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第90話 暴虐
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エミルが突然の変貌を見せ、3人の白髪の男を殺害した。
そしてエミルは……チェルシーを敵と見定めたようで、血に染まった短剣を手に猛然と襲いかかってきた。
「チッ!」
チェルシーは舌打ちをするとプリシラを放して腰帯の短剣を引き抜く。
落ちている長剣を拾い上げる時間はなかった。
それほどエミルの突進が速かったのだ。
疾風のごとく岩橋を駆け抜けたエミルは、甲高い嬌声を上げてチェルシーに飛びかかった。
「ケェェェェェ!」
エミルが振り下ろす短剣をチェルシーは受け止める。
その強烈な力強さにチェルシーは驚いた。
細かったエミルの腕は今や痛々しいほどに筋肉で膨張している。
そしてエミルは次々と短剣を繰り出してチェルシーを攻め立てた。
その攻撃方法にもチェルシーは驚きを禁じ得ない。
エミルの攻撃は力加減や速度の緩急が多彩で、まるで歴戦の戦士を相手にしているようだった。
間違いなくプリシラよりも老獪な戦い方をしている。
(こ、こんな幼い子供が……どういうことなの?)
チェルシーは自分が後方に徐々に押し込まれていくのが分かった。
力でも速さでも負けてはいないが、エミルの攻撃は多彩であり、その点においてチェルシーは劣勢に立たされていた。
その様子をチェルシーの部下たちは呆然と見守っていた。
彼らはチェルシーの強さを間近で見てきてよく知っている。
そのチェルシーを相手に互角以上の戦いを繰り広げる相手の存在は、彼らを大いに困惑させた。
しかもそれはまだ幼い子供だ。
そんな中、部下の1人が忠義に燃えて銃を構える。
「将軍閣下に加勢を!」
しかしそんな男を別の部下が制止した。
「よせ! チェルシー様に当たる! それにエミルは生け捕りに……」
そう言って制止した部下の首に短剣が突き刺さった。
チェルシーとの戦いの中でエミルが唐突に投げ放ったものだ。
「かっ……」
男は倒れて動かなくなった。
それを見たチェルシーは声を鋭く発する。
「手出し無用よ! 全員、距離を取りなさい! この子供は危険だわ!」
そう言いながらチェルシーは短剣でエミルへの攻撃を続ける。
しかしエミルは丸腰となっても身軽にそれをかわし、地面をすばやく転がってチェルシーを振り切る。
そして短剣を突き刺されて死んだ男の元に駆け寄り、その首から短剣を引き抜く。
さらにエミルは男が腰帯に差していた鉈を奪って両手に刃物を持つ格好となると、すぐ近くで銃を構える男に襲いかかった。
「くっ! バケモノめ!」
男はたまらずに発砲する。
だが、それよりも早くエミルは男の懐に潜り込んでいた。
そして短剣を顎の下から突き上げるように刺した。
「ゲッ……」
男は短く声を漏らし、ガックリと倒れ込む。
その男の手から零れ落ちた拳銃をエミルは奪った。
そして手にしたそれを見るとニヤリと笑う。
エミルはそれを構えるとチェルシーに銃口を向けて引き金を引いた。
発砲音と共にチェルシーの足元の地面で土が巻き上がる。
「くっ!」
チェルシーは即座に駆け出した。
それを追うようにエミルは連続で発砲する。
チェルシーは地面を転がりながら動き回って直撃を避けるが、弾丸の一発が足をわずかに掠めた。
「あぐっ……」
それでもチェルシーは痛みを堪えて弾丸を避け続ける。
おそらく見様見真似で撃っているだろうエミルの射撃精度は低く、その後は一発も当たらない。
拳銃の最大装填数である6発の弾丸を全て撃ち尽くし、それ以上引き金を引いても弾丸が発射されないことが分かると、エミルは興味を失ったように拳銃を放り捨てた。
それを見たチェルシーは短剣を手にエミルに向かっていく。
この得体の知れない子供を自分に引き付けておかないければ、もっと部下が殺されてしまう。
すでに5人の部下を失っていた。
少人数の部隊でこれ以上の兵の損耗を招くと、作戦遂行に支障をきたす。
(もう生け捕りは考えるな。この危険な相手を排除するんだ)
チェルシーは強い決意でエミルに立ち向かうのだった。
☆☆☆☆☆☆
「ボルド! 無理するな!」
前方を進むベラが振り返り、そう声を上げる。
