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第三章 この国に来た頃まで戻って
71 俄には信じられない不思議な話
しおりを挟む何処かに移動するとして、2人はひとまず図書館へと向かった。
そこに馬車を停めてあるからだ。
猫に誘われるまま、一般市民街まで歩いて来てしまった。
図書館は貴族街と一般市民街との境目辺りにある。
ここからは結構な距離があるが、図書館に馬車を停めたままには出来ない。
2人を遠く噴水広場まで連れて来た猫……ミュシャは、移動中はジョージの肩や腕でおとなしくしていたが、図書館に着くと身軽に地面へと飛び降りた。
そして挨拶するかのように一声鳴いて、そのまま敷地内に姿を消した。
「あっ、ミュシャ、またね……って。もう見えなくなっちゃった。」
「あっという間でしたね。もう用件は済んだ、とでも言うのでしょうか。」
「……うん。たぶん、そうなんだと思う。」
ミュシャが潜り抜けて行った茂みの向こうからは、姿こそ見えないものの、猫の鳴き声が風に乗って聞こえている。
きっと誰かがオヤツを与えており、何匹か集まっているのだろう。
古い言い伝えでは、人間には見えないものが猫の目には見える、と言う。
猫が寛げる場所には、小精霊が好んで遊びに来る。小精霊が集まる場所には精霊も顔を出し、そこには精霊神の子である “天子(てんし)” が現れるかも知れない。
そんな伝承もあった。
「精霊が猫を導いた、という話はお伽噺だと思っていましたが……。まぁ、信じ難い話であるという点については、私の話も似たようなものですからね。」
「それならボクも、だけどさ。」
「そう言えばそうでしたね。」
ジョージの呟きに、納得顔のリュエヌが頷く。
リュエヌから荒唐無稽な夢の話を聞いて、それを信じられない話だと一蹴しなかったのは、ジョージ自身も似たようなものだったからだ。
自分も同じくらい、俄には信じ難い話の体験者だから。
ジョージは幼い子供の頃に、精霊が見えるようになった。
それだけでもかなり稀有な存在なのだが、初めて精霊を見た際にジョージは “黄泉がえり” を起こしていた。
違う人格の魂が甦ると言われる “黄泉がえり” の後も、自分がジョージと呼ばれることに違和感は無い。
しかし、わんぱくで逞しい元々のジョージとは違っている。という認識はあった。
夢の話を聞いた際に、リュエヌには話してある。
もしかしたら何か関係があるかも知れない、と思ったから。
「精霊が見えるだなんて貴重ですよ。魔術師の素養が高い証拠なのですからね。」
通常は、人間の目では精霊を見られない。
ごく一握りの、魔術師の素養が高い者ならば、薄らと見えるだろう。
一般的には、人が精霊を見るのは、神殿に王族が訪れた時だけだ。
神殿は精霊神への信仰の要であり、多くの小精霊や精霊が遊びに来ている。始祖が精霊神と深い関わりのある王族が神殿を訪れると、精霊達は彼の周囲に集まって来る。その際に精霊力が高まり、人々にも見えるのだと考えられている。
現在、最も精霊の祝福が強いのはエドゥアルド王子だ。
歴史上にも類を見ない程だと評されている。
祈らずとも神殿の敷地内に足を踏み入れるだけで、周囲が昼間のように明るくなるくらい、沢山の精霊達が姿を現すらしい。
兄王子達の不幸が大きくとも国が不安定にならないのは、エドゥアルド王子の存在により、この国が精霊神に愛されているという安心感があるからだった。
エドゥアルド王子への祝福が強くなったのはいつ頃からなのか。
ちょうど兄王子達のほとんどが亡くなってからだが、それを指摘する者はいない。
何かしらの陰謀ではないかと疑ったとしても、エドゥアルドを王子の座から……王位継承者の座から引き摺り下ろす事など出来ないのだ。
この国には精霊神の祝福が必要なのだから。
「子供の頃は魔術師になるつもりだったよ。……前に言ったと思うけど。」
「天子に止められたのですよね。」
「うん、まぁ……そんな感じかなぁ。止められたのは魔術師になることじゃなくて、国外に留学するのを、だけど。」
話しながら、ジョージは昔を思い出す。
大人になった今より、もっと自然体で精霊が見えており、天子と会話すら出来ていた子供の頃を。
あの時、天子は確かに言った。
「ごめんなさい、今回も、他の国には行かないで。ママを助けて欲しいの。」
ママって誰?
天子の親と言えば、精霊神なんじゃ……?
いや、その前に。今回も、って何?
前回に該当しそうな心当たりが無いんだけど?
不思議がるジョージに、天子は答えた。
「前はお願いしたら聞いてくれたよ。……あのね、もしかしたらママ、そろそろ消えちゃうかもなの。もう出番、無くなるかもって。」
「ねぇ、もうちょっと分かるように…」
「最後まで悲しいままだと本当に何にも無くなって、違う人が来て、いなくなっちゃうんだって。今までの、たくさんの “悲しい” に呑まれるって。だから助けて。」
「わ、分かったよ、だから…」
「ありがとう、約束だよ。」
あれから、天子とは何回か話したものの。
だがジョージも子供だったせいか、ハッキリとした情報も得られず。
前回、の意味もよく分からないまま。
いつしか天子は見えなくなり、ジョージはそれを思い出さなくなっていた。
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