だって僕はNPCだから

枕崎 純之助

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第二章 光の聖女

第2話 心優しき聖女

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「……先ほどはどうして泣いていらしたのですか?」 

 清らかなシスター・ジェネットはそう言った。

 え? 
 僕、泣いてないよ?
 僕が怪訝けげんな顔をしていると、ジェネットはいぶかしむような表情を見せた。

「先ほど悪しき魔女ミランダを成敗した際に、あなたは泣いていらしたかと思いますが」

 彼女の言葉に僕は首をひねる。
 ミランダが倒されて僕が泣く? 
 泣くほど感動したってことかな。
 僕はどうにもに落ちない気持ちでジェネットの顔を見つめる。

「それは何かの間違いじゃ……」

 そう言いかけたその時、後ろの方から誰かの話し声が聞こえてきた。

「おい。見ろよ。あの尼僧にそう。魔女ミランダを倒したシスターってあの女か」
「ああ。澄ました顔で凱旋がいせん中ってとこだな。大人しいナリしてケモノじみた強さらしいぞ」

 振り返ると街道の反対側を歩く二人の男性プレイヤーが僕らのほうを見ながらそんなことを話していた。
 何だか感じの悪い二人組だなぁ。

「あの冴えない野郎はミランダの洞窟にいた兵士だろ」
「魔女の腰巾着こしぎんちゃくみたいな奴か。辛気臭い洞窟で四六時中、受付係やってるボンクラだろ」

 プレイヤーたちはそんなことを話しながら品の無い笑い声を上げていた。
 腰巾着こしぎんちゃくはともかく受付係とは上手いことを言うもんだ。
 たしかに僕ってお化け屋敷の受付みたいだしね。
 だけどそんなことより、声を潜めようともしない彼らのその様子に、僕はジェネットが気を悪くするんじゃないかと心配になって彼女を振り返った。
 だけど彼女は至って冷静な表情をしていた。
 さすがに聖職者だけあってくだらない野次にイチイチ腹を立てたりはしないんだね。
 まあ僕の場合は言われ慣れてるし、NPC相手に口を慎まないプレイヤーが多いのも日常茶飯事だからどうということもないけど。

 僕がそんなことを思いながらジェネットを見ていると、彼女は少し眉を潜めて僕を見つめ返しながら口を開いた。

「あの……」

 うおっと。あまりジッと見つめ過ぎてキモイとか思われたかも。

「す、すみません。先を急ぎましょうか」

 そう言って歩き出そうとする僕だったけど、いきなりジェネットに両肩をつかまれた。

「ギョエエエエエエーッ! イヤァオッ!」

 突然のことに仰天して僕は思わず自分の身体を抱きしめ、にわとりの絶叫のような声を上げた。

 な、何て声出してんだ僕は。
 見ろ。
 ジェネット嬢も目を点にして硬直していらっしゃるじゃないか。
 たわけが!

 女子に触れられた男としてはおそらく本ゲーム史上最低のリアクションをかました自分自身を内心でそう罵りながら、僕は表情を取り繕って彼女に謝罪した。

「す、すいません。少々驚いてしまいまして」

 でも驚いて当然だろ。
 じょ、女子に触れられたことなんて一度もないんだからねっ!
 慌てる僕に、固まった表情を幾分ゆるめてジェネットは首を横に振った。

「いえ。こちらこそ、いきなりごめんなさい。でもいいのですか?」
「何がですか?」
「あの人たちにあんな失礼なことを言われて。私が注意して差し上げましょうか」

 そう言うとジェネットは僕の後方にいる先ほどのプレイヤーたちに目を向けた。
 その言葉に僕はようやく彼女の言いたいことが理解できた。
 プレイヤーたちが僕らを嘲笑する言葉にジェネットは怒りを感じていたんだ。
 NPCなのに僕とは違うんだなぁ。

「いえ、僕は別にかまわないんですけど、シスターは気を悪くされましたよね」

 そう言う僕にジェネットは首を横に振った。

「私はこれでも神に仕える身です。己が身を悪く言われて腹を立てるほど未熟ではないつもりですが、隣人を悪く言われて黙っているわけにはまいりません」

 え? 
 この人、僕が悪く言われたから怒ってくれたの?
 何というか……NPCなのに珍しい人だな。
 僕はそんなことを思いながら、少しだけ心が温まるのを感じて思わずほほを緩めた。