子供たちを探すために行動しているボルドとベラ、ソニアの3人は山道の上り坂を走り続けていた。
元々、公国にいると思しきプリシラとエミルを探すべく、山越えによる公国入りを敢行する3人だったが、ボルドが黒髪術者としての力で感じ取ったのだ。
同じ黒髪術者の息子であるエミルがこの山の中にいることを。
そして今、エミルの身に何らかの異常が起きていることをつい先ほどボルドは感じ取ったのだ。
(おかしい……溢れ出るエミルの力が強過ぎる。それにこの感じは……)
ボルドはヒシヒシと感じていた。
エミルの力とは別の黒い波動を。
それはエミルが生まれるより前からよく知っている邪悪な気配だった。
ボルドは我が子がその身に背負わされたものの重さに、わずかに暗い表情を浮かべる。
今でも思い出す。
エミルが生まれた日の喜びと……衝撃を。
愛する妻が産んでくれた息子をその目で見た時、ボルドは感じたのだ。
赤子の身に宿る別の意思を。
(アメーリア……あなたはまだ私のことが許せないんですね)
黒き魔女アメーリア。
ブリジットとクローディア、そして統一ダニアを窮地に追い込んだかつての仇敵だった。
黒髪術者であり、同時にブリジットやクローディアと同じ異常筋力の持ち主だ。
新都ダニアを襲った先の大戦で、彼女はボルドたちを徹底的に追い詰めた。
だがブリジットとクローディア、そしてボルドの奮戦によってようやく討つことが出来た恐ろしい敵だった。
その際にボルドはアメーリアの恋人であり敵軍の将だったトバイアスという男をその手で刺殺している。
ゆえにアメーリアには恨まれて当然だった。
しかしボルドは黒髪術者として彼女の心に触れて知ったのだ。
暴虐と恐怖の象徴として恐れられた彼女の心の中にある悲しみと寂しさを。
ただ愛される人生を送りたかった。
心の奥底ではそう願っていた彼女がこの世を去る時、ボルドは祈ったのだ。
黒き魔女の冥福を。
そしていつか生まれ変わり、次こそは愛される人生を歩めるようにと。
そしてそれは……思わぬ形でボルドの人生に影響を与えることとなった。
ボルドとブリジットの間に第2子として生まれてきた息子・エミルの身には……黒き魔女アメーリアの魂が宿っていた。
生まれたばかりの赤子を歓喜と安堵の表情で抱く妻のブリジットには、すぐにそのことを伝えられなかった。
だが、産後ブリジットの体調が戻った時にボルドはそのことを彼女に打ち明けたのだ。
ブリジットはボルドと同様に驚きと不安を抱いた。
ボルドは自分があのようなことを祈ってしまったからだと告げて妻に謝罪したが、彼女はそれはボルドにはどうすることも出来ないことだからと優しく夫を気遣った。
そして夫婦は決めたのだ。
たとえ黒い魂を背負う子であっても、愛する息子に変わりない。
大切に育てようと。
それから時は流れ、エミルはすくすくと育ったが、ボルドは息子の成長の折々に感じていた。
黒き魔女の魂を。
それが今、大きく膨れ上がろうとしている。
嵐によって川の水が川幅を越えて氾濫するように。
そう考えると、息が切れようともボルドは足を止めることは出来なかった。
「もう目と鼻の先です! おそらくエミルの身に何かが起きています。急がなければ!」
ボルドの鬼気迫る表情から状況は一刻を争うことや、プリシラやエミルがいよいよすぐ近くにいるのだと感じ、先を行くベラもボルドの背後を守って走るソニアも表情を引き締めるのだった。
そしてエミルは……チェルシーを敵と見定めたようで、血に染まった短剣を手に猛然と襲いかかってきた。
「チッ!」
チェルシーは舌打ちをするとプリシラを放して腰帯の短剣を引き抜く。
落ちている長剣を拾い上げる時間はなかった。
それほどエミルの突進が速かったのだ。
疾風のごとく岩橋を駆け抜けたエミルは、甲高い嬌声を上げてチェルシーに飛びかかった。
「ケェェェェェ!」
エミルが振り下ろす短剣をチェルシーは受け止める。
その強烈な力強さにチェルシーは驚いた。
細かったエミルの腕は今や痛々しいほどに筋肉で膨張している。
そしてエミルは次々と短剣を繰り出してチェルシーを攻め立てた。
その攻撃方法にもチェルシーは驚きを禁じ得ない。
エミルの攻撃は力加減や速度の緩急が多彩で、まるで歴戦の戦士を相手にしているようだった。
間違いなくプリシラよりも老獪な戦い方をしている。
(こ、こんな幼い子供が……どういうことなの?)
