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第二章 入学試験を受ける前まで戻って
43 時として1%の可能性はゼロよりも無情
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ユアと話した後、アルファルファ・ブリガンデは教室にも職員室にも、何処にも寄らずに校舎の外に向かった。
途中で行き合った担任教諭には、今後の登校予定については公爵家から使者をやる予定だと伝えるだけに留めている。
廊下を歩くアルファルファを見掛けた生徒達は、注意深く彼の様子を窺っていた。
アルファルファは9月になってから未だに登校していない。
彼の婚約者であるエドゥアルド王子も、他の名だたる貴族令息達も。
その事について話を聞きたいと思いつつも、彼に声を掛けられる強者はいなかった。
普段なら噂話の拡散者であるクロード・ダンセル子爵令息が「面倒事に首を突っ込まない方がいい」と言って、ほぼだんまりを決め込んでいる事が大きい。
クロードは例の……騒ぎが起こったらしい、その日に。王城にいたのだから。
人々の注目を浴びているのを充分に認識しながら、アルファルファは涼しい顔で馬車へと乗り込んだ。
ブリガンデ公爵家の馬車が学園から、滑るように出発する。
遠巻きに見送った者達は馬車が過ぎ去った後で、様々な憶測を思い描くだろう。
窓に掛けられたカーテンを引き、外の景色と光を制限する。
程好く反発力のある座席に、沈み込むようにアルファルファは身体を預けた。
……ユアには悪い事をしただろうか。
あれからユアは、同級生達からあれこれと尋ねられたかも知れない。
これでも一応、期末テストの最終日で、教室に残っている人数が少ない頃合いを狙って訪ねたつもりだ。
あれより遅いタイミングではユアも下校してしまうだろうし、学生寮までユアを訪ねて行く方が面倒な事になると判断したんだが……。
そこまで考えてアルファルファは、自分が平民の特待生を、頭の中でも名で呼んでいる事に気が付いた。
自分でも思わず苦笑いだ。
「気に入ったというのか……? ハハッ、……まさか。」
平民で特待生のユア。
入学試験で首位の成績を収め、入学後の授業でも試験でも優秀だと言う。
元よりアルファルファは、優秀であろうと努力する者は好ましいと考えている。
あのリュエヌ・オーウェンが自分の婚約者だと主張しているらしい人物だと思えば、ユアに対する興味を抱くのも不思議ではない。
アルファルファは誰かに言い訳するように、そう結論付けた。
先程の、ユアとの会話を。その時の様子を思い出す。
桃色掛かって輝く金髪は人目を惹く美しさで、小柄なことも可愛らしい。
本人と会う前に想像していたよりも、少年の幼さが残る顔立ちをしていた。
「見た目よりは思慮深いと言うか、分別はありそうだったな。」
実際に個室で会話をしてみると、ユアの表情や視線の置き所などに幼稚さは無く、アルファルファは第一印象を変えざるを得なかった。
探りを入れるアルファルファの言葉に、婚約者も恋人もいないときっぱり言い切った。
あっさりした否定に、まさか人違いなのかと思ったが。
婚約の話がリュエヌ本人の口から出たものだと知った時の、あの驚きよう。大きな衝撃を受けた表情の中に、隠しきれない喜びの感情が滲み出るのを、アルファルファは感じ取った。
「まさか本当に、婚約を考えるような仲なのか……。……あの、リュエヌが?」
あの時の、ユアのあの様子は。
頼まれてリュエヌと口裏を合わせているようにも、誰かから指示をされてリュエヌに近付いただけのようにも、見えなかった。
むしろユア自身も、まさかリュエヌが自分との婚約を真剣に考えているとは思っていなかったようだった。
だからこその、あの、驚きの方が勝った表情だったのだろう。
リュエヌの言葉が足りなかったのか。時期や準備が整うまではと黙っていたのか。そもそも既に伝わっている気になっていたのか。
「それならば有り得る話、だな……。」
何故ちゃんとした言葉をユアに贈ってやらなかったんだ。
もしも今のリュエヌにまともな意識があれば、そう言ってやるところだ。
だが現状においては、はっきりと約束していない事は良かったのかも知れない。
先程の会話で、アルファルファはユアに嘘を吐いた。
いや……、とある事実を黙っていた。
王城の敷地内で何者かに襲われ、意識不明に陥っていたリュエヌがその後、目覚めては高熱を出して意識を朦朧とさせていた事を。
ようやく熱が引いて目覚めた時には錯乱していた事を。
気が触れたような言動を取り、その後、ずうっとぼんやりしている事を。
今のリュエヌはもう、ユアが愛したリュエヌではないかも知れず、元のリュエヌの精神が戻って来るかどうかも分からないのだ。
だがいつか、きっと戻って来ると……アルファルファは願わずにいられなかった。
カーテンを少しだけ開けて、外の景色を確認する。
学園を出た馬車が真っ直ぐに向かう先は王城だ。
今の場所からは、いましばらく掛かるだろう。
この間に……。
考えをまとめるべく、再びカーテンを閉じたアルファルファは目を瞑る。
誰も知らなかったリュエヌの婚約者について、その情報をもたらしたエドゥアルド王子に、ユアと会って確認した事を伝えてやらなければならないのだから。
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