上 下
15 / 89
第一章 長身女戦士ヴィクトリア

第14話 ノアはアルフレッドが好き

しおりを挟む
「ノアはアルフレッドのことが好きになった。だから一緒に連れて歩きたいのだ。城下町で逢引デートせぬか?」

 はっ?
 今なんと?
 ノアの言葉の意味が分からずに僕は口を開けたまま固まった。
 僕を好きに?
 いや君、ついさっきまで敵対して戦っていたし、僕を殺そうとしてたよね?
 なぜそうなる。

 唖然としている僕の両隣ではミランダとアリアナも同様に固まっている。
 ジェネットだけは黙ったまま表情を動かさずにじっとノアを見つめていた。
 ノアはそんなジェネットの視線を無視して僕に目を向ける。

「ノアと共に行くぞ。アルフレッド」
「い、いや。急にそんなこと言われても……」

 予想だにしなかったノアの申し出に僕は頭も口もうまく回らなくなって、ただ目を白黒させるだけだった。
 そんな僕の胸ぐらを右からつかんだのはミランダだった。

「アル! あんたついにこんな子供にまで手を出すようになったわけ? この変態ロリ野郎!」
「ご、誤解だよミランダ。僕、そんなことしてないから!」

 必死に弁解の声を上げる僕だけど、ミランダに続いて左からアリアナが僕の首を締め上げる。

「さすがにこの子に手を付けようとするのは、人としてどうなのかな。ロリ君」
「うぐぐ……。僕の名前はアルですよ。ちょっかいなんて出してないってば!」

 僕はミランダとアリアナに責められ左右に引っ張られるうちに目が回ってきた。
 見かねたジェネットが2人の頭をポカッと叩いて止めてくれる。

「2人とも落ち着きなさい」

 頭をはたかれて怒りをき出しにするミランダと、恨みがましげな視線を向けるアリアナだけど、ジェネットは2人を一瞥いちべつすると涼しい顔でノアに視線を向けた。

「ノア。私達はアル様がこの数時間の間をどう過ごされてきたのかまだお聞きしていないのです。あなたはどうしてアル様と知り合われたのですか?」

 ノアはじっとジェネットを見つめ返すと簡単に説明した。
 僕がヴィクトリアのパートナーとして現れ、自分を打ち破ったことを。
 そして僕は王城の帰りに道でヴィクトリアに捕まえられて仲間になり、彼女のNPC転身試験に同行することになった経緯を手短に話した。
 一連の説明を受けたミランダたち3人はようやく合点がいったというように各々うなづいた。

「やはりそういうことでしたか。ご苦労なされたのですね。アル様」
「アル君。相変わらずの巻き込まれ体質だね。とにかくお疲れさま」
「何やってんのよアル。あんたって変な女にからまれる運命なの?」

 うん。
 その代表格は君だけどね、ミランダ。

「それにしてもそんな面倒くさいことになったのは、結局はあんたのお節介せっかいのせいだからね。アル。それはあんたの甘さよ」
「うん……」

 確かにミランダの言う通りだ。
 脅されて他に選択肢はなかったとはいえ、最終的に僕は積極的にヴィクトリアの味方をしていたのだから。
 本来の業務を放り出してまですることかと言われれば、反論の言葉もない。

「おとなしく皮をがれてゲームオーバーになっていればすぐに戻って来られたのに」
「鬼か! ひどすぎるわ!」

 相変わらずミランダのどSっぷりに辟易へきえきする僕だけど、ふいにジェネットが僕に視線を送って来たのを感じた。
 それは一瞬のことだったけれど、僕はそこに何か彼女の意思を感じたんだ。
 ……何だろう?

「事情は分かりました。ではノア。アル様のご同行申請書にサインをして下さい」

 そう言うとジェネットはやみ祭壇さいだん近くに置かれた大きな石造りのテーブルの上に申請書と思しき紙を置いた。
 紙?
 ずいぶんとアナログだな……いや待てよ。
 何かおかしいぞ。

 確か以前、ジェネットが僕をこのやみ洞窟どうくつから連れ出す時はメイン・システム上から運営本部に直接申請してたけど……仕様が変わったんだろうか。
 というかまったく縁もゆかりもないノアがいきなり僕を連れ出すことなんて出来るのかな。

「ちょっとジェネット。あんた何勝手なことをしてんのよ」
「そうだよジェネット。帰って来たばかりなのにアル君またすぐ出かけるなんてかわいそうだよ」

 そう言ってミランダとアリアナがジェネットに詰め寄ろうとしたけれど、それよりも早くノアがテーブルに手をついて紙にサインをする。
 その瞬間だった。
 テーブルの表面が緑色に光り、そこからいきなり人影が現れたんだ。

