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第119話 初めての共闘
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前方の闇の中に無数に光る背紅狼の目が見える。
彼らの息遣いと獣の臭いが夜の空気を通して伝わってくるようだった。
プリシラは長剣を抜き放とうとその柄に手をかける。
だがそこでジャスティーナの顔が頭に浮かんだ。
(彼女なら……ジャスティーナならどう戦う?)
今いるのは木々が乱立する林の中だ。
長剣や槍など長柄の武器を振り回すのには適さない。
プリシラは思い直し、長剣の柄から手を離すと、短剣を抜き放つ。
ふとすぐ隣を見ると、ハリエットは彼女の主戦武器である重厚な両手斧ではなく、片手で使える小ぶりな手斧を持っていた。
そして槍使いのエリカはプリシラと同じように短剣を握っている。
(2人ともちゃんと状況を心得ているんだ。さすがベラさんとソニアさんの弟子)
プリシラは内心でそう感心しつつ、緊張の面持ちを浮かべる。
今まで訓練で赤毛の女たちとこうして肩を並べることはあった。
だが、ここにいる者たちとは初めての共闘だ。
(ちゃんとやらなきゃ。みんなで協力しないと)
エミルを助けに行くために、捜索隊は一丸とならねばならない。
弟を助けたいという思いと、この部隊でうまくやっていかなければと言う思いが交錯し、重圧となってプリシラにのしかかる。
そんな彼女は気付いていなかったが、近くで武器を構えるエリカとハリエットも同様だった。
同じように張り詰めた表情をしていたのだ。
☆☆☆☆☆☆
(全員……堅くなっている)
木の上で様子を見下ろすアーシュラは、若い娘たちの緊張を感じ取っていた。
実戦経験のある者も多いし、ブリジットやボルドが認めた通り実力はある者たちなのだということは分かる。
だが、ブリジットからの直々の命令による捜索隊の任務ということで、皆が重圧を感じて緊張気味になっていた。
(さて、どこまでやれるか見極めないと)
アーシュラは木の幹から生える太めの枝を選び、幹からの生え際の部分に出来る限り平らにして鳥籠を置くと、腰に下げている万能縄で籠を幹に縛り付ける。
万が一にも籠が木の下に落下しないようしっかり固定すると、背負っている袋の中から吹き矢と専用の鏃の束を取り出した。
ここで若者たちの実力を試すつもりのアーシュラだが、だからといって若者たちが重傷を負ってしまったり、ましてや死んでしまうのを見過ごすつもりはない。
状況が悪化する前に自分が事態を収拾するべく、準備は怠らなかった。
そうしてアーシュラが人知れず冷静に状況を見ていることなど露とも知らず、木の下では若者らが声を上げ始めていた。
☆☆☆☆☆☆
「来たぞ!」
敵襲に声を上げる若者たちの中で、一番最初に動いたのはネルだ。
闇の向こう側で光る目が急激に近付いてくるのを見ると、ネルは弓に番えていた矢を鋭く放った。
高速で飛ぶそれは、闇の中に乱立する木々の間を抜けて、獲物の体を抉る。
短い獣の悲鳴が響き渡ると、ネルはニヤリとして弓を肩にかけた。
「囮役はおまえらに任せるぜ。せいぜいアタシの矢に刺さらねえように気を付けるんだな」
そう言うとネルは近くの木にスルスルと登っていく。
そして太い枝の上に陣取ると再び弓に矢を番えて闇の中に目を凝らした。
弓兵としては安全な場所から敵を狙うのは定石なのだが、仲間を仲間とも思わぬネルの口ぶりに、プリシラを初めとする皆が苛立った。
ハリエットなどは黙っていられずに頭上のネルを怒鳴りつける。
「アタシに矢を当てたら、アンタの尻にコイツを突き立ててやるからね!」
そう言って手斧を振りかざすと、ハリエットは身近にいるエリカと背中合わせになった。
