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本編●主人公、獲物を物色する

ぼくの傷口に塩を塗る男

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ぼく達が宿泊する為に、王城内に用意された部屋。
それこそ、外国のやんごとなき方々がお泊りになるような、部屋と言うよりも『離れ』と呼ぶ方が正解だろう。


そりゃあそうか。
ぼくが……ぼくの顔面偏差値が正式に認定されればぼくは、成人前の現状でも他国の王太子、成人すれば国王と同等に扱われるんだから。



何人も連れているはずの従者達の為の部屋もあって、とにかく部屋が多い、広い。
母と、エイベル兄さんと、ぼく。それぞれに三部屋ずつ割り当ててもまだ余裕で、ぼく達の使用人用に仕える部屋が残っているぐらいだ。

母は部屋に入って来るなり、緊張の糸が切れたようにふらりと身体を揺らした。
連れて来た使用人に支えられて長ソファに身を委ね、今はお茶を飲んで気分を落ち着ける事も難しそう。

部屋でもまた、改めて説教されるんじゃないかと思っていたぼくは、ホッと胸を撫で下ろした。


「母さん、大丈夫だよ。きっと、なるように成るからね。」
「お前は……。……はぁ。変な度胸がある、と言うか……。」

向かい側の一人掛けソファに腰を下ろしたぼくを、母が疲れ切ったまぁまぁ『麗しい』な表情で、恨めしそうに見つめる。
恐らく母は今回の事でぼくに、国王陛下をないがしろにしたという印象が付くのではないかと、それを心配しているんだろう。
ぼくは半分は拗ねながら、半分は開き直って……どちらにしろ、碌な感情じゃないが……母を安心させるように、唇に笑みを浮かべて答える。


「大丈夫だよ。今回の事で、ぼくに非は無いからね。……だってぼくは、陛下にお会いしに来た所を、たまたま、見られてしまっただけだよ? 本来ならば、例えぼくを見掛けたとしても……まだ陛下からも神殿からも何も発表が無いんだから、見掛けた者は黙っているべきだったんだ。」

オルビー先生の授業を思い出しながら、ぼくは脊髄で考えた言葉を並べる。

先生は神聖国家の公爵だ。
六大神に対する信仰という点から言えば、ぼくの考えは間違っていないはず……。


「正式な発表がある前に、騒がしくなるぐらいに噂が広まったのはぼくの所為じゃない。……賢明な陛下は、ご存知のはずだよ。」

……そう。ある程度の賢明さがあれば、分かるはずだ。
今回の事でぼくに文句を言ったとしたら、それは。
六大神の主神であるサトゥルー神が、そのご尊顔を、国王よりも先に民草の方に見せた事に文句を言うのに等しい行為だという事を。

用意して貰った果実水を飲み干すぼくの視界に、少々弱弱しいものの、小さく頷く母の姿があった。




食事会までの間、部屋でずっと暇を潰すには、まだ少々時間がある。
何とかして母の目を掻い潜り、王城の中でも探検したいなぁ……と、ぼくが企んでいると。

エイベル兄さんが部屋に入って来た。
しかもどうやらアレックが、兄をここまで送り届けてくれるという気に入りっぷりを発揮して。


「やぁ……寛いでる?」

ぼくに向かって、薄っすらと口端を吊り上げる『エロエロしい』を、こんなに憎々しく感じる日が来ようとは。
数時間前のぼくなら到底、思い付きもしなかったろうね。

兄を連れて姿を消した時よりも数倍、アレックの『エロエロしい』に磨きが掛かっているように見えるのは、ぼくのやっかみだけじゃない。
微笑みを作りながらも、満足そうにチロリと舐めた唇が色っぽく艶を放っている。


どうして……っ。どうしてこれが、タチなんだよっ。
何かの間違いだったという事で、彼がネコなバージョンで、時間が巻き戻って欲しい。



腐っても王子の登場で、姿勢を正そうとする母をアレックは、そのまま寛いでいて良いと押し留めた。

ぼくが見る限りだが、母が寛いだ姿を見せている時に訪れる高貴な身分の者は、母がそのまま寛いだ姿勢でいる事を望む確率が高い。
穿った見方かも知れないが、母のこの姿は、誰が見てもそそられるものがある、という事だよね。
……概ね同意する。


母の精神的な疲れと同じぐらい、肉体的に疲れていそうな兄が、アレックに腰を支えられながら、ぼくの隣の一人掛けソファに身体を預ける。
絶対的に上等なソファの座面に座ったと言うのに、兄の唇から悩まし気な吐息が漏れた事を、ぼくの耳は聞き逃さなかった。

「送ってくれて、有難うございました。アレック王子殿下。」
「エイベル、違うだろ? ……ア、レッ、ク。」
「あ……アレッ、ク。」

兄に言い直させている辺りのやり取りが、何だかとてもリア充で、小憎らしい。


二人のあの様子……。分かってはいた事だが、最後までやったんだろうな。
普段からふんだんに『麗しい』な兄が、更に麗しいで、事後の色気まで漂っているんだから。間違いない。


互いの誤解があったとは言え、アレックとは一緒に扱き合った仲なのに。
ぼくが説教されている間に、アレックは……。



おのれ。

この恨み、晴らさで置くものか。
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