チェルシーは自分が後方に徐々に押し込まれていくのが分かった。
力でも速さでも負けてはいないが、エミルの攻撃は多彩であり、その点においてチェルシーは劣勢に立たされていた。
その様子をチェルシーの部下たちは呆然と見守っていた。
彼らはチェルシーの強さを間近で見てきてよく知っている。
そのチェルシーを相手に互角以上の戦いを繰り広げる相手の存在は、彼らを大いに困惑させた。
しかもそれはまだ幼い子供だ。
そんな中、部下の1人が忠義に燃えて銃を構える。
「将軍閣下に加勢を!」
しかしそんな男を別の部下が制止した。
「よせ! チェルシー様に当たる! それにエミルは生け捕りに……」
そう言って制止した部下の首に短剣が突き刺さった。
チェルシーとの戦いの中でエミルが唐突に投げ放ったものだ。
「かっ……」
男は倒れて動かなくなった。
それを見たチェルシーは声を鋭く発する。
「手出し無用よ! 全員、距離を取りなさい! この子供は危険だわ!」
そう言いながらチェルシーは短剣でエミルへの攻撃を続ける。
しかしエミルは丸腰となっても身軽にそれをかわし、地面をすばやく転がってチェルシーを振り切る。
そして短剣を突き刺されて死んだ男の元に駆け寄り、その首から短剣を引き抜く。
さらにエミルは男が腰帯に差していた鉈を奪って両手に刃物を持つ格好となると、すぐ近くで銃を構える男に襲いかかった。
「くっ! バケモノめ!」
男はたまらずに発砲する。
だが、それよりも早くエミルは男の懐に潜り込んでいた。
そして短剣を顎の下から突き上げるように刺した。
「ゲッ……」
男は短く声を漏らし、ガックリと倒れ込む。
その男の手から零れ落ちた拳銃をエミルは奪った。
そして手にしたそれを見るとニヤリと笑う。
エミルはそれを構えるとチェルシーに銃口を向けて引き金を引いた。
発砲音と共にチェルシーの足元の地面で土が巻き上がる。
「くっ!」
チェルシーは即座に駆け出した。
それを追うようにエミルは連続で発砲する。
チェルシーは地面を転がりながら動き回って直撃を避けるが、弾丸の一発が足をわずかに掠めた。
「あぐっ……」
それでもチェルシーは痛みを堪えて弾丸を避け続ける。
おそらく見様見真似で撃っているだろうエミルの射撃精度は低く、その後は一発も当たらない。
拳銃の最大装填数である6発の弾丸を全て撃ち尽くし、それ以上引き金を引いても弾丸が発射されないことが分かると、エミルは興味を失ったように拳銃を放り捨てた。
それを見たチェルシーは短剣を手にエミルに向かっていく。
この得体の知れない子供を自分に引き付けておかないければ、もっと部下が殺されてしまう。
すでに5人の部下を失っていた。
少人数の部隊でこれ以上の兵の損耗を招くと、作戦遂行に支障をきたす。
(もう生け捕りは考えるな。この危険な相手を排除するんだ)
チェルシーは強い決意でエミルに立ち向かうのだった。
☆☆☆☆☆☆
「ボルド! 無理するな!」
前方を進むベラが振り返り、そう声を上げる。
子供たちを探すために行動しているボルドとベラ、ソニアの3人は山道の上り坂を走り続けていた。
元々、公国にいると思しきプリシラとエミルを探すべく、山越えによる公国入りを敢行する3人だったが、ボルドが黒髪術者としての力で感じ取ったのだ。
