上 下
84 / 89
最終章 決戦! 天樹の塔

第18話 最後の光

しおりを挟む
 キャメロンによって望まぬ巨大竜の姿に変えられてしまったノアの目から金色の涙があふれて舞い落ちる。
 彼女はあらがえないはずのキャメロンの命令に抵抗し、負傷しているイザベラさんや見習い天使のティナを襲う寸前で自分の暴挙を止めたんだ。
 そんな彼女の目に見習い天使のティナの姿が映っている。

 ティナをデザインしたのは、かつてノアをデザインし、ノアが母としてしたった女性スタッフだった。
 ノアにはそれが一目で分かったんだろう。
 ティナを見つめるその目からはハラハラと涙が流れ落ちていた。
 ティナはそのすきにイザベラさんを抱えて一気にその場から離脱して飛び去っていく。
 その様子を見てキャメロンは吐き捨ているように言った。

「チッ! 役立たずの化け物め」

 去っていくティナを目で追いながら涙を流すノアが、力のない鳴き声を上げる。
 それは先ほどの天地を切り裂くような咆哮ほうこうとは違い、己の運命を呪うかのような悲哀に満ちた嘆きの声だったんだ。
 再三に渡って誇りを踏みにじられたノアの悲しみや悔しさが伝わって来て、僕は腹の底から怒りが込み上げてきた。

「キャメロン。もういい加減にしろ。こんなの……こんなの絶対許せない!」
「ハッ。許せないなら俺を振りほどいてあの巨大竜を止めてみせろ。出来もしないくせに貴様は口だけだな」

 そうあざけり笑うキャメロンの手から逃れようと僕は無我夢中で暴れるけれど、キャメロンの力は絶対的で、振りほどくことは叶わない。
 ノアが苦しんでいるのに、こんな時に僕は何も力になってあげられないのか。

「くそぉぉぉぉっ!」

 悔しくて大声を張り上げたその時だった。
 僕が手に握っていた金環杖サキエルからいきなり金色の霧が吹き出して、僕とキャメロンを包み込んだ。

「なっ……」

 驚くキャメロンと僕の反応はまったく違っていた。
 僕はその金色の霧に温かさと心地良さを感じていたけれど、キャメロンは激しくき込んで苦しみ始めたんだ。

「ゴハッ! うがぁぁぁぁっ」

 キャメロンの力が一気に緩んだのを感じ、僕は彼の手を振りほどいて思い切りその体を蹴りつけた。
 金色の霧に苦しみながらキャメロンは燃える森の中へと落下していく。
 僕はすぐに振り返ってノアの元へと飛んだ。

「ノアッ!」

 僕は涙を流し続けるノアの巨体に飛び付き、そのほほに手を触れた。

「ノア。もういいんだ。暴れなくていいんだよ。君のなりたくない姿になんて、もうならなくていいから」

 僕がそう言うとノアは力のない声で鳴く。
 そして僕の体にノアの涙がシャワーのように降り注いだ。
 金色の涙に濡れるのも構わずに僕はノアのほほに体を押し当てる。

「もう大丈夫。君のお母さんが描いてくれた君のままでいていいんだ。君の誇りをこれ以上誰にも傷つけさせやしない」
 
 とめどなくあふれるノアの涙に濡れる僕だけれど、その体は温かくなっていた。
 その原因はすぐに分かった。
 5つのアザが残る僕の左手首が急激に熱を帯び始めていたんだ。
 
「こ、これは……あ、熱い」

 体を伝い落ちるノアの涙のしずくに濡れた手首に5つ残るアザのうち、4つはすでに黒、白、青、赤に染まっている。
 そして今、くすんだ肌色だった5つ目のアザに金色の光がともり始めたんだ。
 僕は驚きに息を飲む。
 最後の光が宿った途端、手首の熱が体中に広がっていき、僕はたまらずに声を上げた。

