上 下
73 / 101
本編●主人公、獲物を物色する

ぼくはとても単純なので

しおりを挟む
「……失礼。」

ウェラン司祭がぼくの顔へと手を伸ばす。
当てている絹のハンカチをそっと外して、ぼくの頬を確認したウェラン司祭は、それをまた水で冷やしてから再び頬に当てる。
冷たさは変わらないが、心構えが出来ていた分だけさっきよりは平気だった。

何だか申し訳ない気持ちのぼくは、神妙な顔をしてされるがままだ。
引き続き、頬を布で押さえながらジッとする事にした。


「熱が引くまで、もうしばらく押さえていると良いですよ。」
「あ、うん……。」
「私はそろそろ会場へ戻ります。拗ねたリウイも恐らく、そちらに行っているでしょうからな。」
「ぼくは、もう少ししてから…」
「決して無理はしないでくださいよ? 奇跡ランクの顔が腫れているなど……会場が騒然となってしまいますからな。」
「……分かった。」

ぼくの返事を聞いたウェラン司祭は、とびきり『凛々しい』な微笑みを見せて、ぼくの頭を撫でた。
家族ならともかく、他の人からはあんまり……滅多に無い事だったから、ぼくは変に擽ったい気分になってしまう。



「腫れが治まるまでの間、退屈でしょう。誰か呼びましょうか?」

部屋を出ようとする扉の前。
振り返ったウェラン司祭から尋ねられて。ぼくはゆっくりと首を振った。

今のぼくの顔面に本来のポテンシャルが無いなら、その状態のぼくを見た人はきっとがっかりするだろう。
ぼくの『良さ』なんて、顔面偏差値しか無いんだからさ。
せめてそれぐらいは……『格好良い』のイメージぐらいは保持しておきたいじゃないか。


そんな心境を分かってくれたのか、ウェラン司祭はそれ以上は言わなかった。

「この部屋は、貴方とリウイ専用で設けられた休憩室です。どうぞ、ごゆっくり……。」





扉がゆっくりと閉まると、部屋の中にはぼく一人になった。
ぼくは顔面が落ち着くまで精々寛ぐ事にする。

ウェラン司祭は、お代わりのお茶を入れたピッチャーの他に、幾つかお茶請けも用意してくれていたようだ。
テーブルの上には、ジャムの入った小瓶に小さなスプーンが添えられていたり、小皿にレモンの輪切り、一口で食べられる大きさの干した果物が乗っている。


……女子力かっ。女子力、高めオジサンかっ。この世界には女子なんか存在しないがなっ。

別世界には存在するだろう貴族のご令嬢もかくや、というラインナップだ。もちろん、ぼくの偏見だよ。




アイスティーをお代わりしたり、少しだけジャムを味見したりして。どれぐらいの時間、そうしていたかは分からないが。
自分でも気が付かない内にぼくは随分と、まったりしちゃっていたらしい。


コンコン……。コンコン……。

扉をノックする音でぼくの意識がゆっくりと覚醒する。


……あ。……返事をしなきゃ。
そう判断して、実際にぼくの身体が動くまでに、声を出すまでにしばらく掛かってしまった。

扉の向こう側から遠慮がちに声が聞こえる。


「あー……、え、と…。入っても、いいだろうか……?」
「はっ……!」

まさか……っ。まさか、今の声は……本当にっ?
ぼくの心の温度が急速に、電子レンジに掛けるよりも早く、高まって行く。
ついさっきまでの申し訳なさやら何やら、ぼくの心を戒めていたものが全て、木っ端微塵になる。


「あー……、あのぉ……アルフォンソ、だ。」
「もっ、もちろんっ! 入っていいともっ!」

ぼくは慌てて立ち上がる。
昔懐かしい有名テレビ番組みたいな事を言っちゃったが、そんな事を気にしちゃいられない。本当に、こうしちゃいられない。



ぼくの言葉に突っ込む者が不在のまま、扉が開けられる。
そこに立っているのは、勿論。
蜂蜜みたいな金髪。クッキリした目元に高い鼻。いつもは引き結ばれた唇が少しだけ開いている。
まるでお伽話の王子様みたいな立ち姿。

ヴェールを着けていない状態で、ぼくの前にいるアルフォンソさん。
顔面偏差値が奇跡ランクのお祝いパーティだから、顔面を隠す事自体、してはいけない事とされているからだね。こういう時には有難いね。