この中で一番気心が知れていて背中を任せられるのはエリカしかいない。
そしてハリエットはプリシラにも声をかけた。
「プリシラ様……じゃなくてプリシラ。あなたもこっちに! 皆で背中を守り合わないと」
その言葉にプリシラは頷き、それから他の仲間たちにも声をかけた。
「エステル! オリアーナもこっちへ来て!」
その言葉を聞くと、短剣を手にしていたエステルはそそくさと近寄ってくる。
だが、オリアーナは首を横に振ると、腰に帯びていた革の鞭を右手に握った。
左手は黒熊狼のバラモンを繋いだ縄を持っている。
「アタシは……この子と一緒に……戦う」
ボソリとそう呟くオリアーナの隣でバラモンは姿勢を低くして牙を剥き出し、前方を威嚇する。
背紅狼たちの足音が響き渡り、それが前方から迫ってきた。
オリアーナは鞭をビシッと地面に叩きつけて敵を迎え撃つ。
背紅狼たちの先頭集団が現れると、バラモンが大きく吠えて敵に襲い掛かった。
オリアーナは縄を最大限まで緩めてバラモンの行動範囲を広げながら、鞭で背紅狼らを狙う。
彼女の鞭は鋭く宙を舞って地面を削り、その勢いに気圧された背紅狼たちが1歩2歩と後退っていく。
一方、他の場所からも背紅狼たちが迫ってプリシラたちを取り囲んだ。
背紅狼らは口々に吠えてプリシラたちを威嚇するため、林の中は騒然とした空気に包まれる。
しかし背紅狼の数は多いが、取り囲まれたプリシラたちは皆、動揺はしていなかった。
その顔に戦意をみなぎらせて敵の出方を注意深く見つめている。
少しでも近付いてくる背紅狼がいれば、武器を振るって寄せ付けない。
背紅狼らもそれ以上は踏み込めないでいる中、木の上に陣取っているネルが次々と矢を射かけていった。
矢は1頭2頭と背紅狼に突き刺さり、それらを浴びた個体は錯乱状態に陥ってその場から逃げ出していく。
その光景にプリシラは違和感を覚えた。
(ネル?)
先ほどトビウサギを仕留めた時は一撃で首を貫いていたにも関わらず、今のネルが放った矢はそれほど距離が無いというのに、背紅狼の背中や尻などに突き刺さり、一撃では倒せていない。
プリシラが頭上を見上げると、木の上でネルは自分でも信じられないという顔をしているのだった。
☆☆☆☆☆☆
(くっ……どうなっていやがる)
ネルは自身の異変を感じ取っていた。
一撃で背紅狼を仕留めるために首を狙っているはずだというのに、彼女が放った矢は背紅狼の急所を外れて仕留めることが出来ない。
ネルは舌打ちをして再び弓に矢を番えた。
だが、弓弦を引き絞ると、途端に頭の中にちらつく顔がある。
それは先ほどネルを挑発し、嘲るような笑みを浮かべたアーシュラの顔だった。
憎らしい上官の顔を思い出すたびに、弓弦を引く指先に余計な力が入ってしまう。
そのため放たれた矢はわずかに狙いを外れて背紅狼を一撃で仕留めることが出来ないのだ。
ネルは愕然として自分の手を見た。
指先がかすかに震えている。
(な、情けねえ……このアタシが……)
ネルは唇を噛みしめると顔を上げて首を巡らす。
その目に映るのは十数メートル先の木の上に陣取っているアーシュラの姿だった。
アーシュラはただ静かにネルの射撃を見つめている。
その表情は冷徹で、射抜くようなアーシュラの目が自分を責めているように感じられた。
思わずネルは頭にカッと血が上るのを感じる。
「ちくしょう……見てやがれ!」
ネルは怒りに声を荒げ、再び弓に矢を番えると眼下の背紅狼に向けて矢を放つ。
だがその矢は……今度は背紅狼に一切当たることなく、虚しく地面に突き立つのだった。
彼らの息遣いと獣の臭いが夜の空気を通して伝わってくるようだった。
プリシラは長剣を抜き放とうとその柄に手をかける。
だがそこでジャスティーナの顔が頭に浮かんだ。
(彼女なら……ジャスティーナならどう戦う?)
