オニカノZERO!

枕崎 純之助

文字の大きさ
上 下
12 / 16
第三幕 雷奈と響詩郎 回り始めた運命の秒針

雷奈と響詩郎(後編・下の巻)

しおりを挟む
「う……ぐああああああっ!」

 響詩郎きょうしろう悪路王あくろおうの手で胴を締め上げられ、その耐え難い苦痛にたまらず声を上げた。

「あ、悪路王あくろおう! 何してるの! 今すぐやめなさい!」

 突然の悪路王あくろおうの凶行に雷奈らいなは真っ青な顔で命令を下すが、漆黒の大鬼は響詩郎きょうしろうの体を握ったまま一向に放そうとしない。

「いかん!」

 事態を見守っていた雪花せつかも思わず声を上げて立ち上がりかけたが、香桃シャンタオが彼女の手を握ってそれを引き留めた。
 雪花せつかの手を握り締めた香桃シャンタオは珍しく神妙な顔で言った。

「何があっても絶対に手出しは無用と言ったはずだよ」
「しかし、あれでは響詩郎きょうしろう殿が危険だ」
悪路王あくろおうはまだ響詩郎きょうしろうを殺していない。そのつもりなら一瞬でひねり殺しているだろうさ」

 そう言う香桃シャンタオ雪花せつかうなるような声をらしたが、悪路王あくろおうの巨大な手につかまれた響詩郎きょうしろうが苦しみあえぎながらも、こちらに手のひらを向けて「来るな」という意思を示しているのを見て再び腰を下ろした。
 雷奈らいなもそれを見て響詩郎きょうしろうを見上げる。
 彼は苦しみながらも雷奈らいなに向かってニッと歯を見せた。
 そんな彼の隣に勘定丸かんじょうまるがピタリと寄り添い、悪路王あくろおうに手を伸ばしてその漆黒の肌に触れた。
 その様子を見て雪花せつかは眉を潜める。

「あれは……」
「意志疎通をしているんだろう。互いに真意を探り合う好機だ」

 香桃シャンタオがそう言った通り、全身を締め付ける強大な力に苦しめなれながらも響詩郎きょうしろう勘定丸かんじょうまるを通して必死に悪路王あくろおうに己の意思を伝えようとしていた。
 鬼が簡単に人の言葉に耳を傾けるとは思えなかったが、響詩郎きょうしろうには勘定丸かんじょうまるの力がある。
 人外の存在と言葉を交わすことの出来るその力を響詩郎きょうしろうは信じて強く願った。

悪路王あくろおう。おまえと鬼巫女みことの契約は今のままじゃ駄目なんだ。新たな契約を結ばせてくれ)

 響詩郎きょうしろうのそうした心の声は悪路王あくろおうを通して雷奈らいなにも伝わる。
 彼の心の声は切実な響きとなって雷奈らいなの胸にも響いた。
 それが彼女の焦燥感しょうそうかんをよりき立てた。

悪路王あくろおう。彼の声を聞いて。彼は敵じゃない。私とあなたをつなごうとしてくれてるのよ」
 
 思いをしぼり出すように雷奈らいな悪路王あくろおうに語りかける。
 だが悪路王あくろおうの意思は一向に伝ってこない。
 黙して語らぬ大鬼は響詩郎きょうしろうを解放しようとはしない。

「まだだ。粘りな。頑固な鬼を説き伏せるんだ」

 事態を見守りながらそう言う香桃シャンタオだったが、その隣で雪花せつかの表情は曇ったままだった。

「しかし悪路王あくろおうは力を緩めておらんぞ。いや、それどころか……」

 雪花せつかの見つめる先、悪路王あくろおうに握り締められている響詩郎きょうしろうがさらに苦しげな声を上げた。

「ぐうっ!」

 響詩郎きょうしろうの顔は真っ青になっていて、息苦しそうに身悶えする。
 その様子からも悪路王あくろおうが徐々に彼の体を握る手に力を込めていることは明白だった。
 悪路王あくろおうの主人としてそれを肌で感じ取っている雷奈らいなは、大鬼の漆黒の体にすがりつくようにして響詩郎きょうしろうを見上げた。

「もういい! あなたがそこまでする必要なんかない!」

 ほとんど金切り声でそう叫ぶ雷奈らいなだったが、そんな彼女を見下ろして響詩郎きょうしろうは息も絶え絶えになりながらも必死に言葉を絞り出した。

「ぜ……絶対に見捨てたりしないって言ったろ」
「……!」

 その言葉に雷奈らいなは胸の奥が激しく揺さぶられたような気がして肩を震わせた。

「ば、馬鹿じゃないの! そんな死にそうになってるのに。今すぐ儀式を中断しなさい!」

 あせりをつのらせて声を張り上げる雷奈らいなだったが、響詩郎きょうしろうかたくなに首を横に振った。

「こ、ここでやめたらまた元に戻るだけだ。お飾りの鬼巫女みこにはならないんだろ? だったらそこで見てろ。これが俺の仕事だ」

 響詩郎きょうしろうの確固たる意志が込められたその言葉は雷奈らいなの胸を打った。
 目の前にいる響詩郎きょうしろうという男は悪路王あくろおうに命を握られてどうすることも出来ない状況にあるというのに、決して心が折れていない。
 雷奈らいな呆然ぼうぜんと立ち尽くして響詩郎きょうしろうを見つめる。
 自分にはない強さを持つ響詩郎きょうしろうから雷奈らいなは目を離せなくなっていた。