「あれは……」

 そこで僕は気が付いた。
 ジェネットが用紙を置いたそのテーブルの上に、白亜の大理石で出来た台座が置かれていたことに。
 それは先日、運営本部から僕らに贈呈された、3Dホログラムを映し出すための台座だったんだ。
 その時は触れた人のイメージ映像が正確に投影されない不具合があったんだけど、すぐにメンテナンスの人が来てくれて調整してくれてからは直ったようだった。
 ジェネットはそれがテーブルの上に敷かれていたことを知っていて、そこにノアを誘導したみたいだ。
 そして現れたホログラムを見て僕は絶句する。

「なっ、何これ……」

 それは僕が大きな皿に寝かされていて、その僕にノアが左手で竜酒ドラコールをかけながら右手でフォークを突き立てようとしているところだった。
 それはまるで彼女が今まさに食事を始めようとしているようなシーンだ。
 そして食べられようとしているのは僕だ。

「は、はああっ? ぼ、僕を食べるつもり?」

 驚愕する僕とは対照的にジェネットは冷静にホログラムを見つめている。
 そして僕と同じように驚いて目の前のホログラムを見上げているノアに厳しい視線を向けた。

「引っ掛かりましたねノア。これはあなたが頭の中で思い描くイメージを映像化する装置なのですよ。あなたはアル様を誘い出して、食べようとしていた。そうでしょう? 白状しなさい!」

 ジェネットに問い詰められたノアは悔しげにくちびるを噛んだ。

「くっ……ノアは……ノアはアルフレッドが好きなのだ」

 アルフレッドが好き(食料として)。
 ってことかコンチクショウ!
 何という予想の斜め上。

「何かおかしいとは思いましたが、まさかアル様を食べようとしていたとは」

 呆れてそう嘆息するジェネットの隣に並び立ち、ミランダが顔をしかめる。

「アルなんか食べたらオナカ壊してレベルが下がるわよ」

 どういう意味だ!
 ミランダに続いてアリアナが僕の肩に手を置いて言う。

「よかったねアル君。好きって言われてホイホイついて行ったら、今頃ノアに食べられて竜人のウンチとしてコンティニューすることになってたよ」
「い、嫌な想像させないでよ」

 そんなことはありえないけど、想像するのも嫌すぎる。
 それにしても……あの闘技場で竜酒ドラコールをかぶった僕をノアがじろじろと見ていたのは、食欲からくるものだったのか。
 食べ物として見られたことなんて今まで一度もないから、今もじっと僕を凝視するノアの視線に何とも言えない恐怖と困惑を感じた。
 肉食獣に狙われる草食動物ってこんな気分なのかな。
 そ、そんなに見ても君の食糧にはならないからね!

 それにしてもひょんなところで例の台座が役に立ったな。
 その台座の前でふてくされたようにほほふくらませているノアにジェネットは厳しい顔つきで懲悪杖アストレアを向けた。
 それでもジェネットは決して好戦的ではなく、むやみにノアを刺激することのないよう穏やかな口調を保ちながら言う。

「いかなる理由があろうともアル様に危害を加えることはこの私が許しません。ですが無用な争いは避けるべきというのが神の御意思です。ここにはランクAのキャラが3人います。あなたも優れた戦士とお見受けしますが、ここで私たち3人と争うような愚はおかさないでしょう? ならばここで引いていただけるとありがたいのですが。いかがですか?」

 それだけ言うとジェネットは口を閉ざして懲悪杖アストレアを構えたまま動きを止めた。
 もちろん視線はノアに定めたままだ。
 ノアもジェネットの気迫を感じて押し黙っている。
 無益な戦いを避けようとするジェネットだけど、それに賛同しない人がいた。
 僕の隣に若干1名。

「ちょっとジェネット。そいつがそのまま引き下がっても、私の腹の虫は収まらないわよ」

 ですよねぇ。
 ミランダは売られたケンカは買わずにいられない気性の持ち主だ。
 先ほどのノアの態度にすこぶるご機嫌斜めの彼女は、ジェネットを押し退けるようにしてノアの前に出る。

「心配しなくても他の2人には手出しさせないわよ。ちゃんとタイマンでこの私が直々にボコボコにしてあげるから安心しなさい」

 そう言って黒鎖杖バーゲストを突き付けるミランダにノアも蛇竜槍イルルヤンカシュで応戦しようとする。
 ああもう。
 すぐケンカしたがるんだから。

「ミランダ。あなたはどうしてそうこらえ性がないのですか。無用な争いからは何も生まれませんよ」
「あっそ。でも私はあんたと違って魔女だから、無用であろうがなかろうが争いは大好きなの」

