上 下
4 / 4

第4話 結の巻 『血のバレンタイン』

しおりを挟む
 アリアナとの一件も無事に終わってようやくやみ洞窟どうくつに戻った僕を待ち受けていたのは、あまりにも珍妙な出来事だった。

「……こ、これはどう突っ込めと言うのか」

 イベント出張中でミランダ不在のために空位であるはずのやみの玉座を見て、僕は唖然として立ち尽くした。
 そこにはチョコレートで出来た等身大のミランダが座っていたんだ。
 か、完全にツッコミ待ちだろコレ。

 こ、これチョコレートだよね?
 ミランダ本人じゃないよね?
 まさかミランダが自分の体にチョコをコーティングしていて、いきなり動き出して僕を驚かせる、とかないよね?
 いや、いくら何でもそんなに体を張ったドッキリをミランダがするわけないな。
 
「ど、どうなってんのコレ」

 僕は恐る恐る玉座に近付いてそのチョコレート・ミランダを凝視する。
 こ、これはどう見てもチョコだよなぁ
 僕がそっと手を伸ばしてチョコのミランダのほほに触れようとした時だった。

「私を食べようっての? いい度胸じゃない。アル」
「ひいっ! しゃ、しゃべった?」

 い、いや違う。
 目の前のチョコ・ミランダは動いてないし、声が聞こえてきたのは上からだ。
 いきなり頭上から響いてきた聞き慣れたその声に驚いて、僕は尻もちをついてしまった。
 上を見上げると洞窟どうくつの天井付近にミランダが浮いている。
 彼女はいつもの通り傲然ごうぜんと腕組みをしたまま僕を見下ろしていた。

「な……何してるの? ミランダ」
 
 彼女は僕の問いには答えず、静かに降下してきて僕の眼前に着地した。
 そして玉座をチラ見して得意気に言う。

「どうよ。このチョコレートの出来栄できばえは」
「ど、どうよって言われても……これ、ミランダが作ったの?」
「そうよ。決まってるでしょ。なかなかのもんだと思わない? 私の腕前も」

 確かにそのチョコ・ミランダは精巧な出来上がりで、ミランダとうり二つだった。
 だけど腕前とかいう前に等身大の自分をチョコで作るという発想が尋常じんじょうじゃない。
 これ、一体どれだけの量のチョコレートを使っているんだ?

「す、すごく上手に出来てると思うよ。で、でもこんなのいつの間に用意していたの? 君、出張イベントに行ったんじゃ……」

 ミランダは【血のバレンタイン】というバトル・イベントに出席していたはずだ。

「出張イベント? あ、ああ。あれね。あんなのサッサと終わらせて時間が余ったから、ついでにこれを作ってたのよ。あんたを驚かせようと思って」
 
 そう言うとミランダはバツが悪そうに目線をそらす。
 ……【血のバレンタイン】は間違いなくフェイクだな。
 架空かくうのイベントに出かけるふりをして、どこかでこのチョコを作っていたのか。

「ミランダ。これ、僕にくれるの?」
「……べ、別に。気まぐれで作ってみただけで、こんなの使い道ないから。欲しけりゃやるわよ。フンッ」

 そう言うとミランダはなぜだかほほふくらませてくちびるとがらせた。
 でも彼女は決して怒っているわけじゃない。
 これは照れ隠しをしている時の表情だ。
 まったく……。
 僕は胸の中に温かな気持ちが広がるのを感じながら言った。

「こんなに上手に出来たチョコを食べるなんてもったいないけど、ありがたくいただくよ。ミランダ。ありがとう」
「な、なに言ってんのよ。こんなのただのチョコなんだから、かしこまってないでサッサと食べなさい」

 そう言うとミランダは玉座の上からチョコ・ミランダ像を持ち上げ、僕に押し付けてくる。

「はいっ」
「う、うん。でもこれ……どこから食べたらいいの?」

 というか、あまりにも精巧にミランダの姿をかたどっているから、一言で言うとすごく食べにくい。
 指先をポキッと折るのも、髪の毛部分をかじるのも何だか申し訳ないような気持ちになってしまうし。

「どこから食べたい? あんたの好きなところから食べなさいよ」

 ますます食べにくいわ!
 だけど食べないなんて言ったらミランダは烈火のごとく怒るだろう。
 僕はそろそろと手を出してチョコ・ミランダのほほに指でチョンッと触れた。
 すると……。

「んっ?」

 僕の指先にベットリとチョコが付く。
 あれ?
 これ、溶けてるんじゃないの?

