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最終章 月下の死闘

第13話 ミランダの足跡

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 ミランダがアニヒレート相手に闇狼ダーク・ウルフを操る横で、エマさんはこれまでの経緯を順を追って話してくれた。
 北の森での作戦が失敗に終わった後、エマさんは1人現地に留まり、行方ゆくえ不明のミランダとアリアナを探してくれていたんだ。
 そして北の森の川に流されてしまったミランダをエマさんが発見したのは、下流域の村だった。

 川原に漂着していた瀕死ひんしのミランダを救ったのは村はずれに住む老夫婦で、2人の手当ての甲斐かいあって、ミランダは一命を取り留めた。
 その村でミランダを発見したエマさんはすぐに神聖魔法で彼女を回復し、王都に連れ帰ろうとしたんだけど……。

「ミランダったら強情でね。王都には戻らないって言って聞かないのよ」

 このまま戻ったところでアナリンやアニヒレートには勝てない。
 そう考えたミランダはエマさんをなかおどすように、建造中のミランダ城への入り方を聞き出そうとしたそうだ。
 確かにエマさんは懺悔主党ザンゲストの中でも神様に近しくて、色々な情報を知っているけれど……。

「何でそのタイミングでミランダは急にそんなことを?」
「彼女は事前にこの城の特徴について知らされていたから、策を思いついたのよ」

 エマさんの話によると、この城にはミランダの能力を強化するための各種の工夫がなされている。
 そのうちの一つが今アニヒレート相手に戦っている闇狼ダーク・ウルフへの変化だった。
 さらに先ほど中庭でアナリンを相手に見せたように、この城の中ではミランダが有利に戦えるんだ。
 アナリンをここに引き込めば、勝機が見出みいだせる。
 ミランダはそこに着目したんだろう。

「実はその時点ではもうすでにミランダ城はほぼ完成していたの。後は実際に湖の上に建った時の外観と内装の細かいチェック、それに動作テストを数点試すだけの状態だったってわけ。もちろんロールアウト前だから、城の中に入ることはまだ出来なかったんだけどねぇ」

 なるほど。
 実際に湖上に城が建った時の景観とかをチェックするんだろうね。
 エマさんがそのことを仕方なく伝えるとミランダは先ほどの話の通り、エマさんをなかおどすようにして、ミランダ城への即時入城を求めたそうだ。

「ミランダは城の動作テストを自分が行うから、前倒しで中に入れろってうるさくて。でもわたしの権限じゃそんなことできないでしょう?」

 困ったエマさんはすぐにでも神様に連絡を取ろうとしたんだけど、アリアナも言っていたように北部地域は妨害電波による大規模な通信障害が発生しているためにそれも叶わず。

「そしたらミランダが変なつつを取り出したのよねぇ。天国の丘ヘヴンズ・ヒルに行った時にゾーランっていう悪魔がいたでしょ? 彼からもらった物らしいんだけど」

 ゾーラン。
 それは前回の出張時に僕らが出会った悪魔の名だ。
 彼はミランダとの一騎討ちに敗れて彼女の強さに心酔しんすいし、以降何かとミランダの力になってくれた。
 顔は悪魔だから怖いけど、とても好感の持てる人だったな。

「で、ミランダがそのつつを開けたら、中から煙が出てきて突然、リジーとかいう1人の女悪魔が現れたのよ」
「リジー……」

 その名前に僕はハッとした。
 それは北部で雪崩なだれに巻き込まれて遭難したアリアナを助け、ここまで連れてきてくれた女性の名前だ。
 女悪魔だったのか。
 ということはゾーランの知り合いなんだろうね。

「でもあの女悪魔、相当ヤバいわよ~」
「ヤバい?」

 首をかしげる僕にエマさんはヒソヒソ声で言う。

「まるでお伽噺とぎばなしに出てくるランプの魔神で、3つの願いを何でも叶えるって言うのよ」
「3つの願い?」
「ええ。ミランダがリジーに頼んだのは、アリアナの救出とその後の南部へ緊急搬送。そしてミランダ城への入場。アリアナの件はまだしも、ミランダ城への入城は絶対無理でしょって思ってたら、リジーはなぜだか知らないけど、ミランダ城への入城パスコードを知っていたのよ。彼女はミランダ城の建設予定地にミランダが立ってそれを入力すれば、まだロールアウト前の城内に入れるって言ったの」

 さすがにいぶかしんだエマさんだけど、リジーが願いを叶えるべく出かけていった後、ミランダはボス権限である本拠地への即時帰還能力を使って即座にやみ洞窟どうくつへと戻ったんだって。

「わたしも一緒に戻ってそれからすぐに洞窟どうくつを出たの。そしたら湖の真ん中に今までは無かったはずの中島が出来てたのね」
「ミランダ城の建設予定地だよね」

 このイベントが始まる前に高らかに築城宣言をしたミランダが言っていた場所だ。

「ええ。もちろんまだお城は建っていなくてただの更地さらちだったんだけどね。そこでミランダがメイン・システムを利用してリジーから聞いたパスコードを入力したら、その瞬間に私たちはこのお城の中に入城していたの。おどろいたわ。すべてリジーの言った通り。彼女いったい何者なのかしらねぇ」

