だって僕はNPCだから

枕崎 純之助

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第三章 神の啓示

第6話 託された思い

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 魔女ミランダの不在によって運営停止中の闇の洞窟。
 そこでひとり、僕は自室のテーブルに座り、眼前の画面上に映る文字の羅列られつを目で追い続けていた。

『魔女ミランダはこのゲームに混乱をもたらす言わばガン細胞なんだから消え去るべき』

『運営本部はミランダを生かしてはおかないでしょ。強制排除は時間の問題だよ』

『ミランダのせいでゲームシステムが狂い始めてるし、いい迷惑だぜ』

 このゲームのメインメニューから入れる掲示板には、辛口な意見が次々と書き込まれていた。
 どれもこれもミランダに関するプレイヤーたちのコメントであり、僕がつい先ほど掲示板に立ち上げた、ある問題提起のスレッドに書き込まれたメッセージだった。


【闇の魔女ミランダがこの先もこのゲームに存続しうる可能性について】[無断転載禁止]


 それが僕が立ち上げたばかりのスレッドの題名だった。
 スレ立て後、15分もしないうちにいくつもの意見が書き込まれたものの、9割がそうした辛辣しんらつで否定的な意見であり、残りの1割は冷やかしのような書き込みばかりだった。

「まあ、予想はしてたけど、こんなもんだよなぁ」

 僕はため息混じりにそう言いながら、イスの背もたれに寄りかかると自室の天井を見つめた。

 港町シェラングーンでジェネットがミランダに倒された後、僕は運営システムによって自分の住処である闇の洞窟に自動的に戻された。
 僕の外出申請を出した本人であるジェネットがゲームオーバーを迎え、その申請も無効化されたからだ。
 ミランダ不在により未だ閉鎖中の洞窟に戻されると、僕はすぐに自室にこもって掲示板での情報収集作業に取り掛かったんだ。

 だけど求める情報はさっきまでのようにミランダの居場所じゃない。
 それがさっき立てたばかりのスレッドの題名が意味するところだった。
 暴走するミランダはこのゲームにとって危険な存在で、このままだと彼女は運営の手によって排除されてしまうかもしれない。
 それだけは何としても避けたかった。
 それは僕のいつわらざる気持ちだ。

 ほどなくして僕はメインメニューの画面を一旦消して、目の前を見つめた。
 テーブルの反対側には、半日ほど前までジェネットが座っていたイスがある。
 ここで彼女と一緒にミランダの行方を探していたのが今ではウソのようだ。
 自室の中はジェネットが訪れる以前と同様に静まり返っていた。

 ジェネットは今頃、どこかで復活を遂げているだろう。
 プレイヤーたちと同様にNPCたるジェネットもゲームオーバーになれば必ず所定の場所に戻される。
 僕やミランダのように全てがリセットされて。
 彼女がミランダを倒したという記録は残されるが、彼女自身その時の記憶は無くなっているだろう。
 当然、僕のことも忘れているはずだ。
 少し寂しいけれど、それでいいと思う。
 ジェネットは僕のためにミランダの捜索なんていう難題を抱えることになってしまった。
 それはもちろん彼女の信条によるところだし、僕のためになんていうのは本当はおこがましいことなんだけど、それでもジェネットに負担をかけていたのは事実だ。

 ジェネットにはやるべきことがあるらしい。
 彼女がそう言っていた。
 それが何なのか分からないけれど、僕のこともミランダのこともすっぱり忘れて寄り道なんかせずに自分自身の目標に邁進まいしんしたほうがジェネットにとってはいいことのはずだよね。
 ジェネットが倒されてしまった時のことを思い出すと今もショックだけど、きっとこれでいいんだ。
 少し寂しいけれど。
 僕はジェネットが座っていた向かい側のイスを見て、すぐに気を取り直した。

「僕にもやることがある。やらなくちゃいけないことが」

 そう言うと僕は再びメインメニューにアクセスをして、掲示板に見入った。
 シェラングーンで僕は以前の自分とミランダとのことを思い出した。
 忘れていた記憶が戻ってきたんだ。
 それは不可解な現象だった。
 このゲームにおける僕のシステムを考えれば有り得ないことだから。

 当然、その時の僕にも何で記憶が戻ったのかは理解できなかった。
 ただ、その後に起きた出来事が何かしらの影響を僕に与えたんじゃないかと疑ってるんだ。
 今、このゲームには恐らく何か未曾有みぞうの異変が起きている。
 それがミランダを暴走させ、僕のシステムを揺らがせている。

