だって僕はNPCだから

枕崎 純之助

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第四章 城下町紛争狂騒曲

第1話 見下ろす城下町には

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 どこかで大勢の人々が騒いでいた。
 その声が遠くから押し寄せる波のように僕の足元からせり上がってくる。

 ……ん? 
 あれ? 
 僕は何をしていたんだっけ。

 顔に吹き付ける風に僕はうっすらと目を開ける。
 すると遠くに広がる山々や河川、森林などが僕の目に飛び込んできた。
 だけどそれよりも驚くべきは自分の足元に広がる光景だった。

「ひえっ!」

 僕はそう言ったきり絶句してしまった。
 自分が置かれている状況がまるで現実離れしていたからだ。
 僕がいるそこは王城の城壁の端に位置する尖塔せんとうの屋根の上だった。

 尖塔せんとうの先端に立つ鉄の杭に背中を預ける形で立たされている僕は、両手を腰の後ろで、両足はそろえられた状態で漆黒の鎖によって鉄杭に縛り付けられている。
 遥か視界の下では広場に集まった大勢の人々が僕を見上げていた。
 さっき僕の耳に聞こえてきたのは彼らから発せられたどよめきだったんだ。

「ようやくお目覚めね」

 その声に驚いて斜め後ろを振り返ると、そこには黒衣を風にはためかせながら腕組みをして冷然と僕を見据える闇の魔女・ミランダの姿があった。

「ミ、ミランダ! ここは? 僕なんでこんな……」

 そう言う僕のほほをつねり上げながらミランダは不機嫌そうに言った。

「うるさいわね。取り乱すんじゃないわよ。ここはお馴染なじみの王城よ。街一番の高所からのながめはどうかしら?」

 彼女の言う通り、僕が縛り付けられているこの場所からはこの街のすべてを見下ろすことが出来る。
 街一番の高さは目もくらむばかりで、今にも卒倒してしまいそうだ。

「なかなかの絶景よね。見なさい。あんたここから落ちてみる?」

 そう言うミランダの整然とした表情が冗談に見えなくて怖すぎる!

「大丈夫。あんたライフゲージないし、もしここから落ちても死なないから。ま、かなり痛いだろうけどね」

 い、嫌すぎる! 
 僕はブンブンっと首を横に振ると下を見ないようにした。
 それにしてもミランダが僕を眠らせたままあの神殿に放置しておかなかったのはなぜなんだろう。

「どうして僕をわざわざここに連れてきたの?」

 ミランダは僕のそんな問いに少しの間、無言でいたけど、やがて舌打ちをするとしかめっ面のまま口を開いた。

「……イライラするのよ」
「えっ?」
「何かあんたを見てるとイライラするって言ってるのよ!」

 ミランダはヒステリックにそう言った。
 感情的になる彼女の表情に僕は変化のきざしを感じた。
 彼女の内側に明らかに何か違う風が吹き始めているんだ。
 そう思うと僕はたまらなくなって、せきを切ったように話し始めた。

「ミランダ。何も言わずにこの呪いの剣を手に取ってよ。それから僕のアイテムストックの中に写真と君の……」

 そう言いかけた僕の口にミランダは自分の手の平を押し当てた。
 押し当てられた彼女の手があまりにも冷たくて僕は口をつぐんでしまう。

「黙りなさい。あんたが何を言おうとも私は変わらない」

 その言葉はあまりにも決然としていて、僕の心を冷たく押しのける。

「あんた。放っておくと色々と私の邪魔になりそうだから。ここに連れてきたの」

 彼女の漆黒の鎖は僕をしっかりと捕らえていて、どんなに解こうとしてもそれはビクともしなかった。
 身じろぎしようとする僕を見てミランダは首を横に振った。

「無駄よ。私が許可するまでその鎖はほどけないわ。あんたは私がこの王城を滅ぼすまでそこで見ていなさい」

 僕は黙っていられなくなり、頭を振って彼女の手の平から逃れると声を上げた。

「そんなことはやめるんだ。ミランダ」
「何ですって? あんた、いつから私に意見できる身分になったのかしら?」

 彼女の目に冷たい光が走る。
 その光が視線となって矢の様に僕の胸に突き立てられたけど、僕はなけなしの勇気を振り絞って自分の言葉を口にした。

「ミランダ。聞いてくれ。出張で各都市を襲ってプレイヤー達と戦うのは確かに君の今後の役目だけど、無差別な攻撃は一般のNPCまで巻き込んじゃうよ。そんなことはやめるんだ」

 そう言う僕にミランダは奇妙なものでも見るような顔を見せた。

「は? 私は悪の魔女よ。人々に恐怖と混乱をもたらすのが私の役目だって分かってる?」
「違う! 君は悪じゃない! 悪役なんだ! それなのに君のやっていることはゲームシステムをおびやかすことばっかりだ。それじゃあこの世界そのものが壊れちゃうんだよ。そんなの君のするべきことじゃない! そんなこと本当の君は望んじゃいないはずだ!」

 自分の口から飛び出た言葉で僕はあらためて確信した。
 自らのアップデートを自慢げに語っていたミランダは、この世界の崩壊なんて望んでいなかった。
 だけど今のミランダは明らかに違う。

「本当の私って何よ。分かったようなことを言ってくれるじゃない。チッ。こんな押し問答は無意味だわ。私の本質は破壊と死よ。見なさい。あそこにいる連中を」

 冷たくそう言い放つとミランダは眼下を指差した。
 そこでは群集がひしめき合い、ミランダへの怒号がうず巻いている。
 彼女は目を細めてその顔に攻撃的な笑みを浮かべた。

「私を排除したくてたまらない奴らばっかり。なら私はあいつらを排除してやるだけだわ」

 ミランダは僕に視線を向けて冷然と言葉を続ける。

「あんたもそうでしょ。私が倒されてさっさと自分のセリフを言いたいんでしょ。よくぞミランダを倒してくれましたって。生憎あいにくだったわね。簡単にそんなセリフ言わせないわよ」
「なっ……」

 そう言う彼女に、僕は言葉に詰まってしまった。
 僕にとって確かにそのセリフを言うことが最大の仕事だ。
 でもそれはミランダの敗北を喜ぶセリフなんかじゃない。
 だけどもしミランダがそう受け取っているのだとしたら……。

「そこで見ていなさい。闇の魔女・ミランダの本懐ほんかいを見せてあげる」

 そう言うとミランダは尖塔せんとうから身をおどらせて王城前の広場へと滑空かっくうしていった。

「ミランダーッ!」

 僕の絶叫がむなしく響き渡る。
 クソッ! 
 ここまで来て見ていることしか出来ないなんて、そんなのアリかよ!
 だけどいくら僕がもがいても、ミランダの鎖は僕を解き放ってはくれない。
 僕はミランダの行く末を見守ることしか出来ない今の状況に、歯噛はがみするほかなかった。
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