1 / 3
期限 ※犬獣人×人間
しおりを挟む“不老”という言葉は彼らにピッタリだ。
「おはよう」
貴方の優しい声で目覚める朝。ゆっくりと瞼を開けた。柔らかい太陽の光に目を細める。白いカーテンと貴方の髪が揺れて、パンの焼ける匂いがした。胸がじわりと温まる。口角を上げて「おはようございます」と上体を起こす。そうすれば貴方は僕を抱き締めてくれる。貴方の鼓動が耳に伝わる。貴方に頭を撫でられて嬉しい。心地良い。気持ち良い。
幸せだ。
「あれ?少し声が低くなったかな?」
「…っ」
遥か昔、この世界は遺伝子組み換え技術が発達し、動物と人間の交配に成功した。それが僕らの祖先である獣人の始まりだった。
映画や絵本、小説や漫画。昔の人間は僕たちを題材にした物語を多く描いていた。物語の中の獣人はいつも長命だ。しかし現実にそんな奇跡は起こらず、僕らは短命だ。厳密にいえば獣と変わらない。
人間の血が流れているからといって、寿命が伸びることはない。あくまで僕たちは獣の亜種。長くて20年。平均寿命は15年ほどだ。それに伴い、人間と比べて異常な成長速度を持つ。
徐に、毛布から足を出す。パジャマの裾が短くなってる。
「尻尾揺れてる。ふふっ…ご機嫌だね」
…今日もまた成長してしまった。
「…別にご機嫌というわけでは…。どちらかと言うと落ち込んでます」
「え?じゃあなんで尻尾揺れてるんだろう」
「それは…―」
―…「貴方に撫でられてるからです」と心の中で答えた。
「?」
「というか、近いです」
「だって今日も可愛いんだもん」
「…っ」
ふかふかのベッドの上で、お互い向き合う形で横になる。貴方は微笑む。貴方は僕を見つめる。貴方の綺麗な黒眼に僕が反射している。貴方の世界に僕しかいないみたい。
…本当に、そうなれば良いのに。
「どうかした?」
「…いえ」
気恥ずかしくて目を逸らす。
貴方に「可愛い」と褒められるのは複雑だ。僕は雄だから「かっこいい」と褒められたい。でも貴方に褒められて悪い気はしない。むしろ嬉しい。尻尾を撫でられるのも嬉しいし、耳を触られるのも嬉しい。貴方に与えられる全ての刺激が、僕にとっての宝物だ。
僕も貴方に触れたい。人間はどこに触れたらいいんだろう。人間の耳は髪の毛に隠れていて触りにくいし、尻尾はない。僕の手は宙を彷徨い、貴方の指先に、ちょん…と触れた。貴方の指は細くて長い。柔らかくて、すぐに壊れてしまいそう。
もっと深い部分まで触れたいけど、一度触れたら、きっと、止まらなくなる。
そっと手を離せば、貴方はまた僕に「可愛い」と囁く。
「…可愛い、と言われても……嬉しくない、です」
強がって、口を尖らせてみたけど、感情に素直な尻尾はゆさゆさと左右に大きく揺れしまう。ああもう…と唇を噛み締めた。貴方は僕を撫でながらクスクスと笑う。
「君は素直じゃないね。そういうところも可愛い」
「だから………やめてくださいってば」
熱くなった顔をぷいっと背ける。
「ごめんごめん」
貴方はそう言って、僕から離れた。「え…」と声を漏らす。もう終わり?もっと撫でて欲しかった。もっと抱き締めて欲しかった。この前はキスもしてくれたのに。
「やめてください」と言ったのは照れ隠しだ。本気じゃない。自らの発言に後悔した。尻尾と異なり、素直に動かない口をもごもごと開閉していれば、貴方はキッチンに立ち、「こっちおいで」とコップに水を注ぐ。貴方に「来い」と指示されると胸が高鳴る。獣の本能か。心に渦巻いていたモヤモヤはパッと消えて、ベッドから起き上がり、貴方の元へ駆け寄った。
「ああ、見て」
「?」
僕は犬の獣人だ。個体差はあれど、犬獣人は皆、こんな感じだろう。人間に指示されれば脊髄反射のように、体が動く。
「ほら、やっぱり。ついに私の身長越したね」
「ぁ…」
鏡に反射している僕と貴方。僕はそれを呆然と見つめた。
初めて貴方と出逢った頃、僕は貴方と同い年くらいの見た目だった。しかし今は僕のほうが少し年上に見える。顔つきも大人に近づいてきた。貴方が「可愛い」と褒める、丸みを帯びた目が、切れ長になってきた。
窓の向こうへチラリと視線を向けた。年老いた犬獣人と人間の青年が手を繋いで歩いている。この世界において珍しい景色じゃない。たぶん、彼らは僕たちと同じように、獣人と人間のカップルだろう。
まるで数年後の僕たちの姿だ。
虚ろな目をしていると、とんっ、と肩を叩かれた。
「散歩行こうか。桜が綺麗だよ」
人間は優しい。でも残酷だ。彼らは僕たちと同じ時間を生きてくれない。たぶん僕が死んだら、次に出会う獣人を愛してしまうんだろう。人間は心変わりしやすいから。
貴方の人生において、僕は記憶の隅にしか存在しないのかもしれない。でも僕は天国で貴方をずっと待ってる。
貴方を待つことは苦痛じゃない。
「…はい」
だから、どうか、僕を忘れないで。
今だけは僕を愛してください。
13
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
【ヤンデレ鬼ごっこ実況中】
階段
恋愛
ヤンデレ彼氏の鬼ごっこしながら、
屋敷(監禁場所)から脱出しようとする話
_________________________________
【登場人物】
・アオイ
昨日初彼氏ができた。
初デートの後、そのまま監禁される。
面食い。
・ヒナタ
アオイの彼氏。
お金持ちでイケメン。
アオイを自身の屋敷に監禁する。
・カイト
泥棒。
ヒナタの屋敷に盗みに入るが脱出できなくなる。
アオイに協力する。
_________________________________
【あらすじ】
彼氏との初デートを楽しんだアオイ。
彼氏に家まで送ってもらっていると急に眠気に襲われる。
目覚めると知らないベッドに横たわっており、手足を縛られていた。
色々あってヒタナに監禁された事を知り、隙を見て拘束を解いて部屋の外へ出ることに成功する。
だがそこは人里離れた大きな屋敷の最上階だった。
ヒタナから逃げ切るためには、まずこの屋敷から脱出しなければならない。
果たしてアオイはヤンデレから逃げ切ることができるのか!?
_________________________________
7話くらいで終わらせます。
短いです。
途中でR15くらいになるかもしれませんがわからないです。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
【R18】赤ずきんは狼と狩人に食べられてしまいました
象の居る
恋愛
赤ずきんは狩人との待ち合わせに行く途中で会った狼に、花畑へ誘われました。花畑に着くと狼が豹変。狼の言葉責めに赤ずきんは陥落寸前。陰から覗く狩人は……。
ほぼエロのハッピー3Pエンド!
いろいろゆるゆるな赤ずきん、狼はケモノタイプ、狩人は赤ずきんと7歳違い。
ムーンライトノベルズでも公開してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる