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第85話 知らされた真実
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「女王の誇り? 笑わせないで。姉は……クローディアは国を捨て、母を捨て、ワタシを捨てた!」
チェルシーの怒りの言葉に思わずプリシラは気圧される。
「そ、それは……」
「母は亡くなる間際、泣いていたわ。娘に……クローディアに会いたいと! あの気丈だった母が……まるで子供みたいに。それなのに……それなのにクローディアは墓参りにさえ来ない」
そう言うチェルシーの顔は先ほどまでのような冷然とした将軍の表情ではなく、幼い少女のようだった。
クローディアは王国を離脱したのだ。
二度とその土を踏むことは許されない立場だ。
おいそれと王国にある母の墓参りなど出来るわけはないとチェルシーも分かっている。
それでもチェルシーは恨み事を言わずにはいられなかった。
そんな彼女を見たプリシラも黙ってはいられない。
「チェルシー。クローディアも……辛かったのよ」
「辛かった? 何が辛かったのよ! 王国を出て、自分の国を立ち上げて、その後は共和国の大統領夫人の座に収まって……やりたいように生きているじゃない。辛いだなんてよくも言えたわね!」
「クローディアだって! クローディアだって……泣いていたのよ。あなたや母君に会えなくて寂しがって……悲しんでいた」
プリシラの言葉にチェルシーは思わず声を失う。
胸の鼓動が速くなっていた。
(姉様が……悲しんでいた? ワタシや母様に会えなくて寂しがっていた?)
チェルシーは苦しげに言葉を押し出す。
「それが本当だとしても……自業自得だわ。自分で出て行ったのだから」
「そうね。でも……それはクローディアの女王としての判断だわ。民のためにそうしなければならないと思ったから。あなたや母君と別れて辛くないわけないじゃない」
「手紙のひとつも寄こさないで、辛かったなんて言われても信じられないわね」
そう言うチェルシーにプリシラはかつてのクローディアの悲しげな顔を思い返しながら、自分の知る事実を告げた。
「クローディアは……ずっと手紙をあなたに出し続けていたわ。王国に向けて。毎月欠かすことなく」
「……何ですって?」
チェルシーの目がそれまでにないほど驚きに大きく見開かれた。
そして瞳が動揺で揺らいでいる。
「そんなデタラメを……」
「デタラメなんかじゃない! クローディアはずっと手紙を送り続けていた。あなたからの返事がなくても、一度も欠かさずに。アタシは幼い頃からそれを見てきたんだから」
「返事が……なくても?」
チェルシーはいよいよ信じられないというように唇を震わせる。
(ワタシだって……手紙は出していた。届かなかった? いや……)
チェルシーの脳裏に兄であるジャイルズ王の顔が浮かぶ。
長兄ジャイルズは知的で理性的ではあるが、野心家であり心の冷たい男だ。
血の繋がりのある相手でさえ、自分にとって利用価値があるかどうかで考えている。
チェルシーも自覚していた。
兄が自分を重用するのは、武術の腕とダニアの女王の血族であるという事実があるからだ。
兄妹の情など欠片もない。
(兄であれば……手紙を握り潰すくらいのことは当たり前のようにやるだろう)
そのこと自体は驚かなかった。
そして、チェルシーの氷のような心は、事実を知ったところで溶けることはない。
クローディアが悲しんでいたとしても、それはクローディア自身が招いたことなのだ。
そしてその結果、チェルシーは長いこと苦しい人生を送ってきた。
姉の行動がダニアを思う女王の采配だったとしても、それと引き換えに母と幼い妹を切り捨てたという事実は変わらないのだ。
チェルシーの心の中にビッシリと根を張った、自分は捨てられたのだという侘しい思いが消えることはなかった。
