蛮族女王の娘

枕崎 純之助

文字の大きさ
上 下
73 / 97

第72話 慎重な追跡

しおりを挟む
 黒い頭巾ずきんの集団が夕暮れ時の山道を登っていた。
 その先頭を行くのは銀髪をやはり黒い頭巾ずきんおおい隠した若い女だった。
 その若さと、このような時刻にこのような山道を登る彼女を見て、誰が王国軍の将軍だと思うだろうか。

 そんなことを考えながら副官のシジマは上官のチェルシー将軍の後をついていく。
 チェルシーがひきいる総勢20名の部隊は彼女自身とショーナ、そしてその部下の黒髪術者ダークネスの男2人を除けば残りは全員、ココノエからやって来た白髪の者たちだ。
 この人員構成は全てチェルシーが選んだものだった。

 シジマがチェルシーの副官としての彼女に好感を覚えていることがある。
 それはチェルシーがココノエの民に対して差別的な気持ちを見せないことだった。
 ココノエからやって来た白き髪の一族を不気味がる者やうとむ者は王国内にも少なくない。
 老若男女皆、子供の頃から真っ白な頭髪の彼らを、西方ののろわれた民などど陰口を叩く者の多いことも知っている。

 ジャイルズ王の弟であるウェズリーなどは、明らかに侮蔑ぶべつの目でシジマたちを見るのだ。
 そのくせシジマの兄にしてココノエの総裁であるヤゲンをいいように使っている。
 王国はココノエの民を受け入れ、ココノエの特異な技術の恩恵を受けているが、同時に王国民たちはココノエを恐れ、さげすんでもいるのだ。

 そんな中、チェルシーは違った。
 有能な者であれば人種に関係なく重用する。
 彼女がこの部隊の自身とショーナ以外の20名をすべてココノエの民で固めたのは、任務の性質を考えてのことだった。
 そんなチェルシーだからこそ、シジマは若干16歳の彼女に付き従うことに不満は微塵みじんもない。

「まだ近付ける?」
「もう少し近付けますが、この辺りで休息にすべきかと」

 チェルシーの問いにショーナはそう答えた。
 現時点で王国最高の黒髪術者ダークネスであるショーナは今、相手の黒髪術者ダークネスに気付かれないギリギリの線を見極めながら慎重に部隊を進めていた。
 黒髪術者ダークネス同士は離れた場所にいてもたがいを感じ合うことが出来るが、その力も距離的な限界がある。

 黒帯隊ダークベルトの隊長であるショーナでもせいぜい1~2キロ程度の距離までしか感じ取ることは出来ない。
 だから今、彼女はわずかずつ黒髪術者ダークネスの力を開放し、敵との距離を測っているのだ。
 少しでも相手の力を感じ取れそうな気配がしたら、すぐさま自分の力を閉じて相手に気付かれることを避ける。
 その方法で少しずつ相手との距離を詰めていた。

「おそらくですが、相手は移動を止めましたね。山中で一泊するのでしょう」
「そう。シジマ。夜が明けてからの攻撃に移るわよ」

 そう指示を受けたシジマは進言する。

「恐れながら申し上げます。ご存知の通り、我らココノエの一族は夜目が利きます。夜襲にすべきです」
「夜目が利くといっても、あなたたちは暗順応に優れているだけで、やみの中でも何でも見えるというわけではないでしょう?」
「それは……」

 ココノエの一族は総じて視力に秀でており、暗闇くらやみに目を慣らす訓練をしている。
 しかし昼間と同じように見えるわけではなく、常人よりはやみに目が慣れやすいという程度だ。

「襲撃して敵を殲滅せんめつするなら夜襲でいいと思う。だけどワタシたちはプリシラとエミルを生かしたまま捕らえなければならない。特にプリシラはあのブリジットの娘よ。ワタシ以外に彼女を取り押さえられる者はいない。それならこちらもきちんと視界を確保できる条件のほうがいいわ」

 きっぱりそう言うとチェルシーは兵たちを休ませるようにシジマに指示を出した。

「ここからは長い道のりになるわ。兵の損耗そんもうは極力抑えたい。プリシラとの対峙たいじはワタシに任せて、他の兵たちを近寄らせないようにして。それからもう1人のダニアの女戦士の相手はオニユリに専念させて。彼女ならそうそう負けないから。シジマ。現場の指示はあなたに任せるわ」

 そう言うチェルシーにシジマはひざをついてこうべれるのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 日が暮れ落ちた。
 山小屋の前ではき火を囲み、プリシラたち4人が夕飯をっている。
 目的地であるビバルデに近付いているためか、プリシラやエミルの表情は明るく、特にプリシラは今まで以上に饒舌じょうぜつだった。

「ビバルデに到着したらジャスティーナとジュードはどうするの?」
「そうだな。公国があんな感じだし、当面は共和国内を東に進もうと思う。出来れば東側諸国を目指すかな」
「もしよければ2人ともダニアの都に来ない?」

 そう言うプリシラにジュードは少々おどろいた顔でジャスティーナに目を向ける。
 ジャスティーナは肩をすくめて首を横に振った。 

「面倒だから御免ごめんこうむるよ。どこの赤毛の女かと、ジロジロ見られるのは気分良くないしね」
「そう。残念だわ」

 プリシラは昨日、風呂でジャスティーナと話したことを思い返す。
 ダニアの都にはジャスティーナの師匠ししょうであるグラディスのはかがある。
 だが彼女の口ぶりだと、はか参りなどという感傷的なことは望んでいないだろう。
 それ以上、無理いする話ではないのでプリシラは口をつぐむ。
 だが、それでもこの夜の食事は話が尽きることはなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界起動兵器ゴーレム