「ミランダ。これ……」

 そう言って指先をミランダに見せた僕はさらに驚いて口をあんぐりと開けた。
 ミランダも同様だ。
 なぜなら彼女が持っているチョコ・ミランダ像が溶け始めていたんだ。
 精巧だったその輪郭りんかくが徐々に崩れ始め、ミランダの姿が緩やかに変わっていく。

「な、何よこれ? どうなってるわけ?」

 珍しく狼狽うろたえるミランダだけど、僕はすぐにその原因に気付いた。

「ミランダ! 手……手が!」

 チョコを持つミランダの手からは湯気が上がっていた。
 彼女の手は今、熱を持っていて、その熱がチョコに伝わっているんだ。
 黒炎弾ヘル・バレットという地獄の火球をその指から放つミランダの手は、どういうわけだか今、熱を帯びていた。
 も、もしかしてこれはアリアナの逆バージョン?

 ミランダ……僕にチョコを渡そうとして実は緊張してたのかな。
 僕にチョコを渡そうとしてくれるなんて、初めてのことだもんね。
 だからついつい手に熱がこもっちゃった、とか。
 だけどそんなことを悠長ゆうちょうに考えている場合ではなかった。
 ミランダは顔を真っ赤に染めて雷鳴のような怒声を張り上げる。

「あ、ああああ……あんたのせいよ! アルッ! あんたがさっさと受け取らないから……」
「ご、ごめーん!」
「いいから早く食べなさい!」

 僕はとにかく手を出して、溶けたミランダ像の表面をまさぐった。
 するとミランダがますます真っ赤になって声を上げる。

「コラッ! どこ触ってんのよ! このスケベ!」

 いや、もうチョコが完全に溶けてきて、体のどこを触ってんのか分からないから。
 もうそれはチョコ・ミランダ像ではなくて、何だかよく分からないチョコのかたまりと化している。

「というか、こんな量のチョコ、僕1人じゃ食べ切れないから。君も一緒に食べてよ」
「何ですって? この私の作ったチョコが食べられないっての? 全部あんたが責任持って食べなさい」
「そ、そんな……」
「いいから食べなさいぃぃぃぃぃ」
「ミランダ。そ、そんなに押しつけないで。むぐぐ……」

 それから僕とミランダは溶けたチョコを押し付け合うようにしてみ合い、最終的に2人とも全身チョコまみれでベトベトになりながら疲れ果てて座り込んだ。

「ああもうっ! どうしてこうなるわけ!」
「はぁ……何してんだろうね。僕ら」

 ため息まじりにそうつぶやく僕のほほをミランダが軽くつねる。
 そして彼女は僕のほほについているチョコを右手の人差し指でこすり取ると、それをペロリとめた。

「はい。私は食べたわよ。あんたも食べなさい」

 そう言うとミランダは、今度は自分自身のほほに付いたチョコを、やはり右手の人差し指でこすり取り、間髪入れずにそれを僕の口に突っ込んだ。
 
「むぐっ……」

 あ、甘い味が口の中に広がっていく。
 確かにおいしい。
 おいしいけど……さっきミランダの口に入ったばかりのその指が僕の舌に触れて、ドキドキして味なんて吹っ飛んでしまった。
 
「はおっ……」

 ミランダが僕の口から指を引き抜くと同時に、僕の口から世にもマヌケな音が出る。

「ミ、ミランダ……」
「フンッ……あ、味はどうよ?」

 呆然ぼうぜんと見つめる僕の前で、ミランダは顔を真っ赤にしてそっぽを向きながらそう言う。

「お……おいしかった。すごく」
「そう。来年はもっとおいしく作るから。来年こそちゃんと全部残さずに食べなさいよ」

 ミランダの言葉はいつも通りぶっきらぼうだけど、その奥底にある優しさを僕は感じていた。
 今日はいい1日だったなぁ。
 いや良すぎるでしょ。
 ジェネットとアリアナとミランダの3人に次々チョコをもらえるなんて。

 もしかしてこれが人生最後のラッキーで、僕は明日死ぬのか?
 なんてことを考えながら僕は地面から立ち上がろうとする。
 すると僕の体にまとわりついた溶けかけのチョコとミランダの黒衣のすそに貼り付いている溶けかけのチョコがつながっていたせいで、座っている彼女のすそがヒラリとめくれたんだ。
 チラリと見えたのはミランダがいている黒い下着だった。