今いるのは木々が乱立する林の中だ。
長剣や槍など長柄の武器を振り回すのには適さない。
プリシラは思い直し、長剣の柄から手を離すと、短剣を抜き放つ。
ふとすぐ隣を見ると、ハリエットは彼女の主戦武器である重厚な両手斧ではなく、片手で使える小ぶりな手斧を持っていた。
そして槍使いのエリカはプリシラと同じように短剣を握っている。
(2人ともちゃんと状況を心得ているんだ。さすがベラさんとソニアさんの弟子)
プリシラは内心でそう感心しつつ、緊張の面持ちを浮かべる。
今まで訓練で赤毛の女たちとこうして肩を並べることはあった。
だが、ここにいる者たちとは初めての共闘だ。
(ちゃんとやらなきゃ。みんなで協力しないと)
エミルを助けに行くために、捜索隊は一丸とならねばならない。
弟を助けたいという思いと、この部隊でうまくやっていかなければと言う思いが交錯し、重圧となってプリシラにのしかかる。
そんな彼女は気付いていなかったが、近くで武器を構えるエリカとハリエットも同様だった。
同じように張り詰めた表情をしていたのだ。
☆☆☆☆☆☆
(全員……堅くなっている)
木の上で様子を見下ろすアーシュラは、若い娘たちの緊張を感じ取っていた。
実戦経験のある者も多いし、ブリジットやボルドが認めた通り実力はある者たちなのだということは分かる。
だが、ブリジットからの直々の命令による捜索隊の任務ということで、皆が重圧を感じて緊張気味になっていた。
(さて、どこまでやれるか見極めないと)
アーシュラは木の幹から生える太めの枝を選び、幹からの生え際の部分に出来る限り平らにして鳥籠を置くと、腰に下げている万能縄で籠を幹に縛り付ける。
万が一にも籠が木の下に落下しないようしっかり固定すると、背負っている袋の中から吹き矢と専用の鏃の束を取り出した。
ここで若者たちの実力を試すつもりのアーシュラだが、だからといって若者たちが重傷を負ってしまったり、ましてや死んでしまうのを見過ごすつもりはない。
状況が悪化する前に自分が事態を収拾するべく、準備は怠らなかった。
そうしてアーシュラが人知れず冷静に状況を見ていることなど露とも知らず、木の下では若者らが声を上げ始めていた。
☆☆☆☆☆☆
「来たぞ!」
敵襲に声を上げる若者たちの中で、一番最初に動いたのはネルだ。
闇の向こう側で光る目が急激に近付いてくるのを見ると、ネルは弓に番えていた矢を鋭く放った。
高速で飛ぶそれは、闇の中に乱立する木々の間を抜けて、獲物の体を抉る。
短い獣の悲鳴が響き渡ると、ネルはニヤリとして弓を肩にかけた。
「囮役はおまえらに任せるぜ。せいぜいアタシの矢に刺さらねえように気を付けるんだな」
そう言うとネルは近くの木にスルスルと登っていく。
そして太い枝の上に陣取ると再び弓に矢を番えて闇の中に目を凝らした。
弓兵としては安全な場所から敵を狙うのは定石なのだが、仲間を仲間とも思わぬネルの口ぶりに、プリシラを初めとする皆が苛立った。
ハリエットなどは黙っていられずに頭上のネルを怒鳴りつける。
「アタシに矢を当てたら、アンタの尻にコイツを突き立ててやるからね!」
そう言って手斧を振りかざすと、ハリエットは身近にいるエリカと背中合わせになった。
この中で一番気心が知れていて背中を任せられるのはエリカしかいない。
そしてハリエットはプリシラにも声をかけた。
「プリシラ様……じゃなくてプリシラ。あなたもこっちに! 皆で背中を守り合わないと」
