蛮族女王の娘

枕崎 純之助

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第17話 赤毛の女

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 プリシラは朦朧もうろうとした様子だが、それでも明確に意識があった。
 ただ体が動かないのだ。
 こんなに悔しいことはない。
 そんな彼女の肩に男の手がかけられた。
 用心棒の男はいやらしい表情を浮かべ、興奮気味の様子で言った。
 
「さぁ。服を脱ごうか」

 吐き気がした。
 プリシラは嫌悪感と怒りで肩にかけられた手を振り払おうとするが、体にまったく力が入らない。
 周囲を取り囲む男たちの向こう側では、なわで縛られたまま泣き叫ぶエミルの姿があった。
 エミルは必死にプリシラに呼びかけている。
 プリシラは悔しさにくちびるを震わせた。

(こんな奴らに……エミルの目の前で……悔しい)

 はずかしめを受けることは辛い。
 そしてそんな自分を見て弟がひどく心に傷を負うだろうことを考えるともっと辛い。
 そんな彼女の内心をあざけり笑うように男たちがプリシラの着ている服を引き裂こうとした。
 その時だった。

「邪魔するよ!」

 野太い女の声とともに天幕の戸布が突然引き裂かれ、何者かが中に入ってきたのだ。
 男たちは突然のことにおどろき振り返る。
 その瞬間、用心棒のうち1人の男がのどを刃物で貫かれ、声も上げられずに即死した。
 予期せぬ突然の事態に団長はあわてふためいて声を上げる。

「な、何だてめえ!」

 刃物がのどから引き抜かれ、血を噴き出しながら倒れた男の向こう側に、その男を殺した者の姿があった。
 プリシラは茫洋ぼうようとした表情でその姿をマジマジと見つめる。
 男を突き殺したのは穂先に血のついた短槍だ。
 そしてその短槍を握っていたのは赤毛に褐色かっしょくの肌、そしてたくましい肉体を持つ背の高い女だった。

 プリシラとエミルにとっては幼い頃から馴染なじみの深い同胞の姿だ。
 窮地きゅうちおちいっていた姉弟の顔に希望の色がにじむ。
 現れたのはダニアの女だった。
 見知った顔ではないが、仲間が助けに来てくれたのだと思い、姉弟は九死に一生を得た気持ちになった。
 そのダニアの女は縛られているプリシラとエミルをチラリと見やると、男たちに言う。

奴隷どれい商人ども。2人を放しな。そしたら命は取らないでおいてやる」

 女のその言葉に団長はおどろきながらも怒りの声を上げる。

「ふ、ふざけるな! こんな上玉むざむざ逃がしてたまるか! オマエら! その邪魔な女を殺せ!」
 
 団長の怒声に、残った用心棒の男2人は腰帯から短剣を抜いて、赤毛の女に襲いかかった。
 だが、女は冷徹な表情を一切くずさず、短槍を握る。

「私は言ったぞ。2人を放せと」

 途端とたんに女はすさまじい勢いで短槍を振るった。
 その動きにプリシラは目を奪われる。
 女の動きには一切の無駄むだが無かった。

「ぐえっ……」
「ごわっ……」

 女が突き出した槍の穂先が1人目ののどを突き刺し、その一瞬後に女は男の握っていた短剣を奪い取ってもう1人の男ののどに突き刺した。
 男2人はほとんど何も出来ないままその場にくずれ落ちて絶命したのだ。
 人間の命をもっとも的確に奪うために洗練された動きであり、そこに躊躇ちゅうちょは一切なかった。

無駄むだに命を捨てることになったな。うらみたきゃうらみな」

 赤毛の女は冷たい声でそう言う。
 プリシラは短槍で敵をほふるその女の冷徹さにも目を見張った。

(ベ、ベラさんみたいだ……)

 母の古い友である熟練の槍使いの戦士を思い出させるような、そんなよどみの無い技術を持つ女だった。
 プリシラは女の顔をマジマジと見つめる。
 年齢はおそらく30歳くらいだろうか。
 これほどの使い手ならばダニアで開催される武術大会で見かけているはずなのだが、プリシラは彼女の顔に見覚えがなかった。
 
(こんな人いたかな?)

 女は槍の穂先についた血を軽く振るい落とすと、それを団長に向けた。

「お嬢ちゃんのかせを外すかぎをよこしな。それから死ぬか生きるかどちらか選べ。今すぐにだ!」
「ひっ……ひぃぃぃぃ!」
 
 女の目に宿る揺るぎない殺意にじ気づき、団長はふところから一本のかぎを取り出してそれをその場に捨てると、悲鳴を上げながら天幕の外へと逃げ出していく。
 それを軽蔑けいべつ眼差まなざしで見送ると、赤毛の女はかぎを拾い上げプリシラとエミルを見た。
 2人が無事なのを確認すると油断なく天幕の中を見回し、それから引き裂いた戸布の外に顔を出す。
 そして周囲の様子をうかがいながら、誰かを呼んだ。

「こっちだ」

 すると赤毛の女に続いて天幕の中にもう1人の人物が入ってきた。
 それは黒髮の若い男だった。
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