「くっ……。このままいくぞ」

 響詩郎きょうしろうは強まる悪路王あくろおうの握力を受ける中で、苦しみながらも契約を進めるべく勘定丸かんじょうまるに指示を送る。
 雷奈らいなは契約が終わって一刻も早く響詩郎きょうしろう悪路王あくろおうから解放されることを祈りながらくちびるを噛み締めた。

「まずは……今ある不完全な契約の破棄からだ」

 響詩郎きょうしろうがそう言うと勘定丸かんじょうまるがブツブツと何事かをつぶやいて悪路王あくろおうに契約破棄の意向を伝達した。
 だが、そこで悪路王あくろおうが彼を握る力が一層強くなり、その圧力に耐えきれずに彼の鼻からパッと鼻血が赤い飛沫しぶきとなって飛び散った。

「くはっ!」
「あ、悪路王あくろおう! いい加減にしなさい!」

 雷奈らいなは思わず怒鳴り声を上げたが、漆黒の大鬼は依然として響詩郎きょうしろうの体を握る力を弱めようとはしない。
 鬼を従える鬼巫女みこであるはずの自分の声が悪路王あくろおうに届かない。
 契約が不完全であるという響詩郎きょうしろうの言葉が真実であることを痛感し、雷奈らいなは悔しくて自分の両膝りょうひざを力任せに叩いた。

「もう! 私の声が聞こえないの? 悪路王あくろおう!」

 怒りの声を上げる雷奈らいなだったが、響詩郎きょうしろうは苦悶で顔をゆがめながらもそんな彼女をなだめるように言った。

「あ、悪路王あくろおうを責めても仕方ないさ。契約が正式に結ばれれば悪路王あくろおうは鬼巫女みこの指示に従うようになるんだ」

 そう言う彼の隣では勘定丸かんじょうまるが契約解除の儀式を黙々と続けている。
 雷奈らいな苛立いらだちをつのらせて声を上げた。

「まだなの? まだ終わらないの?」
「も、もうすぐだ。もうすぐ終わる」

 響詩郎きょうしろうは儀式の終わりが近いことを感じ取っていたが、同時に自分の体の限界も悟っていた。

(そろそろマジでやばい。骨がイカレちまう)

 体をさいなんでいた激しい痛みは徐々に鈍いそれに変わっていき、体の痛覚が麻痺まひしてきたことを響詩郎きょうしろうに伝えている。
 少しでも気を抜くと一瞬で意識が途切れそうになり、響詩郎きょうしろうは頭を振ってこれをこらえた。
 彼の意識が飛んでしまえば勘定丸かんじょうまるは消えてしまい、儀式は中断されてしまう。
 響詩郎きょうしろうは意地を見せて気力を振り絞り、勘定丸かんじょうまるからの契約解除完了のシグナルを待った。

(まだか! 来い! 勘定丸かんじょうまる!)

 響詩郎きょうしろうは残った全ての気力を吐き出すようにそう念じる。
 そして……。

 果たしてそれは10秒と経たずにやってきた。
 勘定丸かんじょうまるが伝えてきたその合図を受けて、響詩郎きょうしろうは声を絞り出すようにして宣言した。

「け、契約の解除を確認。新たに契約を締結する」

 その途端、響詩郎きょうしろうつかんでいた悪路王あくろおうの手から力が抜け落ちた。
 そして響詩郎きょうしろうはようやく解放されて畳の上に倒れ落ちた。

「うげっ……」
 
 畳に背中を打って声を上げると、響詩郎きょうしろうはそのまま力なく横たわった。
 それを見た雷奈らいなはすぐさま彼に駆け寄ってその体を抱き起こす。

「ちょっと! しっかりしなさい!」

 雷奈らいなに体を力任せに揺すられて、響詩郎きょうしろうは思わず顔をしかめる。

「イッ、イテテテッ。体中が痛いんだからあまり触るなっての」

 そう言われてハッとした雷奈らいなは自重して、彼の体をそっと畳に横たえる。
 そして自分のポケットからハンカチを取り出すと、それで彼の鼻血をそっと拭ってやった。

「あなた。死んだかと思ったわよ」
「うぅ……俺もだよ」

 苦しげにそう言う響詩郎きょうしろうだったが、体のあちこちが痛むものの幸い骨は折れていないようだった。

「とりあえず大ケガってわけじゃなさそうだ。しばらく痛むだろうけどな」

 そう言う響詩郎きょうしろうの言葉にひとまず安堵あんどし、雷奈らいなは自分の背後に立つ悪路王あくろおうを見上げた。

「どうして悪路王あくろおうはあんなことを……」

 悪路王あくろおうは再び動きを止めたまま静かにたたずんでいる。
 先ほどまでその全身から放っていた凶悪なまでのプレッシャーもすっかり消え去っていた。

「お、俺がどの程度本気なのか試したんだろ。とりあえず鬼のおメガネにかなって良かったよ」

 そう言って腹の底からのため息をつく響詩郎きょうしろう雷奈らいなは肩をすくめた。

「あなたって変な奴ね。体は弱いくせに無鉄砲で。そんなことしていると、いつか死ぬわよ」
「少しは褒めてくれよ。響詩郎きょうしろうくんって根性あるわねステキ! って」