「……あー。休憩中の所、済まな…」
「アルフォンソさんっ! さぁっ、入って! ささ、ささっ!」

アルフォンソさんが喋り出すのを遮ってしまうぐらい、ぼくは前のめりで彼を部屋の中に招き入れた。

グイグイと背中を押して……えっと、何処に座って貰おうか。
あからさまに欲望渦巻くソファ席? 一応の節度を保ってテーブル席? どうしよう。

突然に降って湧いたような僥倖で、ぼくの脳が処理落ちしてしまう。


「あー……、その…さっき、そこで……。ウェラン司祭から…」

台詞の最初に「あー」と付けるのは、アルフォンソさんが少し困っている時の癖らしい。
なんて、著しく処理速度の落ちた頭で考えていると。

アルフォンソさんの表情が急に強張った。
信じられないものを目撃したように、目を見開いて、戦慄きだす。


どうしたんだ、一体何が起こったんだ。


無意識に何かしでかしたのかと焦るぼく。

アルフォンソさんは、ぼくの頬に手を伸ばした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。 ◎途中でR15にするかもしれないので、ご注意を。

明日もいい日でありますように。~異世界で新しい家族ができました~

葉山 登木
BL
『明日もいい日でありますように。~異世界で新しい家族ができました~』 書籍化することが決定致しました! アース・スター ルナ様より、今秋2024年10月1日(火)に発売予定です。 Webで更新している内容に手を加え、書き下ろしにユイトの母親視点のお話を収録しております。 これも、作品を応援してくれている皆様のおかげです。 更新頻度はまた下がっていて申し訳ないのですが、ユイトたちの物語を書き切るまでお付き合い頂ければ幸いです。 これからもどうぞ、よろしくお願い致します。  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 祖母と母が亡くなり、別居中の父に引き取られた幼い三兄弟。 暴力に怯えながら暮らす毎日に疲れ果てた頃、アパートが土砂に飲み込まれ…。 目を覚ませばそこは日本ではなく剣や魔法が溢れる異世界で…!? 強面だけど優しい冒険者のトーマスに引き取られ、三兄弟は村の人や冒険者たちに見守られながらたくさんの愛情を受け成長していきます。 主人公の長男ユイト(14)に、しっかりしてきた次男ハルト(5)と甘えん坊の三男ユウマ(3)の、のんびり・ほのぼのな日常を紡いでいけるお話を考えています。 ※ボーイズラブ・ガールズラブ要素を含める展開は98話からです。 苦手な方はご注意ください。

異世界に転生してもゲイだった俺、この世界でも隠しつつ推しを眺めながら生きていきます~推しが婚約したら、出家(自由に生きる)します~

kurimomo
BL
俺がゲイだと自覚したのは、高校生の時だった。中学生までは女性と付き合っていたのだが、高校生になると、「なんか違うな」と感じ始めた。ネットで調べた結果、自分がいわゆるゲイなのではないかとの結論に至った。同級生や友人のことを好きになるも、それを伝える勇気が出なかった。 そうこうしているうちに、俺にはカミングアウトをする勇気がなく、こうして三十歳までゲイであることを隠しながら独身のままである。周りからはなぜ結婚しないのかと聞かれるが、その追及を気持ちを押し殺しながら躱していく日々。俺は幸せになれるのだろうか………。 そんな日々の中、襲われている女性を助けようとして、腹部を刺されてしまった。そして、同性婚が認められる、そんな幸せな世界への転生を祈り静かに息を引き取った。 気が付くと、病弱だが高スペックな身体、アース・ジーマルの体に転生した。病弱が理由で思うような生活は送れなかった。しかし、それには理由があって………。 それから、偶然一人の少年の出会った。一目見た瞬間から恋に落ちてしまった。その少年は、この国王子でそして、俺は側近になることができて………。 魔法と剣、そして貴族院など王道ファンタジーの中にBL要素を詰め込んだ作品となっております。R指定は本当の最後に書く予定なので、純粋にファンタジーの世界のBL恋愛(両片思い)を楽しみたい方向けの作品となっております。この様な作品でよければ、少しだけでも目を通していただければ幸いです。 GW明けからは、週末に投稿予定です。よろしくお願いいたします。

美醜逆転世界でフツメンの俺が愛されすぎている件について

いつき
BL
いつも通り大学への道を歩いていた青原一樹は、トラックに轢かれたと思うと突然見知らぬ森の中で目が覚める。 ゴブリンに襲われ、命の危機に襲われた一樹を救ったのは自己肯定感が低すぎるイケメン騎士で⁉︎ 美醜感覚が真逆な異世界で、一樹は無自覚に数多のイケメンたちをたらし込んでいく!

