上 下
85 / 87
最終章 月下の死闘

第24話 夜明けの刻

しおりを挟む
「いけぇぇぇぇぇぇっ!」

 地面に激突するのもいとわぬほどの勢いで急降下する天烈の背中の上で僕は嵐龍槍斧シュガールを振り上げる。
 このままの速度で降下すると、天烈もろとも地面に激突してしまうから、タイミングを見計みはからって僕は天烈から飛び下りなければならないだろう。
 そして天烈が地上に叩きつけられる前に降下速度をゆるめられるギリギリのタイミングで僕は天烈の頭に手を置いて、その首を下げさせた。
 その瞬間に手綱たづなを放すと僕の体は勢いよく前に放り出される。 

 空中に投げ出された僕は前回りに一回転してその勢いのまま全体重をかけて嵐龍槍斧シュガールを振り下ろした。
 目の前には今まさに黒狼牙こくろうがを抜刀するアナリンの姿がある。
 僕の振り下ろした嵐龍槍斧シュガールがアナリンの振り上げる黒狼牙こくろうがとぶつかり合った。
 すさまじい衝撃が手から腕へと伝い、僕の全身に浸透しんとうする。

「ぐぅぅぅぅっ!」
 
 僕は歯を食いしばって全身の力を嵐龍槍斧シュガールに伝える。
 聖光透析ホーリー・ダイアリシスで強化されたこの体の全ての力を今ここで使い果たしていい。
 この一撃に全てをかける!

「くああああああっ!」
「シャアアアアアッ!」

 だけどアナリンの振り上げた鬼道烈斬きどうれつざんの勢いは凄まじく、その衝撃波が僕を一気に吹き飛ばそうとする。
 くっ!
 こ、ここまでやってもダメなのか!

 そう思ったその時、僕のすぐ脇で天烈が地面の上でもがいているのが見えた。
 全力で急降下してきたために、勢い余って着地できずに地面に激突してしまったんた。
 その苦しげないななきが聞こえた時、ほんの一瞬だけど、アナリンの目に以前のような意志の光が宿ったような気がしたんだ。
 するとその瞬間……嵐龍槍斧シュガールを受け止める黒狼牙こくろうがの真っ赤な刀身にピシッとひとすじのヒビが入った。
 そして黒狼牙こくろうがから伝わって来る剣圧がわずかに弱まったんだ。

「カッ……」

 アナリンがその口から苦しげな声をらした。
 今だ!
 僕はその瞬間に全力以上の力をかけて嵐龍槍斧シュガールを押し込む。  

「うわあああああああっ!」
 
 するとパキパキッと乾いた音を立てて黒狼牙こくろうがの刀身に亀裂が走る。
 そして……僕が押し込んだ嵐龍槍斧シュガールがついに黒狼牙こくろうがの刀身を真っ二つにへし折ったんだ。

「ガハッ!」
「くあっ!」

 僕は勢い余ってそのまま前のめりに床に倒れ込んだ。
 痛みをこらえてすぐに起き上がると、アナリンは折れた黒狼牙こくろうがを構えたまま立ち尽くしていた。
 その体が小刻みに震えている。

「ア、アナリン……」

 折れた刀身から大量の血が噴き出していく。
 そして真紅に染まっていた黒狼牙こくろうがの刀身は、くすんだ灰色へと変化していく。
 それにともない、異様な姿に変貌へんぼうしていたアナリンの様子が変わった。
 長く赤い頭の角は引っ込んでいき、異様に赤かった肌は元の白肌へと戻っていく。
 
「かはっ……」

 アナリンはその口から苦しげな息をらし、その場に倒れ込んで動かなくなった。
 そのライフは相変わらず0のままだ。
 そしてその手から離れた黒狼牙こくろうがは床の上に乾いた音を立てて転がった。
 その刀身からは、先ほどまであれほど強く放たれていた恐ろしい殺気が感じられない。
 僕は直感した。
 黒狼牙こくろうがの力が失われたのだと。

「か、勝てた……」

 僕は呆然ぼうぜんとそうつぶやくと、すぐ近くにいる天馬ペガサス・天烈に目を向けた。
 天烈は地面に激突したせいで脚を痛めてしまったようで、床の上に腹ばいになったまま苦しげにうめき声をらしている。
 天烈の協力がなければアナリンに勝つことは出来なかった。
 僕は感謝の気持ちを胸に天烈に近寄ろうとした。 

「回復してあげないと……」

 だけど一歩踏み出そうとした僕は、その場にガックリとひざをついてしまった。

「あ、あれ……」
 
 どうやらすべての力を使い果たしてしまったみたいで、立ち上がろうとしてもまったく足に力が入らない。
 聖光透析ホーリー・ダイアリシスの反動だ。
 僕はそのまま床の上にうつせに倒れ込んでしまった。
 