ヒカリ
ファンタジー
高校生鬼島良太郎はある日トラックに 撥ねられてしまった。そして良太郎 が目覚めると、そこは異世界だった。 さらに良太郎の肉体は鋼の兵器、 ゴーレムと化していたのだ。良太郎が 目覚めた時、彼の目の前にいたのは 魔術師で2級冒険者のマリーネ。彼女は 未知の世界で右も左も分からない状態 の良太郎と共に冒険者生活を営んで いく事を決めた。だがこの世界の裏 では凶悪な影が……良太郎の異世界 でのゴーレムライフが始まる……。 ファンタジーバトル作品、開幕!

重婚なんてお断り! 絶対に双子の王子を見分けてみせます!

犬咲
恋愛
神殿の巫女であるクレアは突然、神の子と呼ばれ讃えられている王太子ウィリアムの花嫁に選ばれる。王太子に恋心を持っていたクレアはそれを引き受けるが、そんな彼女を待っていたのは“二人の”王子。なんとウィリアムの本当の姿は、ウィルとリアムという双子の王子だった!? すでに彼らとの結婚は避けられないが、それでも重婚は嫌! クレアは二人と交渉し勝負を行うことになる。それは一か月後までに二人を見分けられるようになれば、重婚を回避できる、というもの。クレアは二人を見分けられるよう観察を始めるが……ご奉仕王子と無邪気王子にゆっくりじわじわ絆される、とろあまシンデレララブロマンス!

アンサーノベル〜移りゆく空を君と、眺めてた〜

百度ここ愛
青春
青春小説×ボカロPカップで【命のメッセージ賞】をいただきました!ありがとうございます。 ◆あらすじ◆ 愛されていないと思いながらも、愛されたくて無理をする少女「ミア」 頑張りきれなくなったとき、死の直前に出会ったのは不思議な男の子「渉」だった。 「来世に期待して死ぬの」 「今世にだって愛はあるよ」 「ないから、来世は愛されたいなぁ……」 「来世なんて、存在してないよ」

あなたとの離縁を目指します

たろ
恋愛
いろんな夫婦の離縁にまつわる話を書きました。 ちょっと切ない夫婦の恋のお話。 離縁する夫婦……しない夫婦……のお話。 明るい離縁の話に暗い離縁のお話。 短編なのでよかったら読んでみてください。

王国には亜人差別が蔓延していますが、希少魔法で立ち向かおうと思う。~辺境育ちの愚民が成り上がりで世界を変える⁉~

たま「ねぎ
ファンタジー
主人公:セシル・ハルガダナは、北の辺境地から南東の町に向かっていた。 道に迷っていた彼を助けたのは、”ロロカ・ミヤダイ”という少女である。 ”ナナセ・クミシマ”、”ハヤト・キリヤ”、”マモル・シバウラ”・・・のちに勇者と呼ばれる彼女らは、こうして彼と出会った。 しかしそれは、大きく険しい物語の始まりでもあった。 異世界人と世間知らずは、のちに王国軍へ合流するが、そこで驚愕の事実を知る。 王国軍は亜人を人間と認めず、彼らの虐殺を進めていたのである。 初めて目の前で、"人"が"人"を、殺した。 驚いている暇はなかった。王国軍は、彼らにも協力するように要請する。 ーーー良心に従い、亜人を助けるのか。 皮肉なことに、彼らにはその力があるのだ。 彼らはそれぞれ、悩み、決断する。 悲願のラストピースを位置付けられた勇者、希少魔法という能力を持つセシルの選択は果たしてーーーー。

ボディスワップ

廣瀬純一
ファンタジー
男女の体が入れ替わる話

一途に好きなら死ぬって言うな

松藤かるり
青春
私と彼、どちらかが死ぬ未来。 幽霊も予知も過去もぜんぶ繋がる、青春の16日が始まる―― *** 小学生の頃出会った女の子は、後に幽霊として語られるようになった。 兎ヶ丘小学校の飼育小屋には幽霊がいる。その噂話が広まるにつれ、鬼塚香澄は人を信じなくなっていた。 高校二年生の九月。香澄は、不思議な雰囲気を持つ男子生徒の鷺山と出会った。 二人は神社境内の奥で転び、不思議な場所に辿り着いてしまった。それはまもなく彼らにやってくる未来の日。お祭りで事件に巻き込まれて死ぬのはどちらかと選択を迫られる。 迷わず自分が死ぬと告げた鷺山。真意を問えば「香澄さんが好きだから」と突然の告白が返ってきた。 超マイペースの変人な鷺山を追いかけ、香澄はある事実に辿り着く。 兎ヶ丘町を舞台にはじまる十六日間。 幽霊も予知も過去もぜんぶ繋がる最終日。二人が積み上げた結末とは。

竜の末裔と生贄の花嫁

砂月美乃
恋愛
伯爵令嬢アメリアは、実は王家の血を引く娘。ある日義父に呼び出され「竜の花嫁」になれと言われる。それは生贄だ、と世間では言われているけれど……? その身に竜の特徴《しるし》を持つとされる男と、その「竜」の番《つがい》になった娘の物語。 Rシーンには★、それに準ずるシーンには☆をつけます。中盤以降の予定です。

処理中です...