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第48話 追跡
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空高く弧を描いていた2羽の鳶が口笛の音を聞いた途端、急降下してきた。
停止した馬車の荷台に立つ鳶隊のアデラは左右の腕をサッと広げる。
彼女は肘まである厚手の革手袋を着用していて、そこに2羽の鳶が降り立った。
「よし。お疲れ様」
アデラは労いの言葉をかけ、小さく切った干し肉を与えると、鳶たちはそれを嘴でつまんで飲み込む。
そんな鳶たちの背中を愛しそうに撫でながら、アデラは馬車の上に固定した止まり木に鳶たちを移した。
それからアデラは馬車の荷台の中央に広げて貼られている地図の前にしゃがみ込む。
それはこの公国西部の地形を記したものだった。
その地図の上に指を這わせて地形と方角を確認すると、アデラはブリジットの前に片膝をついて告げる。
「方角は間違っていません。この先、3里ほどのところにある丘に野営している集団がいます」
そう言うアデラに唖然としたのはベラだ。
ベラは2頭立ての馬車の馬たちに被せた金属の鎧に油を塗りながらアデラに目を向けた。
「と、鳥の言葉が分かるのか?」
「いえ、言葉は分かりませんけど、仕草や反応で、あらかじめ指示しておいた事柄の有無が分かるんです。この子たちすごく目がいいんですよ。赤毛の集団がいるのをすぐに発見しました」
その言葉にブリジットは頷いた。
鳶隊には優秀な鳥使いたちが多い。
アデラはまだ経験が浅かったが、鳥との親密度という点では群を抜いており、細やかな情報収集には向いている。
それに彼女の能力がそれだけじゃないことをブリジットは知っていた。
「この数年、分家の奴らは公国側に遠征をしてくることが多かった。この辺りは奴らがたまに通る道だ」
王国に領地を持つ分家だが、彼女たちはたびたび国境を越えて公国側に進出していた。
狩りによる獲物の採集などが主な理由と思われるが、その真の目的は分かっていない。
日頃の鳶隊の調査によって、公国側へ進入してくる分家の進行順路などをブリジットはある程度把握していた。
ブリジットら本家がそれを放置していたのは、そうした進入が小規模であることと、分家の者たちが慎重に衝突を避けるべく本家の巡回順路と被らないようにしていたからだ。
だがそうなると分家が進める道はある程度限られてくる。
ブリジットはこれまでの分析結果から、あらかじめこの辺りに敵がいるのを読んでいて、それを裏付けるためにアデラの力が必要だったのだ。
「敵が小舟で川を下り、下流域に向かったことまでは分かっていた。そこから先はアデラのおかけだな」
「光栄です。ブリジット」
はにかむアデラに、荷台の上で無心に斧の刃を磨いていたソニアが顔を上げる。
「……相手の人数は分からないのか?」
いつも通りブスッとした顔のソニアだが、それに慣れていないアデラは緊張に表情を堅くしながら頷いた。
「は、はい。そこまでは……」
アデラの言葉にソニアは黙り込んだまま再び視線を手元に落として武器の手入れを続ける。
そんなソニアをチラリと見やりブリジットは再びアデラに視線を戻した。
「この辺りで小高い丘というならノルドの丘で間違いないだろう。あそこの広さならダニア式の天幕は7、8幕がやっとというところだ。ならば駐留している人数は100人に満たない。世話役の小姓らなどもいるだろうから、戦士は多くて70人かそこらだろう。これくらいなら一点突破でボルドを奪い返して一気に離脱することは出来る」
アデラはブリジットの言葉に息を飲む。
70人の敵相手にここにいるたった5人で特攻し、人質を奪い返してその場を颯爽と立ち去る。
それはアデラには至難の業のように思えたが、ブリジットの言葉には確信が込められている。
そんなブリジットの言葉にベラはアデラとは別の理由で困惑の表情を浮かべた。
「ノルドの丘? よく丘の名前まで知ってるな」
不思議そうにそう尋ねるベラにブリジットは肩をすくめる。
「アタシをナメるなよ? ベラ。この辺りの地理は完全に頭に入ってるし、公国の西部地区のほとんどは実際にこの目で見て回ったことがある。15~6歳の頃、アタシは勉強に精を出していたからな。その頃、おまえは男漁りに精を出していたようだが」
「う……ア、アタシは勉強は大嫌いだったんだ」
そう言ってバツが悪そうに顔を背け、ベラは作業を続ける。
馬たちは頭、胴体のみならず足までしっかりと金属鎧に包みこまれていた。
その鎧は油でツヤツヤと光っている。
馬車での突破は馬がやられれば一巻の終わりだ。
防御を出来る限り万全に近くしておく必要がある。
それからブリジットはソニアに顔を向けた。
ソニアは出発してからずっと変わらぬ表情で武器の手入れをし続けている。
他人が見ればいつもと変わらぬ仏頂面だが、子供の頃からの付き合いであるブリジットやベラは感じ取っていた。
彼女は緊張しているのだ。
「ソニア。気負い過ぎるなよ。おまえとベラは防御に徹するんだ」
ブリジットの言葉にソニアは手を止めて顔を上げる。
その顔には深い憂慮の色が滲んでいた。
「……リネットはこの襲撃を予測している。ブリジットを誘い出す目的があるはずだ」
「だろうな。リネットがその場にいるとしたら厄介だ。だが、そうだとしてもこちらにも手はある」
そう言うとブリジットは荷台の上で準備をする新人たちに目を向けた。
