美醜感覚が歪な世界でも二つの価値観を持つ僕に死角はない。

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序章

ぼくは『格好良い』担当  ― 序章の最後 ―

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大礼拝堂の最奥部で『格好良い』の神、サトゥルーの像に触れたぼく。
何かが頭の中に入って来るような感覚の後……ぼくは再び、あの光景を見た。

六大顔面タイプの『奇跡』ランクが一堂に会した、あの奇跡のような場面。
今更になって思うのも難だが、恐らくあれは、この世界の美醜感覚が決定した重大な瞬間だったんだろう。

心配していた割に、特にぼく自身が別人のようになるという事は無かった。
アドル・カーネフォードにとって世野悟(ヨノサトル)は前世の自分ではあるが、この二人は別人だし。
異なる二つの感覚が自分の中にあるのは不思議だが、その感覚自体はぼくにとって不快じゃないし、これがペナルティになる事もあまり考えられないし。

ただ、勝手に、生まれ変わったような気分にだけは、なっている。


それと、神像に触れてみた結果として、一つ、良い事があった。
それは、ぼくが白い煙の中で見たあの光景が夢じゃなかったと、はっきり認識出来た事だ。
もっと見たいと思っていた『奇跡』ランクの面々を……特に『麗しい』の里村を、また見られたのが嬉しいね。

だが一つ、良くない事もあった。
サトゥルー神の姿があまりにも『格好良い』過ぎな事だ。
本当にもう、『格好良い』が過ぎて、自分の容姿なのに興奮しそうなんだ。






サトゥルー像に触れた姿勢のままのぼくに、暖かい誰かの手が触れた。
その手は優しく、それでも力強く、ぼくを神像から引き離す。

「アドル……気安く触れては、駄目だ。」

まぁまぁ『麗しい』の母さんだ。
ぼくを見下ろす瞳が心配そうに揺れている。

ようやくぼくは、自分がまだ神像に触れたままでいる事に気が付いた。

「あっ……ごめんなさい。」

慌ててぼくは謝って、立ち合い役の神官をちらりと見た。
流石に、急にぼくが神像に触るとは思っていなかったんだろう。
三角マスクをすっぽりと被っているから彼の顔は見えないが、よっぽど驚いたのか、立ち尽くしているように微動だにしない。

「ヴェールを、しなさい……。」

ヴェールが完全に捲れている事にも、母に言われて気が付いた。
ぎくしゃくした動きで被り直すと、ようやく神官も我に返ったようだ。

「……か、カーネフォード夫人。その、ご子息は……もしや……。」

問い掛ける神官に、母が無言で頷く。
ヴェールをしっかりと被って少しだけ見難くなった視界で、神官が狼狽えだしたように見える。
その内、母と神官の二人だけで何かを打ち合わせ出した。


神官がとても急いだ様子で何処かへ行く。
その背中をぼんやりと見送るぼくに、母が、さっきの神官とのやり取りを教えてくれた。

「アドル……お前の顔面偏差値を、計測して貰う事にした。……まぁ、タイプもランクも、もう分かっているようなものだが、な。これも、せっかくの機会だ。」
「そう言えば、ぼく……測った事、無かったな……。」
「あぁ……。よくあるタイミングとしては、学校に通う前に、暫定的な偏差値を測っておくのだが……。」

ごめんなさい。
ぼく、部屋に引き篭もっていて、学校に行かなかったから。


神像から少し距離を取る位置に、母と移動する。
サトゥルーの『格好良い』が遠くなるのが残念だが、その代わりに、他の顔面タイプの神像もまとめて一望できるようになった。

「俺は前々から、アドルの顔面タイプは『格好良い』だと伝えて来た。その評価は、父さんも同意見だ。」
「うん……。」
「こうして、改めて間近で、サトゥルー神のご尊顔を拝すると……。お前はもしかすると、エイベル以上の高ランクかも知れんぞ。」

サトゥルー像に視線を向けながら、眉を顰めた母が告げる。
ぼくは大人しく聞いていたが、母の表情があまり芳しくない事が不思議だった。


ぼくの予測が正しければ、ぼくの測定結果は『奇跡』となるだろう。


この国や近隣諸国では確か、爵位と同じぐらい、顔面偏差値は重要なはず。
ならば、ぼくが『奇跡』である事は……最低でも高ランクである事は、カーネフォード子爵家にとって悪い事ではないだろうに。


引き篭もりのぼくの知識には無い事情が、何か、あるんだろうか……。
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