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第一章 いつもと変わらないと思ってた

13 すべて恙無く

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   ◇   ◇   ◇ 



応接室に入った僕の方を、アルファルファ様とオーウェン様が振り返る。

僕を見たオーウェン様は穏やかな笑みを浮かべた。


最近の記憶にある表情とは全然違う、優しい微笑に僕は戸惑ってしまう。

何となく落ち着かない感じがして、僕は部屋から持って来た袋をギュッと抱えた。

王子殿下に返す物を入れた、綺麗な袋。馬車に轢かれたあの日に汚れちゃったのを、使用人さんが洗ってくれたんだ。


「久し振りですね……ユア。」

「ぁ、はい。お久しぶり、です……。」

自分から会いに来てくれたんだから、物を預かるくらいはお願いできるかなって期待はしてたんだけど。

オーウェン様の様子は、僕が想像してた以上に柔らかかった。


ぎこちなく挨拶した僕にアルファルファ様が、ソファーに座るよう言ってくれる。

示されたのは一人掛けソファ―。アルファルファ様の隣に置いてある方だ。

オーウェン様が座ってる長ソファ―の方じゃなくて良かった。

同じソファ―に並んで座るなんて、今はまだ、ちょっと居心地が悪いと思うから。



「ユアが馬車に轢かれたと聞いて、とても心配しましたよ。歩ける程度までには回復したようですね。……良かった。」

「はい……あの、お陰様で。」

優しく話し掛けてくれるオーウェン様。

まるで "ざまぁ" される前に戻ったみたいな気持ちになる。

学園で、みんなで楽しくお喋りしてた……。王子殿下が結構真面目って言うか、お堅く考えるタイプで……、意外とリュエヌ様が人を揶揄うのが好きで……


「歩けるとは言っても、今見た通り、まだ足を引きずっている。体力の方は回復したとは言い難い。まだしばらく日数が掛かるだろう。」

ちょっと気が緩んだ僕を、アルファルファ様の声が現実に引き戻した。


……いけない。思い出を懐かしんでる場合じゃない。

それに、オーウェン様のことをリュエヌ様って。そんな呼び方しちゃ駄目だよ。僕はもうそんな立場じゃないんだから。


「長引くような見舞いは遠慮願いたい。医者からも言われている。」

アルファルファ様は淡々とした声で告げる。

きっと僕の体調を心配して言ってくれてるんだろうけど、オーウェン様を相手に、なんだかちょっと冷たい感じ。


2人でいる間に、何か、言い争いでもしたのかな……?

僕が心配することじゃないだろうけど、でも……もし僕の所為だったら……。



「えぇ、そうですね。私も長居する気はありません。……ユア。」

「は、はい。」

「迎えに来ました。一緒に帰りましょう。」

「えっ……ええっ?」


今の言葉、聞き間違いじゃないよね? 迎えに来た、って……僕を?

帰る家が無い僕を、オーウェン様は何処に連れて行く気なんだろう。


「あの……迎えに、って…」

「もちろん、オーウェン侯爵家の屋敷にですよ。やっと家の者達を説得する事が出来ましたから、ユアを堂々と連れて帰れます。」

「あの、話が…」


話が見えないんだけど……?

えぇと、もしかして。アルファルファ様がオーウェン様に、僕を引き取るように言ったんだろうか? でも……だったらまず、僕に言うよね?


対応に困った僕はつい、助けを求めてアルファルファ様に顔を向けた。

なんとなく、今のオーウェン様に聞いても答えが貰えなさそうで。


アルファルファ様は軽く溜息を吐いてから、明らかにオーウェン様を睨んだ。

「今のはお前が悪いぞ、リュエヌ。ちゃんと説明してやるべきだ。……私の前で下手な演技をする必要は無い。」

「下手な演技、とは……随分な言い方ですね。」

「お前が説明しないのなら私が言う。」

「……ふっ。」

オーウェン様は苦笑を零して肩を竦めた。

それを了承と捉えたようで、アルファルファ様が僕を見る。


「その男が言うには……自分はユアと恋人同士、らしい。お腹の子の父親も当然、自分だと主張している。」

「え、それは……。」

「そういう事にしたいんだ、その男は。」

アルファルファ様は吐き捨てるように言う。

言われたオーウェン様は穏やかな微笑を浮かべるだけ。止める気配も無い。


「今日ここに来たのも、愛する恋人を迎えに来た……という設定らしいな。お腹の子ごと、オーウェンで押さえておきたいようだ。」

「設定……。」

「大勢の前できみにあんな物言いをしておきながら今更、掌返しも甚だしいが……王家の憂いを排除する為なら、それも平気なんだろう。」


そっか……。……そう、だよね。オーウェン様は王子殿下の腹心だもんね。

僕が王子殿下の子を妊娠したって聞いたら、何らかの対処をしなきゃ、だよね。



「ユア、あの時の事はお詫びします。どうか私の所に来てください。」

「まだ体調も万全ではないだろう。無理をしなくとも良い。」


オーウェン様と一緒に行くか。アルファルファ様の言葉に甘えるか。

どちらを選ぶのがいいんだろう。


……僕に選択権なんか、あるのかな。



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