 精根尽き果てた。
 まさにそんな感じだった。
 体が休息を求めて活動停止していく。
 遠のいていく意識の中で僕が思い浮かべたのは、意地悪な魔女の顔だった。

 ミランダ……僕、がんばったよ。
 少しは君に……めてもらえるかな。


 ☆☆☆☆☆


「……ル。アル!」

 僕を呼ぶその声にハッとして目を開けると、見慣れた顔が僕を上からのぞき込んでいた。

「……ミランダ」

 僕がゆっくりと身を起こすと、そこは先ほど倒れた時のまま、バルコニーの上だった。
 僕の周りにはミランダの他にジェネット、アリアナ、ヴィクトリア、ノアが座り込んでいる。
 皆……僕が気を失っている間に僕の体から抜け出ることが出来たんだね。

 全員が傷ついて疲れた顔をしていたけれど、皆、確かにここにいてくれる。
 誰ひとりとしてゲームオーバーになってはいない。
 そのことが嬉しくて僕は胸にこみ上げる思いを抑えきれずにくちびるを震わせた。

「みんな……よかった」

 そんな僕の手を取り、肩を叩き、頭をクシャクシャにしながら皆が喜んでくれる。
 
「アル様! よくぞご無事で」
「アル君! よかったぁ!」
「アルフレッド! 死んだかと思ったぞ」
「アルフレッド。ノアの許可なく死ぬなど許さぬぞ」

 皆が口々にそう声をかけてくれる中、ミランダだけはいつものように傲然ごうぜんと腕組みをしながらそっぽを向いている。
 彼女の胸に刺さっていたはずの脇差し・腹切丸はらきりまるは少し離れた石床の上に落ちていた。
 ミランダの胸には血の跡が残されていたけれど、彼女のライフは半分くらいまで回復していた。
  
「ミランダ……もう大丈夫なの?」
「当たり前でしょ。アル。私より自分の心配をしなさいよ。弱っちいくせにいつもいつもムチャばっかりして」

 怒ったような口調でそう言うミランダだけれど、長い付き合いの僕には分かる。
 彼女は僕を心配してくれているんだ。
  
「ごめんね。心配かけて。でも、皆のおかげで勝てたよ」

 少し離れた場所には王女様とエマさんが横たわっている。
 2人とも無事みたいだ。

「ブレイディーも無事ですよ。アル様」

 そう言うジェネットの手にはネズミ姿のブレイディーが乗っている。
 眠っているけれど、その無事な姿に僕はホッとした。
 その時、後方から馬のいななきが聞こえてくる。 

「ブルルッ!」

 天烈だ。
 先ほどは石床に激突して脚を負傷していた天烈だけど、今はしっかりとその足で大きな体を支えて立っている。

「暴れたり逃げたりする様子がなかったので、私が回復させておきましたが……」

 そう言うとジェネットはそちらにチラリと視線を向けた。
 天烈の足元には横たわるアナリンの姿がある。
 アナリンは……まだゲームオーバーにはなっていなかった。
 だけど横たわる彼女の上にはシステムエラーを示すコマンド・ウインドウが表示されていたんだ。

【システム・エラー:活動停止:原因不明】

 原因不明のシステム・エラー……。
 我を失い、無差別に刀を振るったアナリン。
 とてつもない力にその身を支配された反動が来たんだ。
 黒狼牙こくろうがごくの状態の彼女は明らかに普通じゃなかった。
 こうなるのも必然だったと言えるだろう。

 だけど、このような状態になることがアナリンの本意だったんだろうか。
 彼女の真意までは分からないけれど、僕には到底そうは思えない。
 彼女はサムライとしての誇りと尊厳を大事にしていたはずだ。
 それを自らないがしろにするような姿に変わりたいと、彼女が果たして思うだろうか。

 それは疑問だった。
 倒れたまま動かないアナリンを心配そうに見下ろしている天烈は、僕らから主人を守るようにそこに立ちはだかっていた。
 その忠節ぶりには敵ながら頭が下がる。
 天烈のそんな様子を見ながらジェネットが立ち上がった。

「あの天馬ペガサスには気の毒ですが、アナリンの身柄みがらを確保しなければなりません」

 そう言ってジェネットが近寄ろうとすると天烈は警戒して鼻を鳴らす。

「ブルルッ!」

 だけどその時、その天烈の背中に……ブスリと一本の槍が突き刺さったんだ。

「なっ……」

 頭上から飛んできたその槍は、天烈の背中から腹部までを貫いていた。
 そのオナカから大量の血があふれ出す。
 天烈は急所を突かれてしまったようで、あっという間にそのライフが尽きてしまい、断末魔のいななきを上げながら光の粒子となって消えていく。
 ゲ、ゲームオーバーだ。

「い、一体誰が……」

 頭上を見上げた僕は、くずれかけたミランダ城の本丸の屋根に1人の人物が立っているのを見たんだ。
 昇ってくる朝の太陽を背に受けて立つその人物を、僕は逆光の中で目を細めて見つめた。
 あ、あれは……。

「よう。モグラ野郎。久しぶりだな。しばらく見ないうちに随分ずいぶんとお仲間が増えたじゃねえか」

 そこに立っていた人物に僕は唖然あぜんとして一瞬言葉を失った。
 それはかつて僕の同僚だった男だ。

「リ、リード……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...