蛮族女王の娘

枕崎　純之助

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第35話　黒髪の女と白髪の男

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「アリアドが……」

　プリシラの言葉にジャスティーナも同じ方角を見つめて顔をしかめた。
　夜だからこそ分かる。
　林の遥はるか前方で赤い光が空を染めているのが。
　アリアドの街が燃えているのだ。

　エミルも震えながらその方角を見つめている。
　街の人の苦しみや恐怖をエミルは感じ取ってしまっているのだと思い、プリシラは弟の背中を手でさすってやった。

「エミル。感覚を閉じなさい」
「でも……まだジュードさんが」

　エミルの案じる通り、ジュードがまだアリアドの街に残っているはずだった。
　明らかに異常事態を迎えているあの街に彼がまだ残っているのなら、その身に危険が迫っているはずだ。
　プリシラはジャスティーナに目を向ける。

「ジュードを助けに行かないと」

　そう言うプリシラにジャスティーナは頷うなづき、宙吊ちゅうづりにされたままの団長に目を向けた。

「あんたはそこにいな。運が良ければ誰かが助けてくれるだろう」
「そ、そんな……下ろしてくれ！」
「縛ったまま地面に転がさなかっただけ、ありがたく思いな。そこなら野犬に襲われることはないだろうさ」

　そう言うとジャスティーナはプリシラを促うながしてその場から離れていく。
　エミルはまだ青い顔をしていたが、そんな彼にジャスティーナは声をかけた。

「心配するな。ジュードはああ見えて案外しぶとい。簡単にくたばったりはしないさ。プリシラの言う通り、感覚を閉じるんだ」

　そう言うジャスティーナにエミルは頷うなづき、プリシラの先導で林の中を走り出した。

「お、おい！　待ってくれ！　本当に置いていくのか？　やめてくれ！　頼むから下ろしてくれ！　お、おい！　ふざけるな！　下ろせぇぇ！」

　後方からは団長が追いすがるように悲嘆ひたんの声や罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせてくるが、それもすぐに遠ざかり聞こえなくなった。

　☆☆☆☆☆☆

「くそっ！　何なんだ。あの女どもは」
「頭目も死んじまったし……もう団はおしまいだな。次の食い扶持ぶちを見つけねえと」

　林の中から逃げ出して来た４人の傭兵ようへいたちは口々にそう言う。
　追い詰めたはずの赤毛の女たちは強く、逆に返り討ちにあったのだ。
　この４人以外の仲間は頭目を含めて全員殺された。
　初めから格の違う相手だったと思わざるを得ない結果だった。
　
　こうなったら逃げるのみだ。
　己おのれの命よりも大事なものなどない。
　そう思った傭兵ようへいたちは、林を出たところで自分たちが乗って来た馬のすぐ傍そばに一組の男女が立っているのを見て足を止めた。
　そこにいるのは黒髪の女と白髪の男だ。
　２人は馬を品定めするように眺ながめている。

「おい！　俺たちの馬に何か用か？」

　いきり立って傭兵ようへいの１人がそう言うと、黒髪の女が振り返って平然とした顔を向けてきた。

「あなたたちはアリアドの傭兵ようへい団ですか？」　
「そんなことはどうでも……うっ」

　そう言いかけた男の眉間みけんに一本の杭が深々と突き立った。
　それは白い塗装を施ほどこされた２０センチほどの鋭利な杭であり、脳髄のうずいまで達して男を即死させた。
　それを投げたのは女の隣となりに立つ白い髪の男だ。
　白髪の男は冷然たる口調で吐き捨てる。

「聞かれたことに答えないなら永遠に口を閉じていろ」
「ううっ……」

　荒事に生きる傭兵ようへいたちは悟った。
　相手が自分たちよりも遥はるかに格上だということを。
　そして相手の満足する答えを与えられなければ死あるのみだということを。
　
「あ、ああ。そうだ。アリアドの……傭兵ようへい団に所属している」

　その答えに黒髪の女は頷うなづくと、続けて尋たずねた。

「こんなところで何を？」
「あ……足抜けした裏切者を追っているんだ」

　その言葉に白髪の髪の男の腕がわずかにピクリとしたが、黒髪の女がそれを手で制した。

「そうですか。その裏切者の中に黒髪の人はいましたか？」

　その問いに生き残った傭兵ようへい３人は思わず顔を強張こわばらせ、神妙な面持おももちで頷うなづいた。
　下手に誤魔化ごまかして殺されたくはないと思ったのだろう。

「そう。その２人は今どこに？」
「わ、分からねえ。まだ林の中にいるのかもな。俺たちは……逃げ出して来たから」

　それを聞いた白髪の男は眉まゆを潜ひそめる。

「逃げ出して来た？　なぜだ？　裏切者なら捕まえるなり殺すなりするべきだろう？　何かそう出来ない理由でもあったのか？」

　そう尋たずねながらも白髪の男は白い杭を持つ手を下ろさない。
　速すみやかに答えなければすぐさま殺す、という重圧を受けながら傭兵ようへいたちは観念して知っていることを話した。
　依頼を受けて金髪の少女と黒髪の少年を追っていたこと。
　しかし金髪の少女と、彼らに同行している赤毛の女の２人が想像を遥はるかに越えて強く、返り討ちにされたこと。

　白髪の男と黒髪の女はその話を興味深そうに聞いていた。
　中でも黒髪の少年という話に、同じ黒髪の女が食いつく。

「黒髪の少年？　年齢は？」
「ま、まだガキだった……ほんの１０歳くらいの」

　その話に白髪の男と黒髪の女は顔を見合わせた。
　そして白髪の男は言う。

「色々と詳しく聞こうか。貴様らがきちんとこちらを満足させる話をするなら、俺も貴様らの命を奪わずに済む。良い話を期待しているぞ」

　そう言う白髪の男の迫力に、傭兵ようへいたちは息を飲みながら、知っていることを洗いざらい話すのだった。

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