 僕とアリアナは押し問答をする魔女と聖女を見ながら困り果てていたけれど、そこでふとその場に変化が起きた。
 3Dホログラムがいきなり変わったんだ。
 ノアに食べられそうになっている僕は消え、そこには大人の姿になったノアが凛々りりしい表情で立っていた。

 あれは変幻玉で変化したノアだ。
 突然の変化にミランダとジェネットが口論を止め、不機嫌そうにしていたノアもホログラムを見上げて表情を一変させた。
 ノアの瞳がキラキラと輝き、そのほほは紅潮している。
 その姿を見た僕は、彼女が変幻玉を欲した理由にようやく気が付いた。

「ノア……もしかしたらまたあの姿になりたいのかな」

 きっとそうだ。
 ノアは変幻玉で大人に変わった自分の姿をことのほか気に入り、また変身したいと思っているんだ。
 それもあって僕のところにわざわざやってきたのか。

 僕が食べられるのは勘弁してほしいけど、変幻玉を販売する店の宅配サービスを利用すればわざわざ城下町まで出向かなくても購入は可能だ。
 ノアには少し待ってもらうことになるけれど、変幻玉さえ手に入れば僕のことはあきらめて帰ってくれるかもしれないし、それが一番無難な方法じゃないだろうか。

 僕がそんなことを考えていたその時だった。
 訪問者を告げる警報が鳴り響いたのは。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

だって僕はNPCだから+プラス 4th 『お引っ越しプレゼンテーション』

枕崎 純之助
ファンタジー
バルバーラ大陸全土を巻き込む大騒動となったイベント【襲来! 破壊獣アニヒレート】が終わってから3日。 闇の魔女ミランダと下級兵士アルフレッドは新居であるミランダ城への引っ越しを終えた。 そんなミランダ城に彼女たちが引っ越してくる。 そしてアルフレッドの隣室を巡る彼女たちは、前代未聞のプレゼンバトルを繰り広げる! 誰がアルフレッドの隣の部屋をゲットするのか? 乞うご期待! *イラストACより作者「歩夢」様のイラストを使用させていただいております。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

ザ・タワー 〜俺にしかできない魔石を鑑定する能力!魔石を使っての魔法&スキル付与!この力で最強を目指す〜

KeyBow
ファンタジー
 世界初のフルダイブ型のVRMMOゲームにダイブしたはずが、リアルの異世界に飛ばされた。  いきなり戦闘になるハードモードを選んでおり、襲われている商隊を助ける事に。  その世界はタワーがあり、そこは迷宮となっている。  富や名誉等を得る為に多くの冒険者がタワーに挑み散っていく。  そんなタワーに挑む主人公は、記憶を対価にチート能力をチョイスしていた。  その中の強化と鑑定がヤバかった。  鑑定で一部の魔石にはスキルや魔法を付与出来ると気が付くも、この世界の人は誰も知らないし、出来る者がいないが、俺にはそれが出来る!  強化でパラメータを上げ、多くのスキルを得る事によりこの世界での生きる道筋と、俺TUEEEを目指す。  タワーで裏切りに遭い、奴隷しか信じられなくなるのだが・・・

異世界でいきなり経験値2億ポイント手に入れました

雪華慧太
ファンタジー
会社が倒産し無職になった俺は再就職が決まりかけたその日、あっけなく昇天した。 女神の手違いで死亡した俺は、無理やり異世界に飛ばされる。 強引な女神の加護に包まれて凄まじい勢いで異世界に飛ばされた結果、俺はとある王国を滅ぼしかけていた凶悪な邪竜に激突しそれを倒した。 くっころ系姫騎士、少し天然な聖女、ツンデレ魔法使い! アニメ顔負けの世界の中で、無職のままカンストした俺は思わぬ最強スキルを手にすることになったのだが……。

だって僕はNPCだから

枕崎 純之助
ファンタジー
『嫌われ者の彼女を分かってあげられるのは僕だけ!?』  美人だけど乱暴で勝ち気な闇の魔女ミランダは誰からも嫌われる恐ろしい女の子。僕だって彼女のことは怖くてたまらないんだ。でも彼女は本当は・・・・・・。    あるゲーム内のNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)である僕は国王様に仕える下級兵士。  そんな僕が任されている仕事は、闇の洞窟の恐ろしいボスにして国民の敵である魔女ミランダを見張る役目だった。  ミランダを退治せんと数々のプレイヤーたちが闇の洞窟に足を踏み入れるけど、魔女の奏でる死を呼ぶ魔法の前にことごとく敗れ去っていく。  ミランダの華麗にして極悪な振る舞いを毎日見せつけられる僕と、ことあるごとに僕を悪の道に引きずり込もうとするミランダ。  僕らは不本意ながら少しずつ仲良くなっていった。  だけどそんなある日……。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

処理中です...