美醜逆転の世界で推し似のイケメンを幸せにする話

BL
異世界転生してしまった主人公が推し似のイケメンと出会い、何だかんだにと幸せになる話です。

俺はただ怪しい商人でいたかっただけ

みるこ
BL
「俺はただ怪しい商品を売るなんか怪しい商人でいたいだけなんだよぉ!」  ゲームやファンタジー作品でよく見かける、なんか突然現れて時々ものすごいレアなアイテムを提供する怪しい商人。それが俺の、俺達家族の生業だったんだが……?  これは、表舞台には立たない、がしかし裏で世界中を飛び回る謎の商人という、そんな目立たないけどなんか凄い奴として生きてきた主人公が、なぜか表舞台の主役級な人物、時には人外たちに追い掛け回されるお話。 「俺、カウンセラーでも無いし世間話をするためにこんなとこまで来てるわけじゃないんだけど」  癖も腕っぷしも強い主役級のキャラ達×裏では強い神出鬼没な怪しい商人(転生者) *主人公がチート級なキャラ達に色々な意味で狙われる総受け気味な内容です *主人公は商人モードの時、キャラ付けのために独特な話し方をするためご注意ください *若干の残酷な描写を含みます *基本的にほのぼのです *人間以外にも主人公は狙われています *独自の設定、解釈を基に執筆していますのでご注意ください。 *後々R18になる可能性がございます

異世界で性奴隷として生きてイクことになりました♂

あさきりゆうた
BL
【あらすじ】 ●第一章  性奴隷を軸とした異世界ファンタジーが開幕した! 世界は性奴隷の不遇な扱いを当たり前とするものだった。  ある時、現世の不運な死により転生した少年は助けた戦士の性奴隷となってしまった!? ●第二章  性奴隷を扱う施設、「性奴隷の家」内で、脱退の意思を示した男が監禁されることになった。その友人に課せられた命令は愛と狂気の入り交じった性的な拷問であった! ●第三章  義賊とよばれる盗賊は性奴隷の家から一人の性奴隷候補の子を誘拐した。その子はダークエルフの男の子だった。その子のあまりにも生意気な態度に、盗賊はハードプレイでお仕置きをすることにした。 ※変態度の非常に高い作品となっております   【近況報告】 20.02.21 なんか待たせてしまってすいませんでした(土下座!) 第三章は本編を絡めながら、ショタのダークエルフに変態的なプレイをする作者の欲望を表現するだけのおはなしです。 20.02.22 「大人しくしていれば可愛いな」を投稿します。一応シリアスめな展開になります。 20.02.23 「助けた礼は体で支払ってもらうぞ」を投稿します。引き続きシリアスな展開。そしてR18を書きたい。 20.02.24 試しに出版申請しました。まあ昔やって書籍化せんかったから期待はしていませんが……。 「欲望に任せたら子作りしてしまった」を投稿します。つい鬼畜にR18を書いてしまった。 あと、各章に名称つけました。 ついでに第一章の没シナリオを7話分のボリュームでのっけました。このシナリオ大不評でした(汗) ディープ層向けな内容です。 20.02.25 「束の間の握手だ」を投稿します。本編が進みます。 20.02.26 「妊夫さんですがHしたくなっちゃいました」を投稿します。 久々に第一章のお話書きました。そして妊婦さんならぬ妊夫さんとのHな話が書きたかったです。 20.02.27 「世話の焼けるガキだ」を投稿します。 話書いたのわしですが、酷い設定持たせてすまんなエルトくん。 20.02.28 「死んだなこりゃあ」を投稿します。展開上、まだR18を書けないですが、書きてえ。やらしいことを! 20.02.29 「性欲のまま暴れて犯るか」を投稿します。R18回です。この二人はどうも男よりの性格しているのでラブシーンの表現苦戦しますね・・・。 20.03.01 「お前と一緒に歩む」を投稿しました。第三章、良い最終回だった…としたいところですが、もっとR18なお話を書く予定です。 後、第四章あたりで物語を終結させようかと考えています。 20.03.05 職場がキツくて鬱になりました。しばらくは執筆できないかもしれないです。またいつか再開できたらなと思っています。

悪役令嬢の兄です、ヒロインはそちらです!こっちに来ないで下さい

たなぱ
BL
生前、社畜だったおれの部屋に入り浸り、男のおれに乙女ゲームの素晴らしさを延々と語り、仮眠をしたいおれに見せ続けてきた妹がいた 人間、毎日毎日見せられたら嫌でも内容もキャラクターも覚えるんだよ そう、例えば…今、おれの目の前にいる赤い髪の美少女…この子がこのゲームの悪役令嬢となる存在…その幼少期の姿だ そしておれは…文字としてチラッと出た悪役令嬢の行いの果に一家諸共断罪された兄 ナレーションに 『悪役令嬢の兄もまた死に絶えました』 その一言で説明を片付けられ、それしか登場しない存在…そんな悪役令嬢の兄に転生してしまったのだ 社畜に優しくない転生先でおれはどう生きていくのだろう 腹黒?攻略対象×悪役令嬢の兄 暫くはほのぼのします 最終的には固定カプになります

処理中です...