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第一章 いつもと変わらないと思ってた

6 王子殿下の婚約者様

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意識が浮上するのは、ふわり……なんて優しいものじゃなくて。

「ぅあ゛っ……!」

ズキズキとした全身の痛み。ひどい目眩に吐き気。

朦朧とした意識が覚醒するのに従って、痛みと苦しみもハッキリするみたい。



「気が付かれましたか。」

丁寧な口調で冷淡な声。

思わず僕は身を起こした。……起こそうと、した。


「イダ……っ。」

痛みで起き上がれなかった。

中途半端な角度になった身体がベッドに沈んで。そこでようやく僕は、自分がベッドに寝かされてることに気付いた。


「まだ急に動いてはいけません。頭を打っているのですから。」

「あ、はい……すみません、でした……。」

声を掛けて来たのは、何処かの貴族の使用人みたいだった。

きっぱりと注意された僕は、起き上がろうとするのを止めた。


「わたくしへの謝罪であれば不要です。」

「はい、あの……。……はい。」

謝罪不要って言われたのに、僕の口は「すみません」って言いそうになる。

睨まれてるわけでもない。叱られたわけでも、怒鳴られたわけでもないのに、僕は使用人さんの顔を見られない。歓迎はされてないんだって、なんとなく分かるんだ。



口を閉じた僕に使用人さんは再度、起き上がらないように伝えた後、誰かを呼ぶために部屋から出て行った。

残された僕は、言い付けに反して起き上がることは出来ず。

ただ首だけを巡らせて、辺りを見回すだけ。


僕が寝かされてるベッドは、今までの僕が知らない、とても立派なものだった。

とても広くて。柔らかくて。暖かくて。でも軽くて。清潔な白いシーツには、同じく白い糸で細やかな刺繍まで施されてる。パッと見で分からない部分にまでこだわるなんて、高価な証拠だ。

今までこんなベッドで目覚めたことなんか、1度も無かったのに。

……これに近いレベルのものに横たわった経験なら、あるけど。……あぁ、駄目だ。忘れなきゃ、早く忘れなきゃいけないのに。


室内も凄く立派だった。設置された調度品だけでなく、壁や天井も。

記憶にある男爵家のものより、ひとつひとつに気品があって。なんて言うか、分かりやすい華やかさっていうんじゃなくて、重厚な感じがする。

やっぱり貴族の……それも、かなりの貴族の、立派な客室にいるみたい。



「そんな、わけは……でも……。」

馬車に惹かれて、僕は死んだんじゃないの? 未練がましくリボンタイを追い掛けてしまった所為で。

でもそれなら。

また僕は、昔に戻ってるはず。こんなに素敵な部屋で目覚めるなんて、ありえない。


「僕は……まだ、生きてるの……? どうして……?」

まだ王子殿下が結婚してないから、まだ早いってこと?

だとしたら、それまでの間、……ぼくは何処で、1人で、生きるんだろう?



「その言い振りだと死にたかったのか。まさか自殺を図ったんじゃないだろうな?」

「あっ……!」

聞かれてるなんて、思わなかった。

ビックリした僕は思わず起き上がろうとして、また同じことをしてしまう。


「頭を打っているのだから起き上がるな、と。私からも同じことを言わせたいか?」

僕に近付いて来るのは。


「まさか、そんな……。」

「私の馬車の前に飛び出して来たのだ。その様子では、気が付いていなかったか?」

きっと僕を最も嫌ってるだろう、王子殿下の婚約者さま。

僕なんかが名を……例え家名であっても、呼ぶことすら畏れ多い、その人。


あぁ、ここは婚約者様のお屋敷、なのかも知れない。

それじゃさっきの人は、婚約者様の使用人さん。僕を嫌ってて当然の人だ。むしろ殴られたり罵られたりしても、僕は文句を言えない人だったんだ。



「状況が把握出来ないだろうから、先に伝えておく。あの事故は一昨日のことだ。」

「一昨日……?」

僕はそんなに寝てたんだ。


でも、どうして?

どうして婚約者様は、2日間も、この僕を、ここに置いててくれたんだろう……。


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