「いいんですよ。あんなの日常茶飯事ですし、僕は何とも思ってませんから。シスターさえよければ彼らのことは放っておいて先を急ぎましょう」

 それは嘘偽りのない言葉だった。
 プレイヤーから心無い言葉を投げかけられることは少なくないけど、僕にとってそれも仕事のうちだった。
 いちいち腹を立てて怒るほど僕は勇ましく作られていない。
 多分それは僕が正義でも悪でもない『その他大勢』としての性格を持ったNPCだからだと思う。

 NPCでも主要なキャラクターは、その人物がどんな生い立ちで、どんな家族がいて、どんな野望を持っているか等、キャラを立たせるための設定を付与されている。
 だけど僕にはそういうものが一切無い。
 名前すらない。
 王国の兵士として闇の洞窟の中で悪の魔女ミランダを見張り、訪れたプレイヤーたちに注意を促し、見事に勝利を収めたプレイヤーをこうして王城に連れて行く。
 それだけだ。
 生い立ちも家族も野望もない。

 別にそれを悲観しているわけじゃないよ?
 ただ僕はそういうふうに作られているってことだし、それを受け入れてもいる。
 だからプレイヤーからいくらそのことを揶揄やゆされても別に腹は立たないんだ。
 ジェネットはバリバリの正義に属するNPCだから、プレイヤーたちの罵詈雑言が頭に来たんだろうね。
 たとえそれが自分とは無関係の僕に向けられたものだとしても。
 そんな僕の内心を知らないジェネットはまだ少し不満そうな顔をしていたので、僕は雰囲気を変えたくていつもより数段明るい声を出した。

「さあ! そんなことよりも王城はもう目の前ですよ。早く王様に会ってミランダ討伐の褒賞金をサクッといただいちゃいましょう」
「まあ、あなたがそうおっしゃるのでしたらいいのですけど」

 僕の言葉にジェネットはそう言うと、ようやく元の穏やかな表情に戻って歩き出した。
 僕はホッとして彼女の後についていく。

 でも何だか嬉しいな。
 人に優しくしてもらうことは嬉しいことなんだ。
 知らなかったよ。

「シスター」
「はい?」
「僕なんかのために怒ってくださってありがとうございます」

 僕はジェネットを呼び止めてお礼を言った。
 胸に宿る温かな気持ちが僕にそうさせた。
 ジェネットは少しだけ驚いたような顔をしたがすぐに笑顔になる。

「いいえ。これも神のお導きです。あなたは良き隣人のようですし」

 ジェネットの温かい言葉と柔和な笑みに僕は安らぎを感じつつ、何か胸に引っかかるものを覚えた。
 今、胸に宿っている温かさが、まるで初めてのことではないように思えたのだ。

 ……何だろう、この感覚は。
 そんなことを感じながらも足を踏み出そうとする僕だったけど、ジェネットは立ち止まったまま歩き出そうとせず、進行方向とは別の方角に目を向けていた。

「どうかしましたか?」
「あれは……」

 ジェネットは前方に見える王城から西の方角に位置する森を指差した。
 その森の入口近くに小さな白亜の神殿が立っている。

「ああ。回復の泉ですね。確か、あの神殿の中庭にあるんですよ」

 回復の泉とはその名の通り、回復スポットであり、体力や気力を回復し、毒や多少の呪い程度のステータス異常ならば簡単に浄化してくれる優れものだ。
 街の中にある場合が多いが、フィールド上や洞窟等のダンジョンに存在することもある。

「なるほど。城下町に入る前にあそこで身を清めて行きます」
「え、あそこに行くんですか?」
「ええ。王様にお会いするのにけがれた身では失礼にあたりますから」

 確かに彼女はミランダとの激闘によって闇の粒子をその身に多く浴びていた。
 でも浄化だったら街の教会でも出来ると思うけど。

「あそこに行かなくても街に行けば教会がありますよ?」

 そう言う僕にジェネットは首を横に振った。

「街の外で受けたけがれは出来れば街の中に持ち込みたくないのです。もちろん、この神殿がなければ街の神父さまにお願いするほか無かったのですが。見つけた以上は利用させてもらいましょう。それに私は神に仕える身ですから、あのような神殿があれば立ち寄って祈りをささげるのは至極当然のことですよ」

 ジェネットは泰然とそう言った。
 彼女がそう言う以上、その意思に従うほかない。
 ジェネットは頑固なほど清廉せいれんなんだなぁ。

 神聖魔法が使えるシスターだけど、自分の身に受けた毒や呪いなどは自分ではらうことは出来ないらしい。
 だけど回復の泉を利用すれば、その身に受けた闇の粒子もはらい去ることが出来る。

「分かりました。手早く済ませちゃいましょう」

 僕はそう言うとジェネットを先導して街道を外れる。
 僕らは背の低い草が茂る草原を踏みしめながら寄り道を開始した。
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