「おかしくなったのは多分ミランダが倒されたあの日からだ」

 それまでもミランダは幾度も倒されていたけど、それでもあの1回が、あの1回だけがいつもと違ったんだ。
 彼女と交流し始めて、それまで知らなかったお互いのことを知って、そして初めて彼女の死を悲しいと思ったあの時。
 それはいつもとは違う特別な1回だった。

「あまり時間は無い」

 ミランダを正気に戻し、そしてこの異常な状態を正常に復旧させる。
 それが僕が成すべきことだった。
 やれるかどうかなんて分からない。
 でもやるしかないんだ。

 そしてすぐにミランダの居場所を探さない理由はただ一つ。
 今の僕には彼女の居場所が手に取るように分かるからだ。
 僕は机の横の壁に立てかけられた一本の剣を見た。
 白と黒の一対のへびつやの無い鈍い金色の刀身を囲むように装飾の施されたそれは、ミランダの褒賞ほうしょうアイテムにしてジェネットが僕に残した呪いの剣『タリオ』だった。
 公称は名称不明の呪いの剣ということになっていたけれど、それが『タリオ』という名前であることを以前にミランダから聞いていたことも僕は思い出していた。

 この剣を手にした時から、僕の体内には不思議な変化が起きていたんだ。
 この剣の元々の所有者だったミランダと直前の所有者だったジェネットの細胞とも言うべきプログラムの残滓ざんしが僕の中に違和感として残っている。
 倒れたジェネットが苦しみの中で口にした「ミランダの細胞」という言葉の意味が、今なら僕にも理解できる。
 決して確証はないけれど、だからこそ僕は今、ミランダの居場所を感じ取ることが出来るんだと思う。

 ただ、今頃どこかで復活を遂げているであろうジェネットのことは感じ取ることが出来ない。
 その理由は分からないけれど、何にせよ今僕に起きている変化と記憶の復元とは決して無関係ではないと思うんだ。

「あなたにたくします」

 そう言ってジェネットはその剣を僕に残してくれた。
 その思いを無駄にするわけにはいかないんだ。
 そう思い僕はイスから立ち上がると壁に立てかけてある呪いの剣『タリオ』に目をやった。
 それはジェネットが絶命した際に落としていったものだった。

 プレイヤーや戦闘参加できるNPCはライフが0になって死ぬと、デス・ペナルティーとして所持金が半額になるほか、1つだけアイテムを落としてしまう。
 ロストアイテムは装備品や重要品以外から無作為むさくいで1つ選ばれ、自分で選ぶことは出来ない。
 だけどジェネットがこの剣を落として行ったことに僕は意味を感じていた。
 ジェネットの意思がこの剣を僕に残させたんじゃないかと僕は勝手に思っている。

 根拠はある。
 僕が剣から離れるようにして数歩行くと、剣はパッと消えてしまった。
 それは次の瞬間、自動的に僕の右手に握られている。
 所持者から絶対に離れることのない呪いを持つこの剣は、ジェネットが倒れた後、今やこの僕を所持者と認めているようだった。

 何でそんなことが起きているのかは分からないけど、絶対に離れることの出来ない呪いによって僕はこの剣を捨てることも出来ない。
 でも僕はこれを捨てるつもりなんて毛頭ないんだけど。
 ジェネットが僕に残してくれたこの剣は今やミランダと僕とをつなぐ唯一のパイプだった。

 こうして手にしているだけで僕には不思議とミランダの存在を感じ取ることが出来た。
 彼女がどのくらい離れた場所にいるのか手に取るように分かる。
 だからやっぱりジェネットがこの剣を落としたことは意味のあることだと思う。
 死の間際まぎわにジェネットが残した言葉の意味が少しだけ分かったような気がした。
 僕はたくされたんだ。

 今すぐにでもミランダのもとへ駆けつけたかったけど、僕はゆっくりと呼吸をして気持ちを落ち着けた。
 ジェネットの死によって彼女の同行者という役割を解かれた僕は、自分の意思で勝手にこの洞窟から出ることは出来ないし、何よりも今ミランダに会ったところで彼女を正気に戻す手立てはない。
 彼女を説得できる自信も無い。
 あせるな。
 今はガマンするんだ。
 自分自身にそう言い聞かせながら僕は再び掲示板での情報収集を再開した。
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