「それが事実だとしても……姉が王国を捨てたという事実も変わらない。そのせいで母が悲しんだことも。ワタシは王国軍の将軍としてすべきことをするだけよ」
「公国を侵略して……その次は共和国にまで手を伸ばそうと言うの?」
怒りの形相を見せて声を荒げるプリシラに、チェルシーは冷たい顔で答えた。
「王国は歴史ある国だけど、領土的には貧しい国だわ。だから姉も見捨てたのでしょうね。他国から奪い、それを王国の糧とする。それがワタシの役目よ。自国の民を豊かにするためなら、他国がどうなろうと構わない。姉が身を持ってワタシに教えてくれたことよ」
そう皮肉を言うチェルシーにプリシラは激昂する。
「違う! あなたは間違っているわ!」
そう言うプリシラの腹をチェルシーはいきなり蹴り付けた。
「くはっ!」
たまらずにプリシラは後方に吹っ飛ぶ。
そんな彼女に冷然とした目を向けてチェルシーは剣を構えた。
「お喋りは終わりよ。休憩して少しは体力が戻ったでしょう? 投降するつもりがないなら、足腰を立たなくして無理やりにでも連れていくわ」
そう言うとチェルシーは剣を手にプリシラに向かっていく。
その顔にはもう迷いは無かった。
☆☆☆☆☆☆
部隊の一番最後にショーナはようやく谷間に辿り着いた。
山道を走り続けて来たためさすがに息が切れ、足取りは重い。
基礎体力の訓練をしているとはいえ、ココノエの戦士たちと同じようには走れなかった。
そして……彼女は見た。
谷間にかかる天然の岩橋の前で猛然とプリシラに襲いかかるチェルシーの姿を。
プリシラは必死の抵抗を見せているが、チェルシーは剣でプリシラの剣を打ち払いながら時折、蹴りや拳でプリシラに攻撃を加えていく。
その戦いぶりを見たショーナは思わず眉を潜めた。
戦場では戦いながらも冷静なのがチェルシーだ。
敵を排除するためなら容赦なく葬り去るが、必要以上に痛めつけるようなことはしない。
それが今は随分と感情的になっているように見えた。
ショーナはこうなることを何となく予想していた。
(チェルシー様。やっと……怒りをぶつけられる相手に出会えたのね)
チェルシーがずっと暗い怒りを抱えていたことは、彼女が幼い頃からずっと共にいたショーナが一番良く知っていた。
チェルシーがまだ分別のつかない子供だった頃などは、よく八つ当たりをされたものだ。
姉様を連れてきてと泣かれたことは数知れず、理不尽に怒りをぶつけられたこともあった。
だがチェルシーも10歳を超える頃には分別を覚え、その怒りを胸の内にしまうようになった。
そうして彼女は鬱々とした思いを身の内に溜め込むようになったのだ。
これではいつか爆発する。
そう思ったショーナは、クローディア絡みの話題をわざと出してチェルシーを怒らせ、ガス抜きを試みたこともあった。
だがそんなショーナの思惑もすぐに見透かされ、チェルシーはあまり感情を表に出さなくなってしまったのだ。
(幼かった頃みたいだ……)
苛烈にプリシラを攻めるチェルシーの姿に、ショーナは幼子だった彼女の姿を重ねた。
そして天を見上げて、亡き人を思う。
(先代……チェルシー様は随分と暗い道を歩むようになってしまいました。先代は悲しんでおられますよね。ワタシの力及ばず申し訳ございません)
孤児として王国軍の黒帯隊に引き取られたショーナにとっても、先代クローディアは母のような人だった。
先代が逝ってしまった時には、泣き叫ぶ幼いチェルシーを慰めるために自分の涙はぐっと堪えたのだ。
以来、チェルシーを見守ることが自分の役目だと思ってショーナは過ごしてきた。
しかしチェルシーはジャイルズ王によってその若さに不相応な将軍という地位に就けられてしまった。
王家のしがらみにがんじがらめにされてしまったチェルシーに対し、ショーナは無力だった。
文字通り見守ることしか出来なかったのだ。
そしてそれは今この時も変わらない。
(これしか生きる道は無いんだ……チェルシー様も……ワタシも)
そう思ったショーナは、絶望的な面持ちでチェルシーたちのさらに前方に目をやる。
