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第29話 ダニアの血潮

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 血が騒ぐ。
 体が勝手に動く。
 息が弾み、血潮ちしおが手足の指先までめぐるのが感じられる。
 
 月明かりが差し込む林の中、プリシラは躍動していた。
 襲いかかって来る傭兵ようへいたちの数は多いが、今のプリシラにはまるで問題にならなかった。
 これが彼女にとって初めての本格的な実戦であり、自分が訓練ではなくそうした戦いの中に身を置いているのだという実感が彼女を大いに興奮させる。
 代々のブリジットに脈々と受け継がれてきた、戦うことへの本能的な喜びがプリシラの心身を支配していた。

「はぁぁぁぁっ!」

 プリシラは手にした短剣で相手の上腕を斬り付ける。
 その斬撃は目にも止まらぬほど鋭く、それを浴びた相手は一瞬自分が斬られたことも分からずにただ激痛に顔をゆがめ、動きを止めた。
 その瞬間にプリシラは相手の顔面をなぐり付けた。
 プリシラの筋力でなぐられた相手は数メートル後方に吹っ飛んで、木々に体を打ち付けて動かなくなる。

(いける……実戦だってアタシは十分に戦える)

 これまでは厳しい訓練を繰り返すばかりで実戦の機会が与えられることはなかった。
 現在のダニアは共和国内の野盗集団の退治や、隣接りんせつする小国との緩衝かんしょう地帯に乱立する蛮族ばんぞくらの国境侵犯への防衛等で実戦の機会を持つ。
 しかし母であるブリジットの方針によってプリシラの実戦参加は成人する15歳になってからと決められていた。
 それはプリシラにとってもどかしいことだった。

 だが、しくも今こうしてプリシラは実戦に身を投じている。
 戦わなければ生き残れない厳しい戦いだ。 
 それでも今、戦いの中でプリシラはこれまで感じたことのない生きる実感を覚えていた。

 ☆☆☆☆☆☆

「くそっ! 何なんだ! あの小娘は!」

 傭兵ようへい団の頭目は怒りに声を上げると、短弓に矢をつがえた。
 彼が連れてきた部下たちが1人また1人と倒されていく。
 ダニアの女戦士が相手であればまだしも、部下の多くを倒しているのは捕獲対象だった金髪の少女だった。
 金髪の少女は弟である黒髪の少年が上っている木を守る様にして傭兵ようへいたちの前に立ちはだかっている。

「このままじゃ済まさねえぞ!」

 頭目は怒りに声を上げ、短弓で木の上に向けて矢を放った。
 ねらいは木の上にいる黒髪の少年だ。
 少年は太い枝の上に座り、目を閉じたまま必死に木の幹にしがみついている。
 そんな少年のすぐ脇を矢が通り抜け、その風切り音に彼はビクッと身を震わせた。
 それを見た曲芸団サーカスの団長が思わず声を荒げて頭目に詰め寄る。

「おい! 話が違うぞ! あの小僧に傷をつけるな!」

 しかし頭目も苛立いらだって怒声を返す。
 
「話が違う? そりゃこっちのセリフだ! ちょっと武術ができる小娘だと? あんなにバケモノだと聞いてねえぞ!」
「うっ……それは」

 団長は傭兵ようへい団に仕事を依頼する時、目標がダニアの女王ブリジットの子であるプリシラとエミルだとは伝えなかった。
 あまり大物だと伝えると依頼料をふっかけられる恐れがあるし、獲物を頭目に横取りされる危険もあるからだ。

「だが、矢が当たったら死んじまうかもしれねえだろ!」
「当てやしねえよ! 小僧をビビらせ落とすだけだ! 多少の傷は目をつぶれ! こっちだって仲間を失ってんだぞ! あの小僧を人質に取らねえと全滅だ!」

 そう言うと頭目は次の矢を放つ。
 それは今度はエミルのいる枝のすぐ下の幹に突き立った。

「おい! 誰かあの木に登って小僧を引きずり下ろせ!」

 そして頭目は残り10名ほどとなってしまった部下たちを引き連れてプリシラを取り囲む。
 そのすきに部下の1人がエミルのいる木に素早く登っていく。
 だがそれを見たプリシラは素早く短剣を投げ放った。
 それは木に登る傭兵ようへいのふくらはぎに突き刺さる。

「うぎゃあ!」

 傭兵ようへいはたまらずに悲鳴を上げて木からすべり落ちた。
 その傭兵ようへいに駆け寄ったプリシラは倒れた傭兵ようへいの顔を容赦ようしゃなくり飛ばす。

「ぐあっ!」

 られて失神した傭兵ようへいのふくらはぎから短剣を抜き取ると、プリシラは血振るいをして雄々しく声を上げる。

「弟が欲しかったらアタシを倒してからにしなさい!」

 興奮した面持おももちでそう言い放つプリシラに頭目は怒りの形相ぎょうそうを浮かべるが、その目がとらえていた。
 プリシラのすぐ近くで気絶していた傭兵ようへいの1人が目を覚まし、その手に刃物を握る様子を。
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