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蝶子と白狐
第四話
しおりを挟む――生まれ変わっても必ず見つけ出す。
そう約束した時のこの気持ちは、本当に父娘の感情だったのだろうか。
時折ふと、そんなことを思い出す。
あれから時が経ち、千年経った今も白狐はこの答えを見つけられずにいた。
揚羽の七回目の転生体である鳥飼蝶子は、手にした郵便を眺めながらベッドにごろりと横になる。
「あいつも律儀よねえ。結婚式の招待状なんて」
蝶子が手にしているのは、蝶子の守り人である槻夜光留とその伴侶になる宮島花南の結婚式の招待状だ。
光留と花南は大学時代に出逢い、紆余曲折あってようやくゴールインとなった。
光留との縁もなんだかんだで八年続いていて、蝶子は当然相手となる花南とも友人と言えるほど仲が良くなった。
『ホウ。アノ男モヨウヤクマトモナ結婚カ』
白狐が狐姿のまま嘲るように言う。
というのも、光留の前世は揚羽の実父である月夜だ。蝶子も白狐を父として慕ってくれるため、いろいろと思うところはあるものの、万が一蝶子と結婚するとなったら白狐は憤怒で光留を殺していただろう。
光留としても白狐のそういうところを肌で感じ取っていたのか、或いは前世では揚羽の父親だったからか、蝶子に対して恋愛感情を抱くことなく別の女性と結ばれた。
蝶子は光留と花南の結婚式で巫女舞を舞うことが決まっている。自分から立候補したのだし、わざわざ招待状を送ってくる必要はないのだが、けじめということなのだろう。
「まぁ、アイツにしては頑張ってるほうじゃない? 花南の事めちゃくちゃ大事にしすぎてまだキス以上の事出来てないって話だし」
『……ホウ』
なかなか面白い話を聞いた気がする。
千年前は十代で婚姻・出産は当たり前だったが、近年は晩婚化が進んでいる。おそらく花南の大学卒業を待ってのこの時期の結婚なのだろうが、それにしても健全すぎるお付き合いだった。
大事にしていると言えば聞こえはいいが、一歩間違えばただの意気地なしの甲斐性なしだ。
このネタだけで光留をからかうには十分だろう。
「ま、わたしには関係ないからいいけどね。はいはい、出席っと」
蝶子は返信ハガキの”出席”に丸を付けて明日にでもポストに入れようとカバンに入れる。
『新シイ台本カ?』
まだ寝るには早いと蝶子が持ち出したのは一冊の本だった。
「そう。今度は今流行りの小説の舞台で、わたしは悪役令嬢なんですって。こういう役って初めてじゃないけど、なんていうかどう演じていいのか時々わからなくなるのよね……」
前世で巫女としての経験があるからか、蝶子は神前式で行う巫女舞はもちろん、奉納舞はもちろん今世は両親の方針で日舞も舞えるおかげで歌やダンスについては文句なしに出来るのだが、演技については今世が初となる挑戦だった。
今まで凰花の為だけに生きてきたが、やはり何度も転生しているせいかもっと別の人生を歩んでみたいという望みを持つには十分な時間だった。そこで蝶子が選んだのが女優という道だ。女優であれば舞台という限られた場所とはいえ、演じるキャラクターの生まれてから死後までを想像し、自分の中で消化して役になりきる必要がある。
別の人生を蝶子として歩むのに最適な職業だ。
実際やり始めてからもとても楽しくて蝶子は舞台にのめり込んだ。高校卒業後は某歌劇団養成所に入り、無事卒業した今は端役ではあるもののいくつか役をもらって経験を積ませてもらっている。
今回の役は悪役令嬢と言ってもメインとなるキャラだ。今まではメインの悪役令嬢の腰巾着的な役が多かっただけに緊張は隠せない。
しかし……。
「わたし、愛とか恋ってよくわからないわ……」
家族愛はわかる。凰花や両親に向ける好きは、家族愛だ。光留の事も嫌いではないが花南と結婚すると聞いても「どうぞご勝手に」と言えるくらいには特別な感情を抱いていないし、嫉妬どころか心の底から祝福できる。
友人たちに向ける感情とも違う。
「燃えるような恋って、どんなものかしら……」
『…………』
白狐もどう答えればいいのかわからない。蝶子はもしかしたら答えを求めているわけではないのだろうが、それでも悩んでいるなら力になりたいと思う。
「そういえば、揚羽もそうだけど、わたしこれまでの人生で結婚とかしたことなかったわ」
ずっと母を不老不死から救いたくて、転生するたびに家族の制止を振り切って白狐と共に旅をしてきた。
そんな生活だったから、当然誰かと恋に落ちることもなければどこかの土地に根を下ろすこともしなかった。
『後悔シテイルノカ?』
「まさか。わたしは母様を救えただけで幸せよ。後悔なんてしないわ。父様もずっと一緒だし、恋をしなくても、結婚しなくても、わたしは十分今が幸せよ」
それはどこか自分に言い聞かせたような言葉だった。
白狐は狐姿になると蝶子のそばにすり寄る。
「ふふ、父様あったかい。このふわふわ具合堪らないわ。後でブラッシングしてあげるから、もうちょっと堪能させて……」
『好キニシロ』
目的を果たした蝶子は、今、本当の意味で新しい人生を歩もうとしている。
誰の為でもない、自分の人生を。けれど、白狐は蝶子のそばを離れたいと思わない。こうして慰めることしかできない自分がもどかしくて、蝶子にされるがまま目を閉じた。
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