「あっ……」
「あっ……」

 僕とミランダは互いに顔を見合わせ一瞬呆然ぼうぜんとしたけど、すぐにミランダはめくれたすそを手でバッと戻した。
 そして見る見るうちにその顔が怒りで紅潮して、鬼の形相ぎょうそうへと変わっていく。
 恐らく僕の顔は対照的に青ざめた死人の顔となっていたことだろう。

「アァァァァァルゥゥゥゥゥ! 見~た~わ~ね~」
「ひいいいっ! いや、わざとじゃないから! 今のは不可抗力だから!」

 やばい!
 ラッキー過ぎて明日死ぬかも、なんて言ってる場合じゃなかった!
 死ぬのは今日だ(涙)。
 ミランダは殺気をただよわせてユラリと立ち上がる。
 こ、殺される!

「そういえば血のバレンタインにあんたを連れていってあげてなかったわね。あんたも体験してみる? 血のバレンタイン」
「遠慮しておきます! というかそれは架空かくうのイベントでしょ!」
「問答無用!」
「ぶはあっ!」

 ミランダの強烈なパンチを顔面に浴び、僕は盛大に鼻血をまき散らしながら血とチョコにまみれてダウンした。
 ち、血のバレンタイン。
 甘いだけじゃなかったぜ……ごふっ。

(完)
********************************************************************次回作です。
『だって僕はNPCだから 3rd GAME』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/540294390/392527861
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうせ俺はNPCだから

枕崎 純之助
ファンタジー
【完結しました!】 *この作品はこちらのスピンオフになります↓ 『だって僕はNPCだから』https://www.alphapolis.co.jp/novel/540294390/346478298    天使たちのゲーム世界である「天国の丘《ヘヴンズ・ヒル》」と対を成す悪魔たちのゲーム世界「地獄の谷《ヘル・バレー》」。  NPCとして鬱屈した日々を過ごす下級悪魔のバレットは、上級悪魔たちのワナにハメられ、脱出不可能と言われる『悪魔の臓腑』という深い洞窟の奥深くに閉じ込められてしまった。  そこでバレットはその場所にいるはずのない見習い天使の少女・ティナと出会う。  バレットはまだ知らない。  彼女が天使たちの長たる天使長の2代目候補であるということを。  NPCの制約によって強さの上限値を越えられない下級悪魔と、秘められた自分の潜在能力の使い方が分からない見習い天使が出会ったことで、2人の運命が大きく変わる。  悪魔たちの世界を舞台に繰り広げられるNPC冒険活劇の外伝。  ここに開幕。 *イラストACより作者「Kotatsune」様のイラストを使用させていただいております。

だって僕はNPCだから 3rd GAME

枕崎 純之助
ファンタジー
【完結】 3度目の冒険は異世界進出! 天使たちの国は天国なんかじゃなかったんだ。 『魔女狩り大戦争』、『砂漠都市消滅危機』という二つの事件が解決し、平穏を取り戻したゲーム世界。 その中の登場人物である下級兵士アルフレッドは洞窟の中で三人の少女たちと暮らしていた。 だが、彼らの平和な日々を揺るがす魔の手はすぐそこに迫っていた。 『だって僕はNPCだから』 『だって僕はNPCだから 2nd GAME』 に続く平凡NPCの規格外活劇第3弾が幕を開ける。

どうせ俺はNPCだから 2nd BURNING!

枕崎 純之助
ファンタジー
下級悪魔と見習い天使のコンビ再び! 天国の丘と地獄の谷という2つの国で構成されたゲーム世界『アメイジア』。 手の届かぬ強さの極みを欲する下級悪魔バレットと、天使長イザベラの正当後継者として不正プログラム撲滅の使命に邁進する見習い天使ティナ。 互いに相容れない存在であるはずのNPCである悪魔と天使が手を組み、遥かな頂を目指す物語。 堕天使グリフィンが巻き起こした地獄の谷における不正プラグラムの騒動を乗り切った2人は、新たな道を求めて天国の丘へと向かった。 天使たちの国であるその場所で2人を待ち受けているものは……? 敵対する異種族バディが繰り広げる二度目のNPC冒険活劇。 再び開幕! *イラストACより作者「Kamesan」のイラストを使わせていただいております。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...