「く……あああああっ!」

 やがて体中を包み込んでいた熱が落ち着くと、僕は湧き出るような力の奔流ほんりゅうが体内を駆け巡っているのを感じた。
 その時、焼けた森に落ちたキャメロンが身体中から煙を立ち上らせながら急上昇して接近してくるのを僕は視界の端に捉えた。
 すぐに僕は巨大なノアを背に守るようにして、キャメロンの前に立ちはだかる。

「もうこれ以上ノアを傷つけさせない」

 そう言う僕と空中で対峙しながらキャメロンは険しい顔つきでにらんでくる。

「……まったく不可解な男だ。その化け物を守ることで貴様はどんな見返りを求めている? 女たちの変化した感情プログラムを取り入れた今なお俺には理解できん」
「見返りなんていらない。僕はノアを救いたいだけだ!」

 憤然とそう叫ぶ僕を見てキャメロンは冷笑を浮かべた。

「そんなおためごかしを俺が信じると思うか? 他人のためにリスクを背負う利他的行為は、その相手からのリターンを期待しての投資だ。俺が貴様にEライフルを与えたようにな。だが貴様の目は節穴ふしあなだ。そんな化け物から得られる見返りなどたかが知れている」
「化け物なんかじゃない! ノアは……僕の仲間だ。仲間が侮辱ぶじょくされて、傷つけられて、僕はそれが許せない! そんなことも分からない君に、絶対に負けるわけにはいかないんだ!」

 感情が爆発して口から止めどなくあふれ出す。
 キャメロンはそんな僕をせせら笑いながら言った。

「馬鹿め。そうして怒りたかぶるほどに貴様は力を失って……」

 キャメロンが言葉を言い終わらないうちに、僕の背後でまばゆい光が舞い上がった。
 背中に感じていたノアの巨体が消えていくことに驚き、僕はキャメロンと対峙しているというのに思わず振り返った。

「ノ、ノア……」

 ノアの巨体はまるでゲームオーバーの際のように光の粒子に包まれて消えていく。
 僕が不思議に思っていると光の粒子が1つに寄り集まって金色の小さな光の球に変わったんだ。
 そしてその光の玉は僕の左手首にある金色のアザの中に吸い込まれた。
 その途端に僕が身につけている天樹の衣トゥルルに変化が現れた。
 
 天樹の木の色をしていた胸当てなどの装甲がノアのそれのような金色のうろこに変化していく。
 ノ、ノアの力だ……。
 僕は即座にきびすを返し、キャメロンと再び対峙する。
 彼は僕の変化に目を見張り、警戒の表情を浮かべていた。
 そんなキャメロンを見据える僕の視界の中に、唐突にコマンド・ウインドウが展開されたんだ。

【Bond System start‐up】

 ウインドウの中に示されたその文字に僕は息を飲む。
 こ、これは……イザベラさんが言っていたきずなシステムか?
 避難した彼女たちが残してくれた天樹の衣トゥルルが今まさに僕に力を与えようとしてくれているのを感じ、僕は2人に感謝した。

【Band of Alfred】

 ぼ、僕のチーム……。
 そしてその言葉のすぐ下にある枠の中に新たな文字が追加された。

【membership list】
【Noah】

 ノアの名前だ……。
 それがリストに追加された途端、僕の持っている金環杖サキエルの宝玉からいきなり白と黒の粒子が噴出した。
 それは僕の前方で身構えていたキャメロンを襲う。

「うおっ!」

 不意を突かれたキャメロンは慌ててこれを回避した。
 こ、これは……。

「ノアの聖邪の炎ヘル・オア・ヘヴンだ」

 ノアが得意とする光と闇のブレスが合成された状態でキャメロンに襲いかかったんだ。
 ノアが僕に力を貸してくれている。
 今、彼女自身がどうなっているのか心配だけど、キャメロンを倒さなければここまでの皆の苦労が水泡に帰す。
 僕は金環杖サキエルを握りしめてキャメロンをにらみつけた。

「来い! キャメロン!」
「貴様……調子に乗るなよ!」

 キャメロンは再び自身を高熱の溶岩流へと変化させて襲いかかってくる。
 だけど僕が金環杖サキエルから聖邪の炎ヘル・オア・ヘヴンを放出すると、それを浴びた流体のキャメロンはあえなく霧散した。

