灰色の犬は愚痴だらけ

皐月 翠珠

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お似合いの二人は

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「───それでね、主人がフランス出張のお土産にパリで有名なパティシエの焼き菓子を買ってきてくれたんだけど、あの人ったら私がナッツアレルギーだって事すっかり忘れてクルミ入りのクッキーが入ってるものを買ってきたのよ!それで聞いてみたら、お店で売るお菓子は全部同じ場所で作ってるって言うじゃない?ほら、私結構重度のアレルギーだから結局一つも食べられないじゃないって喧嘩になっちゃって」
「そ、そうなんですね」
「《それでね、パパがお土産にショネルの限定お洋服を買ってきてくれたんだけど、パパったら色白の私に白いお洋服を買ってきたのよ!白よ白!確かに顔は黒だけど、身体が白いのに白いお洋服じゃ全然映えないじゃない?文句言おうと思ったら、パパはママに怒られててそれどころじゃなかったのよ》」
「《へー》」
「ホントあの人ったらそういうところ気が利かなくて困っちゃうわ~。だから代わりに、次の出張の時にはカロティェの新作ジュエリーと香水を買ってきてもらう事にしたのよ。こっちからリクエストなんて、何だかわがまま言ってるみたいで気が引けるのにねぇ」
「《ホントパパったら美的センスがイマイチなのよね~。だから、今度出張に行く時はエルモスのカタログを広げて新作の首輪とおリボンのページをアピールしようと思うの。レディからリクエストなんて、何だかわがまま言ってるみたいで気が引けちゃうんだけどね》」
 五月に入ったばかりのある休日。久しぶりにお散歩に出かけたおいらとご主人様は、ご近所一厄介なコンビに捕まっていた。



