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第91話 処刑のとき
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ブリジット一行が山頂である天命の頂に到着した。
「ご足労いただきまして、ありがとうございます」
山頂でボルドの見張り役をしていた女戦士らが深々と頭を下げるのを見て、ブリジットは苦々しい思いを顔に出さぬよう頷いた。
彼女たちの後方には処刑台があり、その上で椅子に拘束されたボルドの姿があった。
ボルドはまっすぐにブリジットを見つめている。
その視線が今の彼女には痛かった。
本当ならば喜び勇んでボルドの無罪を告げ、彼をあの忌々しい拘束具から解き放っていたはずだというのに。
ブリジットはボルドの目を見つめ返した。
自分が今どんな表情をしているのかは分からない。
だが、俯いたり視線を逸らせばボルドは気付いてしまう。
自分が処刑されることを。
すぐに彼はそれを知ることになるのだが、それでもその瞬間を少しでも後に延ばしたかった。
だが、そうはならなかった。
ユーフェミアが裁判における判決を記した議長の署名血判入りの書面を手に、ボルドの前に立ったのだ。
「情夫ボルド。先ほど行われた百対一裁判の結果、賛成多数でおまえの処刑が決まった。今よりここでおまえを斬首の刑に処すものとする」
冷酷な死刑宣告を行うユーフェミアの口調は淡々としていた。
ブリジットはこの瞬間が恐ろしくて、ボルドから目を逸らしたくなるのを必死に堪えた。
(ダメだ。目を逸らすな)
だが、自身の死刑判決を聞いたボルドはわずかも表情を変えず神妙に頷いた。
「甘んじて処刑を受けます」
それは今から処刑される者とは思えぬほど落ち着いた声だった。
ユーフェミアもわずかに驚いたような顔でボルドを見つめる。
ボルドは少し悲しげだが穏やかな笑みを浮かべてブリジットを見た。
(ボルド。どうしてそんな顔を……)
ブリジットはとうとう耐え切れずに俯いた。
そんな彼女を見てボルドはわずかに唇を震わせる。
ブリジットがこの場に来るまで、裁判の勝利を信じていた。
一方で、万が一のことも当然ボルドは考えていたのだ。
いざ処刑されるとなった時、自分が取り乱さずにいられるか不安だった。
死の恐怖から泣いたり叫んだりしてしまうのではないかと危惧していた。
だが、近付いてくるブリジットを見た時に、ボルドは悟ったのだ。
自分は処刑されると。
ブリジットは気丈に無表情を装っていた。
だが、わずかに足取りの重い歩き方や堅く強張った肩などを見た時に、彼女が悪い知らせを自分に言いたくないのだとボルドには分かってしまった。
すると不思議なことにボルドは自らの死を受け入れる気持ちになった。
ブリジットに辛い思いをさせるくらいならば、自分が生きることにしがみつかなくていい。
ここで自分が処刑されればブリジットの権威は守られる。
だがそれを効果的にするためには、自分が取り乱したりせず、最後までブリジットの情夫として堂々としていなければならない。
死ぬのは怖いが、人生の最後くらいは誇りを持って死んでいきたい。
ブリジットの情夫は最後は立派だったと言われたい。
それが今、自分がブリジットのために出来る最後にして唯一のことだから。
ボルドはそんな気持ちに胸が満たされていくのを感じ、ブリジットに声をかけた。
「ブリジット。私のために最後まで裁判を戦って下さってありがとうございました」
その言葉にブリジットはハッとして顔を上げ、唇を噛む。
悔しくてならないといった顔だ。
彼女にそんな顔をしてほしくなくて、ボルドは懸命に笑顔を見せた。
その間にもユーフェミアは観衆に向かって処刑の開始を告げる。
「これより情夫ボルドの処刑を行う。ボルドがブリジットの情夫として潔く刑に服せるよう皆で見守ろう。そしてボルドの魂が迷いなく天に向かえるよう祈ってもらいたい」
そう言うとユーフェミアはブリジットに向き直り一礼した。
「ではブリジット。お願いいたします」
ブリジットは唇を噛み、しばしその場で黙り込む。
(傭兵どもは来ているのか?)