「よしっ!」

 僕は確かな手ごたえを感じて金環杖サキエルを握る力を強めた。
 霧散した流体のキャメロンはすぐにまた収斂しゅうれんして元の姿に戻るけれど、その顔からはすっかり余裕が消え失せていた。
 そして確かに彼のライフは減少し始めていたんだ。
 効いてる……効いてるぞ。
 これは本家本元のノアのブレスより強力かもしれない。
 この機を逃すまいと僕は一気に攻勢に出た。

「チィッ!」

 キャメロンは流体ではブレスに対して相性が悪いと判断したのか、元の堕天使だてんしの姿に戻ると、僕の放つブレスをかいくぐって接近戦に持ち込もうとしてくる。
 その手に握られている鉄の棒が先のとがった長槍へと変化した。

「串刺しにしてやる!」

 僕はキャメロンを撃墜しようと聖邪の炎ヘル・オア・ヘヴンを放つけれど、キャメロンは冷静さを取り戻していた。 

吸収防壁インバイブ・シールド!」

 キャメロンの体の周囲に現れる空気の揺らぎの中に光と闇のブレスは吸い込まれていき、彼にダメージを与えることは出来ない。
 キャメロンはニヤリと笑みを浮かべ、長槍を手に突進してくる。
 その時、僕は自分の視界が金色に染まるのを感じて両目を見開いた。
 その途端、キャメロンの周囲に展開されている吸収防壁インバイブ・シールドに異変が生じた。
 
「なにっ?」

 さっきは光と闇のブレスを吸い込んだ空気の揺らぎの中から、逆に金色に光る無数の糸が現れたんだ。
 それはキャメロンの体に次々と絡みついてその動きを止めてしまう。
 ド、縛竜眼ドラゴン・バインドだ。
 それは以前にヴィクトリアとの戦いでノアが使った、相手を光の金糸で縛り付ける技だった。
 技を使う際にノアの目が金色の光を放ったをのよく覚えている。
 僕の視界が金色に光ったのも、おそらくその現象と同じことが僕の目に起きていたんだ。

忌々いまいましいっ!」

 身動きの取れなくなったキャメロンは仕方なく再び流体に変化して光の緊縛から逃れるけれど、そのすきを見逃さずに僕は思い切り光と闇のブレスをキャメロンに浴びせた。

「うぐああああっ!」

 液状化したキャメロンはまたもや霧散し、再度の収斂しゅうれんによって元の姿に戻ったけれど、そのライフは着実に減っている。

「お、おのれ……」

 大きく後方に飛ばされたキャメロンは苦虫を噛み潰したような顔で僕をにらみつけていたけれど、再びこちらに向かってくることはなく後方に飛び去っていく。
 襲いかかって来るかと思って身構えていた僕はきょを突かれた。

「待てっ!」

 一転して今度は追う立場となった僕は、天樹の衣トゥルルの力をフル活用し、空中を高速で飛翔する。
 キャメロンの背中を追いかける僕はすぐに彼の意図に気が付いた。
 彼は再び中央広場へと戻ろうとしているんだ。
 そこにはミランダたちがまだ捕まっているはずだった。
 もし彼女たちを人質にされたりしたら……。
 僕はあせりに駆られて必死にキャメロンを追った。 

 だけどそんな僕を邪魔するように中央広場の中から十数人の堕天使が現れたんだ。
 キャメロンが放った妨害役の彼らに対し、僕は速度を緩めることなく突っ込んだ。
 モタモタしているひまはないんだ。

「邪魔するなあっ!」

 僕は金環杖サキエルを振りかざし、光と闇のブレスをまき散らして彼らを排除した。
 今の僕なら例え相手が十数人でも堕天使だてんし相手におくれを取ることは無い。
 それでも全員を撃墜するのに多少の時間のロスが発生し、その間にキャメロンの姿は見えなくなってしまっていたんだ。
 そして遅れて中央広場にたどり着いた僕は、そこで見た光景に思わず声を上げた。