 そう軽口を叩く響詩郎きょうしろう雷奈らいななかあきれ顔で、それでもどこか嬉しそうに言葉を返した。

「まあステキかどうかは別として、根性あるのは認めるわ。お疲れさま。で、この後は代償契約ね」

 そう言って緊張の面持ちで再び気を引き締める雷奈らいなだったが、対照的に響詩郎きょうしろうは穏やかな笑みを浮かべた。

「そんなに堅くならなくてもいいよ。もうここまでくれば後は難しいことはない。契約自体はあっさり終わるさ。問題は霊力不足のあんたのために何を代償にするかってことだけだな」
「代償……」

 悪路王あくろおうを操るための霊力が不足している雷奈らいなが代償として鬼に捧げる供物くもつ
 それを何にするべきか正直なところ雷奈らいなにはまったく見当がつかなかった。
 だがそこで彼らの後方からチョウ香桃シャンタオが声を上げる。

「それについては私のほうから提案があるんだ。とても建設的でしかも響詩郎きょうしろう雷奈らいなの双方にメリットのある提案だと請け負うよ」

 そう言った香桃シャンタオの金色の目にあやしい光が宿るのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

戦国姫 (せんごくき)

メマリー
キャラ文芸
戦国最強の武将と謳われた上杉謙信は女の子だった⁈ 不思議な力をもって生まれた虎千代(のちの上杉謙信)は鬼の子として忌み嫌われて育った。 虎千代の師である天室光育の勧めにより、虎千代の中に巣食う悪鬼を払わんと妖刀「鬼斬り丸」の力を借りようする。 鬼斬り丸を手に入れるために困難な旅が始まる。 虎千代の旅のお供に選ばれたのが天才忍者と名高い加当段蔵だった。 旅を通して虎千代に魅かれていく段蔵。 天界を揺るがす戦話(いくさばなし)が今ここに降臨せしめん!!

Fragment-memory of future-Ⅱ

黒乃
ファンタジー
小説内容の無断転載・無断使用・自作発言厳禁 Repost is prohibited. 무단 전하 금지 禁止擅自转载 W主人公で繰り広げられる冒険譚のような、一昔前のRPGを彷彿させるようなストーリーになります。 バトル要素あり。BL要素あります。苦手な方はご注意を。 今作は前作『Fragment-memory of future-』の二部作目になります。 カクヨム・ノベルアップ+でも投稿しています Copyright 2019 黒乃 ****** 主人公のレイが女神の巫女として覚醒してから2年の月日が経った。 主人公のエイリークが仲間を取り戻してから2年の月日が経った。 平和かと思われていた世界。 しかし裏では確実に不穏な影が蠢いていた。 彼らに訪れる新たな脅威とは──? ──それは過去から未来へ紡ぐ物語

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

白鬼

藤田 秋
キャラ文芸
 ホームレスになった少女、千真(ちさな)が野宿場所に選んだのは、とある寂れた神社。しかし、夜の神社には既に危険な先客が居座っていた。化け物に襲われた千真の前に現れたのは、神職の衣装を身に纏った白き鬼だった――。  普通の人間、普通じゃない人間、半分妖怪、生粋の妖怪、神様はみんなお友達?  田舎町の端っこで繰り広げられる、巫女さんと神主さんの(頭の)ユルいグダグダな魑魅魍魎ライフ、開幕!  草食系どころか最早キャベツ野郎×鈍感なアホの子。  少年は正体を隠し、少女を守る。そして、少女は当然のように正体に気付かない。  二人の主人公が織り成す、王道を走りたかったけど横道に逸れるなんちゃってあやかし奇譚。  コメディとシリアスの温度差にご注意を。  他サイト様でも掲載中です。

背神のミルローズ

たみえ
ファンタジー
 この物語は、小さな望みを叶えるために辿った計画の一部。  ほんのささいな反抗記の序《はじまり》のお話。 ※本編『らぶさばいばー』の前日譚。  ダイジェスト風味。原文ママ。  本編未読でも問題無しです。(たぶん)  本編既読でも実質未知です。(たぶん)  +  本編未読は、残酷な描写にはご注意下さい(特に後半)  本編既読は、察してしまうご覚悟居るかも(特に前半) ※読者様へ※  こちらの物語は本編『らぶさばいばー』の前日譚であり、位置づけとしては番外編になります。  なので現在、連載投稿中の本編『らぶさばいばー』に関する重大なネタバレが含まれている場面も多々あります。  本編完結後のほうが良いかどうかは各々ご自身でご判断、ご了承の上でこの作品をお読み下さい。 2024/04/30(18:00)完結。

処理中です...