蛮族女王の娘

第36話 地獄の業火

　林の中を黒髪の女と白髪の男が足早に進んでいく。
　黒髪の女はショーナ、白髪の男は名をシジマといった。

「あなたは殺すと思っていたわ。シジマ」

　平然とそう言うショーナをシジマは気味の悪い女だと思った。
　つい先ほどシジマは３人の傭兵ようへいを残らず殺した。
　彼らが追っている金髪の少女と黒髪の少年についての情報を十分に聞き出した後、命を助けてもらえると思っていた彼らはシジマの手によってあっさりと殺されたのだ。　

「生かしておく理由はあるまい？　我々のことで余計な他言をされても面倒だ」
「そうね。それにしてもまさかこんなところで大物に出会うとは思わなかったわ」
　
　ショーナの言葉にシジマは黙だまって頷うなづいた。
　彼らがつい先ほど傭兵ようへいから入手した情報は、存外に貴重なものだった。
　ダニアの女王ブリジットの子であるプリシラとエミル。
　その２人がこの先の林の中にいる。　

「その情報の真偽しんぎを確かめる方法は俺たちには無いな」
「ええ。ただ、プリシラという名の金髪の娘のただならぬ強さと、護衛と思おぼしき赤毛の女戦士。それに黒髪の少年はエミルと呼ばれていた。それらの情報を踏まえると、本人である可能性は限りなく高いわ。ただ、どうしてこんな場所に３人だけでいるのかはまったくの謎なぞだけど」

　そう言うとショーナは南の方角に目をやる。
　林の中からでも分かる。
　アリアドの方角に見える赤い炎の光が。
　チェルシーの侵攻が始まったのだ。

　本来であればこの２人もその侵攻に同行するはずだった。
　だが、ここに来る途中でショーナは感じ取ったのだ。
　林の中から伝わってくる黒髮術者ダークネスの力を。
　そのことを報告するとチェルシーはショーナにその黒髮術者ダークネスの正体を突き止め、監視することを命じた。
　シジマ１人を彼女の護衛につけることも忘れずに。

「フン。この任務が外れクジのままか、それとも大当たりとなるか。その情報の真偽しんぎ次第だな」
「シジマ。チェルシー様から命じられているのはあくまでも確認と監視。功名心を出して捕らえようとしないでね」
「……チッ。分かっているさ。将軍閣下かっかのご命令に背そむくつもりはねえよ。信頼を勝ち取らなきゃならない立場だからな。俺たちは」

　そう言い合うと２人は足早に林の奥へと進んでいく。
　するとほどなくして２人の目に奇妙な光景が飛び込んできた。
　胴を縄なわで縛しばられた１人の男が木の枝から吊つり下げられていたのだった。

　☆☆☆☆☆☆

　チェルシーの率ひきいる兵団は手向かう者には容赦ようしゃなかった。
　アリアドの正規兵らがようやく集結して彼らを迎え撃ったのは、街の中央広場でのことだ。
　王国兵らの放った大砲による街の被害は甚大じんだいであり、その混乱でアリアド兵たちの統率は乱れていた。
　そこにチェルシー率ひきいる王国兵部隊が襲い掛かる。

　アリアド兵らは驚愕きょうがくした。
　敵兵の持つ未知の武器の威力に。
　チェルシーの部下たちは全員が銃火器を装備しており、それを次々と発砲してくる。
　数で優位なはずのアリアド兵は見たことのないその武器を前に、成す術すべなく次々と倒されていった。
　
　そんな中、チェルシーだけは銃火器を一切使わず、両手に持った２本の剣だけを頼りに街の大通りを突き進んでいく。
　文字通り先頭に立って彼女は部下たちを率ひきいていた。
　その動きは時に疾風のごとき速さであり、アリアド兵たちは誰もこれを捉とらえることが出来ない。
　そして敵を討つチェルシーの顔は鬼神のごとき険けわしさに満ちていた。　

「はぁぁぁぁぁぁっ！」

　彼女の振るう剣は突風のように荒れ狂い、アリアド兵たちの首を次々と刎はね飛ばしていく。
　チェルシーの進んだ後には首なしの亡骸なきがらがそこかしこに横たわり、それがアリアド兵たちを絶望の淵ふちに叩き落とした。
　そしてそんなチェルシーの後に続く王国軍は、銃火器を用いて周囲の敵兵を次々と片付けていく。

「ぐっ……あのような武器にどう対抗しろと言うのだ」
　
　アリアドの将兵は悔しさに歯を食いしばり、そう吐き捨てる。
　兵力差は圧倒的にアリアド兵の方が多いというのに、その戦力差は真逆だった。
　王国兵部隊は少ない人数であっという間にアリアドの中心部の庁舎へと迫る。
　だが、庁舎前にはアリアドの本陣があり、１０００人近い敵兵が集結していた。

　数では５分の１ほどになるチェルシーの部隊が圧倒的不利なはずだった。
　だがチェルシーは部下に命じる。
　冷酷な声で。

「邪魔する者は焼き払いなさい」

　その言葉に部下たちが３門の大砲を押し出してきた。
　それを見たアリアド兵たちからどよめきが上がる。
　チェルシーは一切躊躇ちゅうちょすることなく命じた。

「焼夷しょうい弾！　放て！」

　凄すさまじい爆音を上げ、３門の大砲から砲撃が行われる。
　その途端とたんに、前面に展開されているアリアド兵たちの中で爆発が起こり、猛烈な炎が火柱となって立ち上がった。
　焼夷弾しょういだん。
　目的物を苛烈に炎上させることを目的としたその武器の破壊力はすさまじく、アリアド兵の陣はあっという間に炎に包まれた。

「熱いぃぃぃぃ！」
「ぎゃああああ！」

　アリアド兵たちの阿鼻叫喚あびきょうかんが響き渡る。
　すさまじい熱気に、大砲を放った側の王国兵たちも思わず顔を背そむけた。
　石造りの庁舎の周囲は裏手を除き、すっかり炎に包まれている。
　そしてその周囲を守っていたアリアド兵たちは業火に焼かれて悲鳴を上げ、苦しみに転げ回りながら無残に焼け焦こげた焼死体と化していった。

　まるで地獄のような光景だが、チェルシーは冷然とその様子を見つめている。
　己おのれの所業を目に焼き付けるかのように、少しも目を逸そらさずに。
　そして、こうなると戦局は一気に王国軍の優位となる。
　炎に巻かれるのを何とか免まぬがれたアリアド兵たちが怒りの形相ぎょうそうでチェルシーらに向かってくる。
　だが、チェルシーの周囲に立つ数十名の兵士らが長柄の狙撃銃そげきじゅうを構え、一斉に発砲した。

「うぎゃあああああっ！」

　弾丸は正確にアリアド兵の鎧よろいの継ぎ目や、兜かぶとの隙間すきまに命中していく。
　王国兵らは銃火器を完璧に使いこなしていた。
　それでも銃撃を逃れた数名の兵たちが死に物狂いでチェルシーに迫る。

「この悪魔どもめぇぇぇぇぇ！」

　だがチェルシーは両手の剣を鋭く振るうと、容赦ようしゃなく彼らの首を飛ばして見せた。
　その顔には哀れみも慈悲じひもない。

「庁舎に突入する！　拳銃隊はワタシに続け！」　

　そう命じるとチェルシーは前面を炎に巻かれている庁舎の裏手へと回り込むべく、数十名の部下のみを引き連れて突撃していった。