「ああっ!」

 中央広場の吹き抜けを見上げると、そこではキャメロンが左右の手で情報編集ゲノム・エディットを発動し、十字架に貼り付けられて気を失っているミランダとジェネットのお腹に両手を差し込んでいたんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

俺だけ成長限界を突破して強くなる~『成長率鈍化』は外れスキルだと馬鹿にされてきたけど、実は成長限界を突破できるチートスキルでした~

つくも
ファンタジー
Fランク冒険者エルクは外れスキルと言われる固有スキル『成長率鈍化』を持っていた。 このスキルはレベルもスキルレベルも成長効率が鈍化してしまう、ただの外れスキルだと馬鹿にされてきた。 しかし、このスキルには可能性があったのだ。成長効率が悪い代わりに、上限とされてきたレベル『99』スキルレベル『50』の上限を超える事ができた。 地道に剣技のスキルを鍛え続けてきたエルクが、上限である『50』を突破した時。 今まで馬鹿にされてきたエルクの快進撃が始まるのであった。

底辺召喚士の俺が召喚するのは何故かSSSランクばかりなんだが〜トンビが鷹を生みまくる物語〜

ああああ
ファンタジー
召喚士学校の卒業式を歴代最低点で迎えたウィルは、卒業記念召喚の際にSSSランクの魔王を召喚してしまう。 同級生との差を一気に広げたウィルは、様々なパーティーから誘われる事になった。 そこでウィルが悩みに悩んだ結果―― 自分の召喚したモンスターだけでパーティーを作ることにしました。 この物語は、底辺召喚士がSSSランクの従僕と冒険したりスローライフを送ったりするものです。 【一話1000文字ほどで読めるようにしています】 召喚する話には、タイトルに☆が入っています。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

「魔王のいない世界には勇者は必要ない」と王家に追い出されたので自由に旅をしながら可愛い嫁を探すことにしました

夢幻の翼
ファンタジー
「魔王軍も壊滅したし、もう勇者いらないよね」  命をかけて戦った俺(勇者)に対して魔王討伐の報酬を出し渋る横暴な扱いをする国王。  本当ならばその場で暴れてやりたかったが今後の事を考えて必死に自制心を保ちながら会見を終えた。  元勇者として通常では信じられないほどの能力を習得していた僕は腐った国王を持つ国に見切りをつけて他国へ亡命することを決意する。  その際に思いついた嫌がらせを国王にした俺はスッキリした気持ちで隣町まで駆け抜けた。  しかし、気持ちの整理はついたが懐の寒かった俺は冒険者として生計をたてるために冒険者ギルドを訪れたがもともと勇者として経験値を爆あげしていた僕は無事にランクを認められ、それを期に国外へと向かう訳あり商人の護衛として旅にでることになった。 といった序盤ストーリーとなっております。 追放あり、プチだけどざまぁあり、バトルにほのぼの、感動と恋愛までを詰め込んだ物語となる予定です。 5月30日までは毎日2回更新を予定しています。 それ以降はストック尽きるまで毎日1回更新となります。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

だって僕はNPCだから

枕崎 純之助
ファンタジー
『嫌われ者の彼女を分かってあげられるのは僕だけ!?』  美人だけど乱暴で勝ち気な闇の魔女ミランダは誰からも嫌われる恐ろしい女の子。僕だって彼女のことは怖くてたまらないんだ。でも彼女は本当は・・・・・・。    あるゲーム内のNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)である僕は国王様に仕える下級兵士。  そんな僕が任されている仕事は、闇の洞窟の恐ろしいボスにして国民の敵である魔女ミランダを見張る役目だった。  ミランダを退治せんと数々のプレイヤーたちが闇の洞窟に足を踏み入れるけど、魔女の奏でる死を呼ぶ魔法の前にことごとく敗れ去っていく。  ミランダの華麗にして極悪な振る舞いを毎日見せつけられる僕と、ことあるごとに僕を悪の道に引きずり込もうとするミランダ。  僕らは不本意ながら少しずつ仲良くなっていった。  だけどそんなある日……。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

処理中です...