事前の取り決めでは、ブリジットが処刑台に上がると同時に、煙幕玉がいくつも投げ込まれて視界を塞ぎ、その隙にブリジットはボルドの鎖を剣で断ち切る予定だった。
そして視界の悪さを利用して、傭兵たちがボルドを連れ去って行く。
それが筋書きだ。
その後はユーフェミアや十刃会からどんな追及を受けようとも、知らぬ存ぜぬでブリジットは押し通すつもりだった。
この場にいる全員が自分の一挙手一投足に視線を集めていることを肌で感じながら、ブリジットは静かに足を踏み出した。
ゆっくりとした足取りで処刑台に向かい、彼女は意を決してそこに上がった。
そこで一度立ち止まり、大きく息をつく。
そして精神を集中するフリをして目を閉じ、耳を澄ませた。
この場をかき乱してくれる救いの手が差し伸べられるのを待つ。
だが、静寂と夕闇ばかりが空を覆い、深呼吸5つ分待ってみても……救いの手は差し伸べられなかった。
「ご足労いただきまして、ありがとうございます」
山頂でボルドの見張り役をしていた女戦士らが深々と頭を下げるのを見て、ブリジットは苦々しい思いを顔に出さぬよう頷いた。
彼女たちの後方には処刑台があり、その上で椅子に拘束されたボルドの姿があった。
ボルドはまっすぐにブリジットを見つめている。
その視線が今の彼女には痛かった。
本当ならば喜び勇んでボルドの無罪を告げ、彼をあの忌々しい拘束具から解き放っていたはずだというのに。
ブリジットはボルドの目を見つめ返した。
自分が今どんな表情をしているのかは分からない。
だが、俯いたり視線を逸らせばボルドは気付いてしまう。
自分が処刑されることを。
すぐに彼はそれを知ることになるのだが、それでもその瞬間を少しでも後に延ばしたかった。
だが、そうはならなかった。
ユーフェミアが裁判における判決を記した議長の署名血判入りの書面を手に、ボルドの前に立ったのだ。
「情夫ボルド。先ほど行われた百対一裁判の結果、賛成多数でおまえの処刑が決まった。今よりここでおまえを斬首の刑に処すものとする」
冷酷な死刑宣告を行うユーフェミアの口調は淡々としていた。
ブリジットはこの瞬間が恐ろしくて、ボルドから目を逸らしたくなるのを必死に堪えた。
(ダメだ。目を逸らすな)
だが、自身の死刑判決を聞いたボルドはわずかも表情を変えず神妙に頷いた。
「甘んじて処刑を受けます」
それは今から処刑される者とは思えぬほど落ち着いた声だった。
ユーフェミアもわずかに驚いたような顔でボルドを見つめる。
ボルドは少し悲しげだが穏やかな笑みを浮かべてブリジットを見た。
(ボルド。どうしてそんな顔を……)
ブリジットはとうとう耐え切れずに俯いた。
そんな彼女を見てボルドはわずかに唇を震わせる。
ブリジットがこの場に来るまで、裁判の勝利を信じていた。
一方で、万が一のことも当然ボルドは考えていたのだ。
いざ処刑されるとなった時、自分が取り乱さずにいられるか不安だった。
死の恐怖から泣いたり叫んだりしてしまうのではないかと危惧していた。
だが、近付いてくるブリジットを見た時に、ボルドは悟ったのだ。
自分は処刑されると。
ブリジットは気丈に無表情を装っていた。
だが、わずかに足取りの重い歩き方や堅く強張った肩などを見た時に、彼女が悪い知らせを自分に言いたくないのだとボルドには分かってしまった。
すると不思議なことにボルドは自らの死を受け入れる気持ちになった。
ブリジットに辛い思いをさせるくらいならば、自分が生きることにしがみつかなくていい。
ここで自分が処刑されればブリジットの権威は守られる。
だがそれを効果的にするためには、自分が取り乱したりせず、最後までブリジットの情夫として堂々としていなければならない。
死ぬのは怖いが、人生の最後くらいは誇りを持って死んでいきたい。
ブリジットの情夫は最後は立派だったと言われたい。
それが今、自分がブリジットのために出来る最後にして唯一のことだから。
ボルドはそんな気持ちに胸が満たされていくのを感じ、ブリジットに声をかけた。
「ブリジット。私のために最後まで裁判を戦って下さってありがとうございました」
その言葉にブリジットはハッとして顔を上げ、唇を噛む。
悔しくてならないといった顔だ。
彼女にそんな顔をしてほしくなくて、ボルドは懸命に笑顔を見せた。
その間にもユーフェミアは観衆に向かって処刑の開始を告げる。
「これより情夫ボルドの処刑を行う。ボルドがブリジットの情夫として潔く刑に服せるよう皆で見守ろう。そしてボルドの魂が迷いなく天に向かえるよう祈ってもらいたい」
そう言うとユーフェミアはブリジットに向き直り一礼した。
「ではブリジット。お願いいたします」
ブリジットは唇を噛み、しばしその場で黙り込む。
(傭兵どもは来ているのか?)
事前の取り決めでは、ブリジットが処刑台に上がると同時に、煙幕玉がいくつも投げ込まれて視界を塞ぎ、その隙にブリジットはボルドの鎖を剣で断ち切る予定だった。
そして視界の悪さを利用して、傭兵たちがボルドを連れ去って行く。
それが筋書きだ。
その後はユーフェミアや十刃会からどんな追及を受けようとも、知らぬ存ぜぬでブリジットは押し通すつもりだった。
この場にいる全員が自分の一挙手一投足に視線を集めていることを肌で感じながら、ブリジットは静かに足を踏み出した。
ゆっくりとした足取りで処刑台に向かい、彼女は意を決してそこに上がった。
そこで一度立ち止まり、大きく息をつく。
そして精神を集中するフリをして目を閉じ、耳を澄ませた。
この場をかき乱してくれる救いの手が差し伸べられるのを待つ。
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