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第二章 入学試験を受ける前まで戻って

54 束の間の自由時間

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ギュッと心臓を鷲掴みにされたみたい。

そんなの錯覚に決まってるって。

自分でも分かってるよ。


だけど……あの一瞬。

視線が合った王子殿下の目に、背中からゾクッとしたんだ。

何かが上って来るような、何かに絡み付かれたような、そんな気がして。

王子殿下のあんな瞳、見たこと無い。

今まで僕が向けられたことの無い感情、まるで、欲望を抱えたみたいな……。

……違う、そんなわけがない……でも。

今はリュエヌ様がいないから。



動けない僕はただ、離れた位置から王子殿下を見てるだけ。

そうしてる間に、挨拶が終わった王子殿下はステージを降りて行った。

入れ替わりに生徒会長が上がって来る。


結局、僕達の目が合ったのはあの1回きりだった。


王子殿下はこの後、貴賓席……高位貴族や騎士団の幹部が授業風景を見物しに来たときに使う席……に行くはず。

今までの人生ではそうだったんだ。

僕も使ったことがある。

王子殿下の隣に並んで座れて、舞い上がるような気分だった。




生徒会長が開宴を宣言する。

次に副会長が時間割と注意事項を告げて、一旦フリータイムになった。


ダンスが始まるまではもう少し時間がある。

思い思いに生徒達が動きだした。

貴族令息達はその前にご挨拶させてもらおうと、王子殿下の元へ寄って行く。

平民生徒の一部が雑談しながらそれを遠巻きに見てるけど、大部分は屋外運動場へ向かうみたい。

そっちには食べ物や飲み物がふんだんに用意されてるからね。

パーティーで振る舞われる料理はどれも、高位貴族が口にしても問題ないレベルの高級な品ばかりだから、それを味わうのも楽しみのひとつ。

踊る前に腹ごしらえしたり、グラス片手にお喋りしたりするんだ。


同じように僕も外へ出た。

美味しそうな料理に気を惹かれてる振りをして。

貴賓席に背を向けて。

そちらを見ないようにして。




屋外に出たからか。王子殿下の姿が見えなくなったからか。

皆と食事を軽くつまんでたら、少し気持ちが軽くなった。

美味しいものを食べたから、かもね。


「ねぇねぇちょっと~。さっきさぁ……、殿下と目、合っちゃったぁ~。」

ジュースのグラスを片手に、子爵令息が嬉しそうな声で話す。

後でダンスをする予定があるから、アルコールを控えてるみたい。


「そ、そうなんだぁ……。」

「はい、はい。」

「良かったな。」

「なんだよ~、みんな反応薄いなぁ~。王子とだよぉ~?」

相槌のぎこちない僕と違って、他の2人は軽く受け流してる。

子爵令息は詰まらなそうに口を尖らせた。


「それを言うなら、せっかく目が合った王子様に挨拶しなくて良かったのか?」

男爵令息が同じくらい詰まらなそうな口調で問い掛ける。

豪商の息子も頷いてるし、僕も同感だった。


王子殿下に挨拶するチャンス。

貴族令息達はここぞとばかりに王子殿下の元へ集まってる。

男爵とかの下位貴族だって、その周りで順番待ちしてるのに。


「えぇ~、いいよ~。うちは王子の誕生パーティーに呼ばれないような、底辺の貧乏貴族だしぃ~。」

「貧乏は関係無いだろう?」

「あるよぉ~。下手に気に入られても、隣に並べるような衣装、無いしぃ~。」

「そっか……そう、だよね……。」

「うっわ。真面目に聞いてた時間、返して。」

最後は豪商の息子が茶化して、この会話は終わり。

微妙な相槌ばかりな僕は密かに、これまでの人生での自分を思い返した。


そう言えば初めの頃は、王子殿下から沢山の贈り物を貰ってたなぁ。

値段とかも、贈られる物によっての意味合いとかも、何にも気にしないで。

それが……いつからだったっけ。

なるべく高価じゃない贈り物を望むように、なったのは。

それでも王子殿下が選ぶような品だから、安物にはならないんだけど。

近い内に味わう "ざまぁ" に備えて、取り上げられたり持ち出せなかったりしてもいいように……してたのに、なぁ。

前の人生では、リボンタイを追い掛けて馬車の前に飛び出したんだから、学習能力が低くて自分でも嫌になっちゃう。




そうしてしばらくの間、そこそこに遠慮もしながらお腹を満たして。

意外と美食家な豪商の息子が、今日の料理や材料について話すのを聞いたり。


「あ、そろそろ行こうかぁ~?」

「……まだ早いだろう。」

ダンスが始まるまで少し時間があるけど、子爵令息がソワソワし始めた。

面倒臭そうに言う男爵令息の手から、お皿を取り上げようとするくらいに。


学園のパーティーで、ファーストダンスを踊るのは生徒会長と副会長の役目。

子爵令息はそれを良い場所で見たがってるんだ。

だから早い内に屋内運動場へ移動したいんだけど、男爵令息は少し不満みたい。


でも結局は、流されるんだろうな。

そんな予想をして、豪商の息子と僕は苦笑いする。


だけど視界に、こっちへ近付いて来る人を見付けて。

何だか不穏な雰囲気を感じて。

僕達とあまり離れてない、周囲の人達も、その人の為に道を開ける。



「特待生のユアですね。」

僕の正面に立ったのは、セルゲイ・ランバルト侯爵令息だった。



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