そこには……地面にうずくまるエミルと思しき黒髪の子供を守るため、その上に覆いかぶさっている若い黒髪の男がいた。
必死の形相を浮かべるその男は……ジュードだった。
チェルシーの怒りの言葉に思わずプリシラは気圧される。
「そ、それは……」
「母は亡くなる間際、泣いていたわ。娘に……クローディアに会いたいと! あの気丈だった母が……まるで子供みたいに。それなのに……それなのにクローディアは墓参りにさえ来ない」
そう言うチェルシーの顔は先ほどまでのような冷然とした将軍の表情ではなく、幼い少女のようだった。
クローディアは王国を離脱したのだ。
二度とその土を踏むことは許されない立場だ。
おいそれと王国にある母の墓参りなど出来るわけはないとチェルシーも分かっている。
それでもチェルシーは恨み事を言わずにはいられなかった。
そんな彼女を見たプリシラも黙ってはいられない。
「チェルシー。クローディアも……辛かったのよ」
「辛かった? 何が辛かったのよ! 王国を出て、自分の国を立ち上げて、その後は共和国の大統領夫人の座に収まって……やりたいように生きているじゃない。辛いだなんてよくも言えたわね!」
「クローディアだって! クローディアだって……泣いていたのよ。あなたや母君に会えなくて寂しがって……悲しんでいた」
プリシラの言葉にチェルシーは思わず声を失う。
胸の鼓動が速くなっていた。
(姉様が……悲しんでいた? ワタシや母様に会えなくて寂しがっていた?)
チェルシーは苦しげに言葉を押し出す。
「それが本当だとしても……自業自得だわ。自分で出て行ったのだから」
「そうね。でも……それはクローディアの女王としての判断だわ。民のためにそうしなければならないと思ったから。あなたや母君と別れて辛くないわけないじゃない」
「手紙のひとつも寄こさないで、辛かったなんて言われても信じられないわね」
そう言うチェルシーにプリシラはかつてのクローディアの悲しげな顔を思い返しながら、自分の知る事実を告げた。
「クローディアは……ずっと手紙をあなたに出し続けていたわ。王国に向けて。毎月欠かすことなく」
「……何ですって?」
チェルシーの目がそれまでにないほど驚きに大きく見開かれた。
そして瞳が動揺で揺らいでいる。
「そんなデタラメを……」
「デタラメなんかじゃない! クローディアはずっと手紙を送り続けていた。あなたからの返事がなくても、一度も欠かさずに。アタシは幼い頃からそれを見てきたんだから」
「返事が……なくても?」
チェルシーはいよいよ信じられないというように唇を震わせる。
(ワタシだって……手紙は出していた。届かなかった? いや……)
チェルシーの脳裏に兄であるジャイルズ王の顔が浮かぶ。
長兄ジャイルズは知的で理性的ではあるが、野心家であり心の冷たい男だ。
血の繋がりのある相手でさえ、自分にとって利用価値があるかどうかで考えている。
チェルシーも自覚していた。
兄が自分を重用するのは、武術の腕とダニアの女王の血族であるという事実があるからだ。
兄妹の情など欠片もない。
(兄であれば……手紙を握り潰すくらいのことは当たり前のようにやるだろう)
そのこと自体は驚かなかった。
そして、チェルシーの氷のような心は、事実を知ったところで溶けることはない。
クローディアが悲しんでいたとしても、それはクローディア自身が招いたことなのだ。
そしてその結果、チェルシーは長いこと苦しい人生を送ってきた。
姉の行動がダニアを思う女王の采配だったとしても、それと引き換えに母と幼い妹を切り捨てたという事実は変わらないのだ。
チェルシーの心の中にビッシリと根を張った、自分は捨てられたのだという侘しい思いが消えることはなかった。
「それが事実だとしても……姉が王国を捨てたという事実も変わらない。そのせいで母が悲しんだことも。ワタシは王国軍の将軍としてすべきことをするだけよ」
「公国を侵略して……その次は共和国にまで手を伸ばそうと言うの?」
怒りの形相を見せて声を荒げるプリシラに、チェルシーは冷たい顔で答えた。