そこでは鳶たちに入念な指示を与えるアデラと、見たこともないほど巨大な台座付きの弓を荷台の中央に備えつけている双子の姉妹、ナタリーとナタリアの姿があった。
停止した馬車の荷台に立つ鳶隊のアデラは左右の腕をサッと広げる。
彼女は肘まである厚手の革手袋を着用していて、そこに2羽の鳶が降り立った。
「よし。お疲れ様」
アデラは労いの言葉をかけ、小さく切った干し肉を与えると、鳶たちはそれを嘴でつまんで飲み込む。
そんな鳶たちの背中を愛しそうに撫でながら、アデラは馬車の上に固定した止まり木に鳶たちを移した。
それからアデラは馬車の荷台の中央に広げて貼られている地図の前にしゃがみ込む。
それはこの公国西部の地形を記したものだった。
その地図の上に指を這わせて地形と方角を確認すると、アデラはブリジットの前に片膝をついて告げる。
「方角は間違っていません。この先、3里ほどのところにある丘に野営している集団がいます」
そう言うアデラに唖然としたのはベラだ。
ベラは2頭立ての馬車の馬たちに被せた金属の鎧に油を塗りながらアデラに目を向けた。
「と、鳥の言葉が分かるのか?」
「いえ、言葉は分かりませんけど、仕草や反応で、あらかじめ指示しておいた事柄の有無が分かるんです。この子たちすごく目がいいんですよ。赤毛の集団がいるのをすぐに発見しました」
その言葉にブリジットは頷いた。
鳶隊には優秀な鳥使いたちが多い。
アデラはまだ経験が浅かったが、鳥との親密度という点では群を抜いており、細やかな情報収集には向いている。
それに彼女の能力がそれだけじゃないことをブリジットは知っていた。
「この数年、分家の奴らは公国側に遠征をしてくることが多かった。この辺りは奴らがたまに通る道だ」
王国に領地を持つ分家だが、彼女たちはたびたび国境を越えて公国側に進出していた。
狩りによる獲物の採集などが主な理由と思われるが、その真の目的は分かっていない。
日頃の鳶隊の調査によって、公国側へ進入してくる分家の進行順路などをブリジットはある程度把握していた。
ブリジットら本家がそれを放置していたのは、そうした進入が小規模であることと、分家の者たちが慎重に衝突を避けるべく本家の巡回順路と被らないようにしていたからだ。
だがそうなると分家が進める道はある程度限られてくる。
ブリジットはこれまでの分析結果から、あらかじめこの辺りに敵がいるのを読んでいて、それを裏付けるためにアデラの力が必要だったのだ。
「敵が小舟で川を下り、下流域に向かったことまでは分かっていた。そこから先はアデラのおかけだな」
「光栄です。ブリジット」
はにかむアデラに、荷台の上で無心に斧の刃を磨いていたソニアが顔を上げる。
「……相手の人数は分からないのか?」
いつも通りブスッとした顔のソニアだが、それに慣れていないアデラは緊張に表情を堅くしながら頷いた。
「は、はい。そこまでは……」
アデラの言葉にソニアは黙り込んだまま再び視線を手元に落として武器の手入れを続ける。
そんなソニアをチラリと見やりブリジットは再びアデラに視線を戻した。
「この辺りで小高い丘というならノルドの丘で間違いないだろう。あそこの広さならダニア式の天幕は7、8幕がやっとというところだ。ならば駐留している人数は100人に満たない。世話役の小姓らなどもいるだろうから、戦士は多くて70人かそこらだろう。これくらいなら一点突破でボルドを奪い返して一気に離脱することは出来る」
アデラはブリジットの言葉に息を飲む。
70人の敵相手にここにいるたった5人で特攻し、人質を奪い返してその場を颯爽と立ち去る。
それはアデラには至難の業のように思えたが、ブリジットの言葉には確信が込められている。
そんなブリジットの言葉にベラはアデラとは別の理由で困惑の表情を浮かべた。
「ノルドの丘? よく丘の名前まで知ってるな」
不思議そうにそう尋ねるベラにブリジットは肩をすくめる。
「アタシをナメるなよ? ベラ。この辺りの地理は完全に頭に入ってるし、公国の西部地区のほとんどは実際にこの目で見て回ったことがある。15~6歳の頃、アタシは勉強に精を出していたからな。その頃、おまえは男漁りに精を出していたようだが」
「う……ア、アタシは勉強は大嫌いだったんだ」
そう言ってバツが悪そうに顔を背け、ベラは作業を続ける。
馬たちは頭、胴体のみならず足までしっかりと金属鎧に包みこまれていた。
その鎧は油でツヤツヤと光っている。
馬車での突破は馬がやられれば一巻の終わりだ。
防御を出来る限り万全に近くしておく必要がある。
それからブリジットはソニアに顔を向けた。
ソニアは出発してからずっと変わらぬ表情で武器の手入れをし続けている。
他人が見ればいつもと変わらぬ仏頂面だが、子供の頃からの付き合いであるブリジットやベラは感じ取っていた。
彼女は緊張しているのだ。
「ソニア。気負い過ぎるなよ。おまえとベラは防御に徹するんだ」
ブリジットの言葉にソニアは手を止めて顔を上げる。
その顔には深い憂慮の色が滲んでいた。
「……リネットはこの襲撃を予測している。ブリジットを誘い出す目的があるはずだ」
「だろうな。リネットがその場にいるとしたら厄介だ。だが、そうだとしてもこちらにも手はある」
そう言うとブリジットは荷台の上で準備をする新人たちに目を向けた。
そこでは鳶たちに入念な指示を与えるアデラと、見たこともないほど巨大な台座付きの弓を荷台の中央に備えつけている双子の姉妹、ナタリーとナタリアの姿があった。
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