上 下
8 / 101
序章

ぼくは受け入れる

しおりを挟む
外出したいと言い出したぼくは、相当、家族に衝撃を与えたらしい。

ぼくの一言で、家内は上を下への大騒ぎ。
兄も母も心配するのはもちろん、父はぼくの肩を掴んで「一般世間には、どれだけ恐ろしい者が溢れているか、分かっているのか」と脅して来る始末。
そんな事をした父は当然のように母から叱られたが、ぼくが平気だと伝えた。
相変わらずぼくの目には、父の顔面偏差値は低く見えているんだが、それを怖いとは思わなくなっていたからだ。
寧ろ、ぼくの前世である日本人のサトル的な感覚は、父を、甘いマスクの色男だと認識していた。

ぼくの様子に、両親は揃って驚いていた。
だが、そのお陰でぼくは、数日後に、母が同伴するという条件で出掛けられる事になった。


あぁ、ちなみに。
ぼくは、熱を出した翌日には熱が下がった、と思っていたが、実際には丸二日が経っていたそうだ。
どうやらぼくの意識が無い間に、まともに顔を合わせた事の無い弟がそっと様子を見に来てくれたらしい。
その時ぼくは、嬉しそうな笑みを浮かべて眠っていた……。
……と、聞いた時のぼくがとても恥ずかしい想いをした事は、言うまでもない。




数日後……。

「アドル、気分が悪くなったら、すぐ母さんに言うんだよ?」
「分かったよ、兄さん。」
「決して無理をしてはいけないよ、いいね? それと、知らない人が近付いて来たら…」
「ちゃんと気を付けるから。」
「……は~っ。やっぱり一緒に行った方が…」
「もう……兄さん、心配性だなぁ。母さんも一緒なんだから。」

馬車の前で、エイベル兄さんがこれ以上無いぐらい、心配そうな顔をしている。
『麗しい』の両手で、ぼくの手を包み、まるで子供に言い聞かせるように注意事を繰り返す。

「エイベル、もうそのぐらいにしておけ。日が暮れてしまうぞ。」

先に馬車に乗り込んでいる母さんは苦笑いだ。
だが何処となく緊張感が漂っているように感じるのは、たぶん気の所為じゃないと思う。

「いいか、アドル。絶対に、俺から離れるな。」
「……はい。」

まぁまぁ『麗しい』なはずの母から感じる凄みに、ぼくは大人しく頷くのだった。



馬車の内側に設置された窓と、カーテンを少し開けて外を覗いてみる。
外の景色は、牧歌的な田舎の風景から、段々と建物が増えて来て、もう随分と混み合って来た。

ぼくは物心が付いてから、まともに出掛けた記憶が無い。
家が建っている場所も街から離れているから、部屋の窓から街並みを見た事も無い。
だから何を見るにしても、どきどきしていた。
その感覚は意外にも、サトル的なボクも同じらしい。
考えてみれば確かにここは、日本でサトルが見ていた街とも少し違うからな。

ぼくが出掛けたい場所は、街の比較的中心部にあったようだ。

ここら辺りに来ると、流石に馬車はあまりスピードを出せなくなる。
馬車が速度を落とす事で、通りを歩いている人々が、さっきよりはっきりと見えそうだ。

「……アドル。あまり、顔を見せるな。」

自分でも気が付かない内に、身を乗り出していたようで。
母にカーテンを閉められてしまった。

街の人々の容姿が、平均はどのランクなのかが知りたかったんだが。
……仕方ないか。
そう言えば、ボクは転生する時、『格好良い』にして貰ったんだ。
これまでぼくは、家族が『格好良い』だと言ってくれるのは身内贔屓だと思っていたんだが。
サトルだったボクの友人達がそれぞれの『奇跡』だった以上、ぼくの容姿もそれなりだと思っていた方がいいだろうな。

「あ、うん。ごめんね、……母さん。つい珍しくて。」

ぼくはちゃんと座り直す。
それから、気が付かれないように、そっと母を窺い見た。


実を言うと、前世の事が頭の中に入って来てから……その直前からそんな感じはあったが、もっと鮮明に……ぼくは自分の感覚が、並行して二重に存在するような気分になっていた。
この世界で生きて来たアドルの感覚と、日本で暮らしていたサトルの感覚が……かなり違うのに、どちらも自分のものだと思っている。

例えば、母を見た時。
まぁまぁ『麗しい』の母に何の疑問も抱かないアドルと、母が高身長の男である事に若干のもやもやを感じるサトル。
その両方を同時にぼくが感じているんだから、不思議な気分だ。

だがしかし、これはこのまま続くんだろうな。
何かがあって、どちらかが消えるまでは。
まぁいいか、苦手だったものが苦手じゃなくなるんだから、多少の不具合は許容範囲だ。


アドルの感覚か、サトルの感覚か……ぼくは楽観的に、この状況を受け入れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

とある美醜逆転世界の王子様

狼蝶
BL
とある美醜逆転世界には一風変わった王子がいた。容姿が悪くとも誰でも可愛がる様子にB専だという認識を持たれていた彼だが、実際のところは――??

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

俺が総受けって何かの間違いですよね?

彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。 17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。 ここで俺は青春と愛情を感じてみたい! ひっそりと平和な日常を送ります。 待って!俺ってモブだよね…?? 女神様が言ってた話では… このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!? 俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!! 平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣) 女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね? モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

美醜逆転の世界で推し似のイケメンを幸せにする話

BL
異世界転生してしまった主人公が推し似のイケメンと出会い、何だかんだにと幸せになる話です。

同室の奴が俺好みだったので喰おうと思ったら逆に俺が喰われた…泣

彩ノ華
BL
高校から寮生活をすることになった主人公(チャラ男)が同室の子(めちゃ美人)を喰べようとしたら逆に喰われた話。 主人公は見た目チャラ男で中身陰キャ童貞。 とにかくはやく童貞卒業したい ゲイではないけどこいつなら余裕で抱ける♡…ってなって手を出そうとします。 美人攻め×偽チャラ男受け *←エロいのにはこれをつけます

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

処理中です...