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第77話 金と銀の因縁ふたたび
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白い髪の集団が山の尾根を走り続けている。
その前方には顔立ちの良く似た男女が互いに視線を交わしていた。
「オニユリ。手はず通りに行くぞ」
「分かっていますわ。兄様」
チェルシーから遅れること数十メートル後方を走るシジマとオニユリの兄妹は部下のうち3人ほどを引き連れて脇道に逸れていく。
シジマが事前に山の猟師に聞いておいた山の抜け道だ。
彼らが追っているプリシラたちは山の尾根を共和国側に向かって降りていた。
その道を先へと進むと、必ず通る場所があるという。
その場所へ先回りするための抜け道があると猟師たちは言っていた。
山越えをする一般の者たちは使わない、少々荒れた道のりらしい。
しかし足腰を鍛え上げられたシジマ達はそれをものともせずに駆け抜けて行く。
事前にチェルシーと決めておいた作戦通りだ。
「やつらを挟み討ちにして確実に仕留めてやる」
兄のシジマが走りながら鋭い目つきでそう言うのを聞きながらオニユリは、周囲に目を配っていた。
シジマを初めとする他の面々はまったく気付いていないようだったが、オニユリだけは視界の端に捉えている。
2人の若い男たちが山中の茂みの中に潜んでいるのを。
それを見たオニユリの口元に密かな笑みが浮かぶのだった。
☆☆☆☆☆☆
水の匂いが強く漂ってくる。
尾根を走り続けたプリシラたちはようやく山の中腹まで下って来ていた。
彼らの前方には谷間が見えている。
その谷底には川が流れているのだろう。
「あそこだ!」
ジャスティーナが指差す先には大きな岩で出来た天然の橋がかけられていた。
恐らく谷間の向こう側とこちら側はもともと陸続きだったのだが、長い年月の間に浸食されて、今の橋のような形状になったのだろう。
その橋もいつかはさらに浸食されて谷底へ落ちてしまうのかもしれない。
そんなことを思いながら、ジュードは先ほどショーナが伝えて来た話の内容を思い返して浮かない顔をしていた。
(チェルシーがプリシラとエミルを狙っている……)
エミルは黒髪術者として大きな能力を持つ。
黒髪術者を戦力化する王国軍にとっては喉から手が出るほど欲しい人材だろう。
そしてエミルの姉であるプリシラを狙うのにも理由がある。
この姉弟はダニアの女王ブリジットの子供たちだ。
ダニアは共和国の同盟国でもあり、共和国が危機に晒された時は共和国軍と共に外敵と戦う。
屈強な女戦士たちを多数擁するダニアは、他国から見ても脅威的な存在だろう。
だがその女王の子女を人質として捕らえれば、ダニアを牽制して共和国との同盟に揺さぶりをかけることが出来る。
そこから読み取れる王国の意図は明白だった。
(王国軍はやはり公国侵略を足がかりにして、共和国をも狙っている)
王国のジャイルズ王が、肥沃な大地を持ち豊富な農作物の収穫が毎年見込める共和国を欲しがっているのは一目瞭然だった。
そしてチェルシーが憎む姉のクローディアは、共和国大統領であるイライアスの妻だ。
王国が共和国を狙う理由は十分過ぎるほどあるのだ。
ジュードは腹の底に王国への怒りが込み上げてくるのを感じた。
(勝手なもんだ。自国の都合でこんな子供たちを利用しようなんて……。本当にあの国は変わらないな)
自身もそこで育ったからこそ王国の身勝手さは身に沁みて分かっている。
自国の利益のためならば他国からいくらでも搾取しようとするのが王国だ。
そんな国に絶対にこの子供たちは渡せない。
ジュードはそう心に念じる。
そんな彼の視線の先では、十数メートル先を走っていたジャスティーナが崖の手前で立ち止まり、谷底に目を凝らしている。
その口からは舌打ちが漏れた。
「チッ! 船は川漁師が使用中のようだね」
すぐにジュードも彼女に追いつき、真下の谷間を見下ろした。
谷底を流れる川には船着き場の桟橋が見えるが、そこには一艘も船は係留されていない。
小船が一艘でもあれば、それに乗って川を下って共和国側へ渡ることも視野に入れていた。
だがその望みは断たれた。
同じく谷底を眺めるプリシラはすぐに皆を促す。
「とにかく向こう側に渡ろう。足を止めちゃダメよ」
「そうだな。すぐに……」
そこでジュードは思わず息を飲む。
黒髪術者としての力で彼は感じ取っていた。
すさまじい敵意が背後から迫っているのを。
ジュードは青ざめた顔で弾かれたように振り返る。
その視線の先に……彼女はいた。
「……何てことだ」
その言葉に皆は一斉に後方に視線を送る。
そこには十数メートル先まで迫っている人影があった。
その人影は立ち止まり、ジュードをじっと見つめている。
「……あなた。ジュードなの?」
信じられないと言った顔でそう言ったのは、銀髪の美しい少女だった。
ジュードは張り詰めた表情で彼女の名を口にする。