その言葉にプリシラは頷き、それから他の仲間たちにも声をかけた。
「エステル! オリアーナもこっちへ来て!」
その言葉を聞くと、短剣を手にしていたエステルはそそくさと近寄ってくる。
だが、オリアーナは首を横に振ると、腰に帯びていた革の鞭を右手に握った。
左手は黒熊狼のバラモンを繋いだ縄を持っている。
「アタシは……この子と一緒に……戦う」
ボソリとそう呟くオリアーナの隣でバラモンは姿勢を低くして牙を剥き出し、前方を威嚇する。
背紅狼たちの足音が響き渡り、それが前方から迫ってきた。
オリアーナは鞭をビシッと地面に叩きつけて敵を迎え撃つ。
背紅狼たちの先頭集団が現れると、バラモンが大きく吠えて敵に襲い掛かった。
オリアーナは縄を最大限まで緩めてバラモンの行動範囲を広げながら、鞭で背紅狼らを狙う。
彼女の鞭は鋭く宙を舞って地面を削り、その勢いに気圧された背紅狼たちが1歩2歩と後退っていく。
一方、他の場所からも背紅狼たちが迫ってプリシラたちを取り囲んだ。
背紅狼らは口々に吠えてプリシラたちを威嚇するため、林の中は騒然とした空気に包まれる。
しかし背紅狼の数は多いが、取り囲まれたプリシラたちは皆、動揺はしていなかった。
その顔に戦意をみなぎらせて敵の出方を注意深く見つめている。
少しでも近付いてくる背紅狼がいれば、武器を振るって寄せ付けない。
背紅狼らもそれ以上は踏み込めないでいる中、木の上に陣取っているネルが次々と矢を射かけていった。
矢は1頭2頭と背紅狼に突き刺さり、それらを浴びた個体は錯乱状態に陥ってその場から逃げ出していく。
その光景にプリシラは違和感を覚えた。
(ネル?)
先ほどトビウサギを仕留めた時は一撃で首を貫いていたにも関わらず、今のネルが放った矢はそれほど距離が無いというのに、背紅狼の背中や尻などに突き刺さり、一撃では倒せていない。
プリシラが頭上を見上げると、木の上でネルは自分でも信じられないという顔をしているのだった。
☆☆☆☆☆☆
(くっ……どうなっていやがる)
ネルは自身の異変を感じ取っていた。
一撃で背紅狼を仕留めるために首を狙っているはずだというのに、彼女が放った矢は背紅狼の急所を外れて仕留めることが出来ない。
ネルは舌打ちをして再び弓に矢を番えた。
だが、弓弦を引き絞ると、途端に頭の中にちらつく顔がある。
それは先ほどネルを挑発し、嘲るような笑みを浮かべたアーシュラの顔だった。
憎らしい上官の顔を思い出すたびに、弓弦を引く指先に余計な力が入ってしまう。
そのため放たれた矢はわずかに狙いを外れて背紅狼を一撃で仕留めることが出来ないのだ。
ネルは愕然として自分の手を見た。
指先がかすかに震えている。
(な、情けねえ……このアタシが……)
ネルは唇を噛みしめると顔を上げて首を巡らす。
その目に映るのは十数メートル先の木の上に陣取っているアーシュラの姿だった。
アーシュラはただ静かにネルの射撃を見つめている。
その表情は冷徹で、射抜くようなアーシュラの目が自分を責めているように感じられた。
思わずネルは頭にカッと血が上るのを感じる。
「ちくしょう……見てやがれ!」
ネルは怒りに声を荒げ、再び弓に矢を番えると眼下の背紅狼に向けて矢を放つ。
だがその矢は……今度は背紅狼に一切当たることなく、虚しく地面に突き立つのだった。
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