖かさが有難い。


「リッカ達は下がってて。」

初めて聞いた時の穏やかな感じとは違う、ちょっと硬めな声。
オネェの……いや。リッカの様子を確認するように、彼はチラッとこっちを向いた。安心させるように口元に微笑を浮かべて。






それからの彼は、とにかく……凄い。の一言しかない。

隙を突こうとした先輩は、彼が二回ぐらい腕を振るっただけで、動けなくなった。
酒瓶を握って襲い掛かった口髭の店員も、何一つ彼に危害を加えられない内に、地面に這い蹲る姿勢で取り押さえられた。暴れようとして藻掻いてるけど、動けないでいるみたい。


嘘……っ。こんな事ってあるんだ……。

リッカに手を借りてやっと立ち上がったおれは、目の前で起こる事を、信じられない気持ちで見てた。




「……なぁ、退いてくれないか?」

彼はそのままニイさんと話を始めた。
口髭の店員を押さえ付けてるのに、そんな乱暴な事をしてるって思えないぐらい、淡々とした口調で。

おれも動けなくなってた。口もきけない。

芝居でも見てるような気分。それか、夢。まるで現実感が無くて。
偶然助けてくれた人が信じられないぐらい、強いなんて、そんな事。子供向けの絵本でしか見た事が無いよ……。


「リッカ達に乱暴しないって、約束してくれるんなら…」
「ハッ、嗤わせるぜ。」

彼の言葉を鼻でせせら笑って、ニイさんがおれ達の方に顔を向けた。
リッカがおれを背後に庇ってくれる。

脅しの言葉を出したニイさんに対して、彼は冷静だった。
逆にニイさんに警告して、二人に乱暴しないで欲しい、って姿勢を貫いた。


「ニィチャン……、そいつの何なんだ?」

それはおれも聞きたかった事。

ここまでして助けて貰える理由が思い付かない。
リッカの事が心配なら、おれなんか置いてけばいい。

じっと彼の答えを聞いたけど、どうしてなのかは分からなかった。
分かったのは、彼が途方もないお人好しだって事だけ。



結局、その場はニイさんが退いた。
立ち去り際のニイさんから言われた台詞に、店を辞めるって返した。

「へぇ、そりゃ清々するぜ。」

その言葉は、おれの気持ちだったかも知れない。
力が抜けて地面に膝を着いたリッカの背中を、今度はおれがさすりながら。
これでしばらくは、裸を見たり見られたり、身体を触ったり触られたりしなくていいんだって。そう思って、ホッとしてた。



「二人とも……有難う。オネェさん、大丈夫?」

さっきおれがして貰ったように、立ち上がるリッカに手を貸して身体を支えた。
リッカは中途半端な状態で片手を……彼に向かって差し出す。

「ねぇ? ……手を。貸して貰える?」
「あ。あぁ……もちろん。」
「……手。震えてるわよ。」
「あっ……。」

手を取り合う二人。

リッカは彼の手を、大切な物のように両手で優しく握って。
彼は恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうにしてる。

羨ましくて、目が離せなかった。




意外な事に彼は、こういう荒事に慣れてないらしかった。
あんなに強くて、落ち着いてるように見えたのに。

「ふぅん、意外~。涼しい顔してたから、慣れてるんだって思った。……あの、さ? カッコ良かったぞ?」

誰かに話し掛けるのって、こんな緊張するもんだっけ。
ちゃんと話せてるか、ちゃんと笑えてるか、ドキドキしてる。



この気持ちが何なのか。
自分でも薄々気付いて来て、だからこそ、自分で戸惑った。だって……。

だって、おれが。好きに、なっても……いいのかな……?
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