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第三章 ~改めてゲームを見守ろうとしてから自分の名前を思い出すまで~

名前も知らない男と●●●8 $リオ$

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「ん、ぅ……。……はッッ!」


嫌な夢で、汗だくになって目が覚めた。
飛び起きたベッドの上で後ずさりながら、周りをキョロキョロする。

落ち着いてよく見たら、何て事ない。
おれが借りてる安宿の一室だ。ハーレムの寝室とは全然、何もかも質が違う。
どんなに寝惚けてもハーレムだって間違えないようにする為、ここを選んだんだ。
備え置かれてる家具しかない、何の飾りも無い、地味で安い部屋だった。


這い出るようにしてベッドを下りて、身支度を整える。髪は丁寧に纏めてワンサイドに。
おれが一番、綺麗に見える髪型。
それが分かった事が……ハーレムに入ったおれの唯一の収穫だ。

鏡に映ったタチっぽくない姿に、自分でも苦笑いが洩れた。




   *   *   *   *   *   *




出勤する為に家を出たのに。
気付いたら果物屋で、リンゴをいつもより沢山買ってた。

坂道を上る途中、人とぶつかりそうになって。
お互いに避けようとして、結局それぞれが転ぶ羽目に。


「ちょっと、アンタ、大丈夫?」
「大丈夫。コケただけだから。」

おれの方が先に起き上がって、相手に手を貸した。
返事に安心して、おれは落とした袋とリンゴを拾い集める。


坂道を下りてく相手の事をじっくり見る事が出来なかった。
ぶつかりそうな瞬間、相手の瞳に……チラッと見えた気がしたから。

あの天守と同じように、瞳孔にシルシが……。

気の所為に決まってる。あんな所にシルシがある人なんて、そんなにいるハズない。
きっとハーレムにいた頃の夢なんか見ちゃって、寝起きが最悪だったからだ。
神経が怯えて過敏になってるだけ。



幾つか坂道を転がったリンゴは、果物屋のネモーリさんが拾ってくれてた。
お礼を言おうとして、その隣にいる男に気付いた。さっきまで居なかったのに。
前にも見掛けたタチっぽい男が。
リンゴを抱えて、ジッとおれを見てる。


急に恥ずかしくなる。
おれが転ぶ姿を見られてた……よね?


「拾ってくれて有難う、ネモーリさん。……そっちのアンタも。」

妙に落ち着かない気分なのを気付かれないように、おれは媚びる笑顔を作った。
タチとしては最低ラインのおれだけど、この町でもおれの顔は「綺麗だ」って言って貰えてたから。

だけど効果は無かった。
彼の表情はちっとも嬉しそうにならない。早くリンゴを受け取って欲しそうなだけ。


おれがネコだったら、もうちょっと喜んでくれたかな。
綺麗だって……言って貰えたかな。

悔しいわけでもないのに、ちり…っと胸が痛んだ。


「お礼に一個あげる。リンゴは嫌い?」

気付いたらリンゴを一つ、強引に押し付けてた。
おれの事、覚えてて欲しくて。

もし次に会う事があったら……。


「ありがとう。」

初めて聞いた声は穏やかだった。
余裕があって。他のタチをわざわざ見下さない。格が違うんだ。

おれが知ってるタチとは、全く別物みたいだった。




   *   *   *   *   *   *




その日の夜。
時間制でおれを買ったのは兵士だった。


「今晩は、リオです。ご指名有難う……でも無いのかな?」

客に疑問形で挨拶したのは初めてかも。
指名が入った事を伝える受付が、微妙な表情だった理由が分かった。


基本的にネコばっかりな兵士は、娼館の常連客に大勢いる。
だけどルサーって兵士は明らかに客じゃなかった。

娼館に来てるのに、目が男を欲しがってない。
実が疼いてない時期だとしても、ついつい目がタチ娼夫を見る……なんて様子も無かった。
なんだかまるで、仕事で来たみたいな。


話すだけらしいから、酒場に案内した。飲食代が掛かっちゃうけど。
新人の『当番』の事を話すんじゃないかって警戒した先輩が、ずっとコッチを睨んでるから。
その事を兵士に伝えるつもりは無いから、先輩から見える所で済ませてやろうって思ったんだ。

おれには納得出来ないし、金貰ってるんだから働けよって思うけど。
嫌かどうかは客が決める事だから。
『当番』の件で兵士が動かないのは、苦情を詰め所に訴える客がいないって事だろ。
単におれが……合ってないだけ、なんだろうな……。


ルサーの話はちょっと不思議だった。

自分の名前が分からない男がいて、ルサーはその男の知り合いを探してた。
知り合いの情報とおれの情報が似てたみたい。
もし男が訪ねて来たら、会って欲しいと頼まれた。
その時の料金はルサーが支払う、とも言われた。



ちょっと羨ましかった。

ルサーにとって、きっと大事な男なんだな。
こうやって知り合いを探してやるのもそうだけど、その男の事を話すルサーは優しい目になってて。相手の事を可愛く思ってるのが分かった。
きっと、この人も大事にされてる。



おれも天守の事、ちょっとでも大事に思えてたら。


ちょっとでも大事に、してくれたかな……。
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