「王国は歴史ある国だけど、領土的には貧しい国だわ。だから姉も見捨てたのでしょうね。他国から奪い、それを王国の糧とする。それがワタシの役目よ。自国の民を豊かにするためなら、他国がどうなろうと構わない。姉が身を持ってワタシに教えてくれたことよ」
そう皮肉を言うチェルシーにプリシラは激昂する。
「違う! あなたは間違っているわ!」
そう言うプリシラの腹をチェルシーはいきなり蹴り付けた。
「くはっ!」
たまらずにプリシラは後方に吹っ飛ぶ。
そんな彼女に冷然とした目を向けてチェルシーは剣を構えた。
「お喋りは終わりよ。休憩して少しは体力が戻ったでしょう? 投降するつもりがないなら、足腰を立たなくして無理やりにでも連れていくわ」
そう言うとチェルシーは剣を手にプリシラに向かっていく。
その顔にはもう迷いは無かった。
☆☆☆☆☆☆
部隊の一番最後にショーナはようやく谷間に辿り着いた。
山道を走り続けて来たためさすがに息が切れ、足取りは重い。
基礎体力の訓練をしているとはいえ、ココノエの戦士たちと同じようには走れなかった。
そして……彼女は見た。
谷間にかかる天然の岩橋の前で猛然とプリシラに襲いかかるチェルシーの姿を。
プリシラは必死の抵抗を見せているが、チェルシーは剣でプリシラの剣を打ち払いながら時折、蹴りや拳でプリシラに攻撃を加えていく。
その戦いぶりを見たショーナは思わず眉を潜めた。
戦場では戦いながらも冷静なのがチェルシーだ。
敵を排除するためなら容赦なく葬り去るが、必要以上に痛めつけるようなことはしない。
それが今は随分と感情的になっているように見えた。
ショーナはこうなることを何となく予想していた。
(チェルシー様。やっと……怒りをぶつけられる相手に出会えたのね)
チェルシーがずっと暗い怒りを抱えていたことは、彼女が幼い頃からずっと共にいたショーナが一番良く知っていた。
チェルシーがまだ分別のつかない子供だった頃などは、よく八つ当たりをされたものだ。
姉様を連れてきてと泣かれたことは数知れず、理不尽に怒りをぶつけられたこともあった。
だがチェルシーも10歳を超える頃には分別を覚え、その怒りを胸の内にしまうようになった。
そうして彼女は鬱々とした思いを身の内に溜め込むようになったのだ。
これではいつか爆発する。
そう思ったショーナは、クローディア絡みの話題をわざと出してチェルシーを怒らせ、ガス抜きを試みたこともあった。
だがそんなショーナの思惑もすぐに見透かされ、チェルシーはあまり感情を表に出さなくなってしまったのだ。
(幼かった頃みたいだ……)
苛烈にプリシラを攻めるチェルシーの姿に、ショーナは幼子だった彼女の姿を重ねた。
そして天を見上げて、亡き人を思う。
(先代……チェルシー様は随分と暗い道を歩むようになってしまいました。先代は悲しんでおられますよね。ワタシの力及ばず申し訳ございません)
孤児として王国軍の黒帯隊に引き取られたショーナにとっても、先代クローディアは母のような人だった。
先代が逝ってしまった時には、泣き叫ぶ幼いチェルシーを慰めるために自分の涙はぐっと堪えたのだ。
以来、チェルシーを見守ることが自分の役目だと思ってショーナは過ごしてきた。
しかしチェルシーはジャイルズ王によってその若さに不相応な将軍という地位に就けられてしまった。
王家のしがらみにがんじがらめにされてしまったチェルシーに対し、ショーナは無力だった。
文字通り見守ることしか出来なかったのだ。
そしてそれは今この時も変わらない。
(これしか生きる道は無いんだ……チェルシー様も……ワタシも)
そう思ったショーナは、絶望的な面持ちでチェルシーたちのさらに前方に目をやる。
そこには……地面にうずくまるエミルと思しき黒髪の子供を守るため、その上に覆いかぶさっている若い黒髪の男がいた。
必死の形相を浮かべるその男は……ジュードだった。
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