同じ黒髪術者の息子であるエミルがこの山の中にいることを。
そして今、エミルの身に何らかの異常が起きていることをつい先ほどボルドは感じ取ったのだ。
(おかしい……溢れ出るエミルの力が強過ぎる。それにこの感じは……)
ボルドはヒシヒシと感じていた。
エミルの力とは別の黒い波動を。
それはエミルが生まれるより前からよく知っている邪悪な気配だった。
ボルドは我が子がその身に背負わされたものの重さに、わずかに暗い表情を浮かべる。
今でも思い出す。
エミルが生まれた日の喜びと……衝撃を。
愛する妻が産んでくれた息子をその目で見た時、ボルドは感じたのだ。
赤子の身に宿る別の意思を。
(アメーリア……あなたはまだ私のことが許せないんですね)
黒き魔女アメーリア。
ブリジットとクローディア、そして統一ダニアを窮地に追い込んだかつての仇敵だった。
黒髪術者であり、同時にブリジットやクローディアと同じ異常筋力の持ち主だ。
新都ダニアを襲った先の大戦で、彼女はボルドたちを徹底的に追い詰めた。
だがブリジットとクローディア、そしてボルドの奮戦によってようやく討つことが出来た恐ろしい敵だった。
その際にボルドはアメーリアの恋人であり敵軍の将だったトバイアスという男をその手で刺殺している。
ゆえにアメーリアには恨まれて当然だった。
しかしボルドは黒髪術者として彼女の心に触れて知ったのだ。
暴虐と恐怖の象徴として恐れられた彼女の心の中にある悲しみと寂しさを。
ただ愛される人生を送りたかった。
心の奥底ではそう願っていた彼女がこの世を去る時、ボルドは祈ったのだ。
黒き魔女の冥福を。
そしていつか生まれ変わり、次こそは愛される人生を歩めるようにと。
そしてそれは……思わぬ形でボルドの人生に影響を与えることとなった。
ボルドとブリジットの間に第2子として生まれてきた息子・エミルの身には……黒き魔女アメーリアの魂が宿っていた。
生まれたばかりの赤子を歓喜と安堵の表情で抱く妻のブリジットには、すぐにそのことを伝えられなかった。
だが、産後ブリジットの体調が戻った時にボルドはそのことを彼女に打ち明けたのだ。
ブリジットはボルドと同様に驚きと不安を抱いた。
ボルドは自分があのようなことを祈ってしまったからだと告げて妻に謝罪したが、彼女はそれはボルドにはどうすることも出来ないことだからと優しく夫を気遣った。
そして夫婦は決めたのだ。
たとえ黒い魂を背負う子であっても、愛する息子に変わりない。
大切に育てようと。
それから時は流れ、エミルはすくすくと育ったが、ボルドは息子の成長の折々に感じていた。
黒き魔女の魂を。
それが今、大きく膨れ上がろうとしている。
嵐によって川の水が川幅を越えて氾濫するように。
そう考えると、息が切れようともボルドは足を止めることは出来なかった。
「もう目と鼻の先です! おそらくエミルの身に何かが起きています。急がなければ!」
ボルドの鬼気迫る表情から状況は一刻を争うことや、プリシラやエミルがいよいよすぐ近くにいるのだと感じ、先を行くベラもボルドの背後を守って走るソニアも表情を引き締めるのだった。
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