「チェルシー……久しぶりだな」
そう。
そこに立っていたのは王国軍の将軍であるチェルシーその人だった。
その前方には顔立ちの良く似た男女が互いに視線を交わしていた。
「オニユリ。手はず通りに行くぞ」
「分かっていますわ。兄様」
チェルシーから遅れること数十メートル後方を走るシジマとオニユリの兄妹は部下のうち3人ほどを引き連れて脇道に逸れていく。
シジマが事前に山の猟師に聞いておいた山の抜け道だ。
彼らが追っているプリシラたちは山の尾根を共和国側に向かって降りていた。
その道を先へと進むと、必ず通る場所があるという。
その場所へ先回りするための抜け道があると猟師たちは言っていた。
山越えをする一般の者たちは使わない、少々荒れた道のりらしい。
しかし足腰を鍛え上げられたシジマ達はそれをものともせずに駆け抜けて行く。
事前にチェルシーと決めておいた作戦通りだ。
「やつらを挟み討ちにして確実に仕留めてやる」
兄のシジマが走りながら鋭い目つきでそう言うのを聞きながらオニユリは、周囲に目を配っていた。
シジマを初めとする他の面々はまったく気付いていないようだったが、オニユリだけは視界の端に捉えている。
2人の若い男たちが山中の茂みの中に潜んでいるのを。
それを見たオニユリの口元に密かな笑みが浮かぶのだった。
☆☆☆☆☆☆
水の匂いが強く漂ってくる。
尾根を走り続けたプリシラたちはようやく山の中腹まで下って来ていた。
彼らの前方には谷間が見えている。
その谷底には川が流れているのだろう。
「あそこだ!」
ジャスティーナが指差す先には大きな岩で出来た天然の橋がかけられていた。
恐らく谷間の向こう側とこちら側はもともと陸続きだったのだが、長い年月の間に浸食されて、今の橋のような形状になったのだろう。
その橋もいつかはさらに浸食されて谷底へ落ちてしまうのかもしれない。
そんなことを思いながら、ジュードは先ほどショーナが伝えて来た話の内容を思い返して浮かない顔をしていた。
(チェルシーがプリシラとエミルを狙っている……)
エミルは黒髪術者として大きな能力を持つ。
黒髪術者を戦力化する王国軍にとっては喉から手が出るほど欲しい人材だろう。
そしてエミルの姉であるプリシラを狙うのにも理由がある。
この姉弟はダニアの女王ブリジットの子供たちだ。
ダニアは共和国の同盟国でもあり、共和国が危機に晒された時は共和国軍と共に外敵と戦う。
屈強な女戦士たちを多数擁するダニアは、他国から見ても脅威的な存在だろう。
だがその女王の子女を人質として捕らえれば、ダニアを牽制して共和国との同盟に揺さぶりをかけることが出来る。
そこから読み取れる王国の意図は明白だった。
(王国軍はやはり公国侵略を足がかりにして、共和国をも狙っている)
王国のジャイルズ王が、肥沃な大地を持ち豊富な農作物の収穫が毎年見込める共和国を欲しがっているのは一目瞭然だった。
そしてチェルシーが憎む姉のクローディアは、共和国大統領であるイライアスの妻だ。
王国が共和国を狙う理由は十分過ぎるほどあるのだ。
ジュードは腹の底に王国への怒りが込み上げてくるのを感じた。
(勝手なもんだ。自国の都合でこんな子供たちを利用しようなんて……。本当にあの国は変わらないな)
自身もそこで育ったからこそ王国の身勝手さは身に沁みて分かっている。
自国の利益のためならば他国からいくらでも搾取しようとするのが王国だ。
そんな国に絶対にこの子供たちは渡せない。
ジュードはそう心に念じる。
そんな彼の視線の先では、十数メートル先を走っていたジャスティーナが崖の手前で立ち止まり、谷底に目を凝らしている。
その口からは舌打ちが漏れた。
「チッ! 船は川漁師が使用中のようだね」
すぐにジュードも彼女に追いつき、真下の谷間を見下ろした。
谷底を流れる川には船着き場の桟橋が見えるが、そこには一艘も船は係留されていない。
小船が一艘でもあれば、それに乗って川を下って共和国側へ渡ることも視野に入れていた。
だがその望みは断たれた。
同じく谷底を眺めるプリシラはすぐに皆を促す。
「とにかく向こう側に渡ろう。足を止めちゃダメよ」
「そうだな。すぐに……」
そこでジュードは思わず息を飲む。
黒髪術者としての力で彼は感じ取っていた。
すさまじい敵意が背後から迫っているのを。
ジュードは青ざめた顔で弾かれたように振り返る。
その視線の先に……彼女はいた。
「……何てことだ」
その言葉に皆は一斉に後方に視線を送る。
そこには十数メートル先まで迫っている人影があった。
その人影は立ち止まり、ジュードをじっと見つめている。
「……あなた。ジュードなの?」
信じられないと言った顔でそう言ったのは、銀髪の美しい少女だった。
ジュードは張り詰めた表情で彼女の名を口にする。
「チェルシー……久しぶりだな」
そう。
そこに立っていたのは王国軍の将軍であるチェルシーその人だった。
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