 この町には、ここに住んでいる人なら絶対に知っている有名人がいる。セレブが集まる四丁目の中でも群を抜いてお金持ち、セレブの中のセレブ大金おおかね持子もちこだ。着ている物、持っている物全部がブランドだらけ。もちろんゴテゴテに塗ったくった化粧品も、鼻がもげそうなくらい吹きかけている香水も、ぜーんぶ有名ブランド。おいらの見立てでは、あの化粧はご主人様の十倍以上は厚塗りされたものだ。派手な帽子とおっきなサングラスをしているから、正直普通に話していたら顔なんてほとんど見えないんだけど。
 そんな大金の奥さんが溺愛しているのが、パグのマロン。日本じゃ珍しい白い毛をしている彼女は、アメリカ生まれの帰国子女犬だ。まだ四歳だけど、年上のおいらにもずけずけものを言うちょっと生意気な奴。いつも目がチカチカしそうな派手な色のリボンを着けている。ちなみに今日はお気に入りのピンク。本人曰く、これが一番”映える”らしい。
 今日はゴールデンウィークっていうお休みがいっぱいの期間のちょうど真ん中の日。お日様がちょうどいい感じに気持ち良かったから、惰眠だみんむさぼっていたご主人様を踏み起こし…違った、一生懸命おねだりしてお散歩にくり出した。この町はそれなりに都会で、大きな道路沿いにある駅の周りは結構栄えてる。おいらのご飯やトイレシートなんかを売ってるペットショップも、駅前のショッピングモールの中にある。その大通りから一本内側に入ると、とても静かな住宅街ってやつが広がっている。車もそんなに通らないから、この辺りをグルッと一周するのがいつものお散歩コースだ。
 だけど、半分くらいまで来たところでおいら達は出会いたくない相手に鉢合わせてしまった。
「あら~、矢尾さんじゃない!」
「お、大金さん…どうも」
 前から歩いてきた大金の奥さんが甲高い声で話しかけてくる。マロンはマロンで、いかにもセレブ犬ですっていう自信に満ちたオーラをかもし出している。どっちもとにかくおしゃべり…というか、愚痴や世間話に見せかけた自慢話が大好きだ。悪い人達じゃないんだけど、一度話しだすともう止まらない。今日も同じく、冒頭のやりとりがかれこれ二時間くらい続いている。大金の旦那さんは確かに忙しい人だって聞いてるけど、しょっちゅう外国に出張に行っているのはこの二人へのお土産を買うためでもあるんじゃないかとおいらは思っている。
「そうそう、この間銀座に新しくできたレストランは知ってるかしら?イタリアの三ツ星レストランで修業したシェフの創作イタリアンのお店なんだけど、やっぱり一流の環境に身を置いた人間の仕事は一流なのねぇ」
「あー、いやー、私は銀座はあんまり…あはは」
「《そうそう、この間新発売されたおやつは食べた?比内地鶏のササミを利尻昆布のお出汁で煮込んだものなんだけど、やっぱり一流のお出汁に身を置いたお肉は一流のお味がするのよねぇ》」
「《ふーん。おいら、おやつはお芋の方が好きだけどね》」
「あらそうなの?ダメよ矢尾さん、こういうのは若い内から目や舌を肥やしておかないと。貧しさの一番の原因は環境じゃない、心で決まるのよ!」
「あ、あはは、そうなんですねぇ」
「《あらそうなの?ダメよ、もう歳だからって色々諦めちゃ。貧しさの一番の原因は血統書じゃない、飼い主のスペックで決まるのよ!》」
「《最低だな》」
 何かすごいいい事言ってる風だけど、おいらは騙されないからな。サラッと世の飼い主と飼い犬の大半を敵に回す発言をした事をこいつはわかっているんだろうか。いや、生まれながらにセレブのマロンの事だ、きっとわかってないんだろうな。
 それにしても、いつ会ってもこの二人はよくしゃべる。女はいかに口が達者かで魅力が決まるのよって前にマロンは言っていた。確かに、ご主人様もしょっちゅうスマホで楽しそうにおしゃべりをしている。でも、ご主人様のおしゃべりとこの二人のおしゃべりは違う気がする。何かこう、根本的なところが。
「あらやだ、いつの間にかこんなに時間が経っちゃってたのね。道理で喉が渇くわけだわ」
((しめた!))
 金ぴかの腕時計を見た大金の奥さんが漏らした言葉に、おいら達はやっとゴールの光を見た気がした。
「わ、わー、ホントですね!それじゃ、私達そろそろ…」
「矢尾さん、良かったらお茶でもしない?ほら、ここの角を曲がったところにオシャレなカフェがあるじゃない?そこで休憩しましょうよ」
((ダメだったー!))
 さり気なくこの場を離れようとしたけど、大金の奥さんの方が上手うわてだった。
「え、あ、いやー、今日はちょっとお財布持ってきてないので、あはは…」
「あら、大丈夫よ。私がご馳走するわ。あそこのお店、テラスならワンちゃんが一緒でも入れるからお気に入りなのよ。行きましょう!」
「《ナイスだわママ!ちょうど私も休みたいと思ってたのよね》」
 全然ナイスじゃないよ。負けるなご主人様と念じながら顔を上げるけれど、引き攣った口元を見てすでに勝負は決した事を悟る。
 ルンルンとスキップをしてもおかしくないようなセレブ二人の後をガックリとうなだれた庶民二人がついていく。そうか、これが格差ピラミッドってやつなんだ。
 あっという間にカフェに到着して、おいら達はテラス席に通された。マロンを抱っこする大金の奥さんにならって、おいらもご主人様に抱っこしてもらう。
「遠慮しないで、好きなもの頼んでね」
「《ママ、ママ!私、いつもの犬用リンゴジュースがいいわ!》」
 帽子を脱いでサングラスを外す大金の奥さんとマロンは、もう注文するものが決まっているらしい。ご機嫌な様子で戯れる二人を見ておいらは思う。
 ぺちゃんこの鼻におでこにできた大きなシワ。ホントにこの二人、そっくりだなぁ。
 メニューに書かれた値段を見てダラダラ汗を流しているご主人様をよそに、おいらはいつ見ても瓜二つな二人の顔に感心するのだった。

お似合いの二人は今日も舌好調ぜっこうちょう
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