 それは確かにおどろきだ。
 よそのゲームからやって来たNPCが、このゲーム内で開発中のプログラムについて重要なかぎを持っているなんて、どう考えてもおかしい。
 リジーという人の正体は分からないけれと、間違いなくただのNPCではない。
 でも彼女のおかげで事態が良い方向に向かい始めているのも事実だ。

「僕も天国の丘ヘヴンズ・ヒルでは会ったことのない知らない人だけど、アリアナを本当に助けてくれたから悪い人ではないんじゃないかな」
「見た目は派手で悪い女って感じだったけどねぇ。オニーサンなんか簡単に食べられちゃうわよ」

 見た目の派手さについてはあなたも人のことを言えませんけどね。
 そんな僕の内心を見透みすかす様にエマさんはニヤリと笑うと、僕のほほを軽くつねりながら言った。

「わたしはオニーサンのこと食べたりしないから心配しないで。まあオニーサンが食べて欲しいって言うならやぶさかではないけれど」
「ハ、ハハハ……そ、それはともかくやみ洞窟どうくつまで戻れたならその時に無事の一報をくれれば良かったのに」

 北部地域はジャミング電波の影響で連絡できなかったとはいえ、やみ洞窟どうくつのある中央地域なら連絡可能だったはずだ。
 僕の言葉にエマさんは少し申し訳なさそうに両手を合わせた。

「ごめんねぇ。わたしもそうしようと思ったんだけど、ミランダからキツく止められて」
「ミランダが?」
「ええ。今回、ミランダは自分が行方ゆくえ知れずになったのを逆手さかてに取って、隠密おんみつで動くことにしたのよ。アナリンを出し抜くためにね」

 南の海でガレー船が爆撃を受けたことや北の森にアナリンが現れたことを受けて、僕らの行動が何らかの方法で監視されているとミランダは考えていたようだ。
 だから自分の居場所を誰にも知らせずに陰で動いていたのか。

「まあ、そんなわけでわたしとミランダはこのお城の中に入ったんだけど、その時はまだロールアウト前だったからここは外部から完全に隔絶かくぜつされた世界だったの。外部と連絡が取れない代わりに外から見つけられる心配もないってわけ」

 なるほど。
 ミランダとエマさんは一時的にこの世界から完全に姿を消していたってことなんだね。

「でもお城に入って一番おどろいたのは……ミランダの寝室に王女様が寝ていらしたことよ」
「その時から王女様はここに?」
「ええ。我が主が保護した王女様をここにお連れしていたの」

 そうか。
 神様は王女様を絶対に見つからない場所に隠したと言った。
 その時点でのここは外部から隔絶かくぜつされた場所で、王女様を隠すのに最も適していたと言えるだろう。
 さすが神様だ……だけど。
 それでもミランダ城は今こうしてこのゲーム世界に姿を現し、さらにはアナリンの入城を許してしまっている。

「アナリンは今、城のどの辺りにいるの?」
「あの一番はしのモニターを見て。オニーサン」 

 僕はエマさんの指差す先、最もはしにあるモニターに目をやった。
 そのモニターはおそらく城内の様子が映し出されているんだけれど、その映像に僕の目は釘付くぎづけになる。
 そこには城内の通路をひた走るアナリンの姿が映し出されている。
 そんな彼女の前には多くの魔物たちが立ちはだかり、アナリンはそれを次々と黒狼牙こくろうがで斬り伏せて突き進んでいた。

「アナリン!」
「彼女が今進んでいるのが時間歪曲回廊わいきょくかいろうよ。ああして魔物を倒し続けながら遅くなった時間の中を進まなきゃならないの。なかなか意地悪な仕掛けでしょ?」

 魔物を斬り続けるアナリンは顔色ひとつ変えていない。
 そんなアナリンの前方に浮かび上がる人影がひとつ。
 空中に舞うそのボンヤリとした人影に僕は目をらした。
 その姿を僕は覚えている。

「カヤさんだ……」

 そう。
 それはマヤちゃんの祖母にして高名な時魔道士。
 少し前の桜の季節に僕が知り合ったカヤさんその人だった。
 ただしあの時と比べるとその姿の輪郭りんかくはおぼろげで、明らかに彼女がこの世の人ではないことがうかがえる。

「カヤさんはあそこに住み着いているのよ。おそらく彼女はあの苗木に宿る精霊になったのかもねぇ。オニーサンと離れている間、ミランダはあの回廊かいろうでカヤさんからこの城の使い方を習ったのよ」
「ミランダがカヤさんから?」

 あのミランダが誰かに教えをうなんて、にわかには信じられない。

「ミランダ城の基本的な使い方自体は城のチュートリアルコマンドですぐに覚えられるわ。でもカヤさんはより効果的な使用方法をミランダに教えたの」

 そう言うとエマさんはニヤリと笑みを浮かべた。

「オニーサンにも見せたかったわぁ。あのミランダが老婆ろうば相手に四苦八苦する様子を」

 エマさんの話によれば、時が十倍遅くなった回廊かいろうの中、12時間ほどの時間で120時間分もの訓練を行うことが出来たんだって。
 僕と離れている間にミランダにも色々なことがあったんだね。
 でも、さすがはミランダだ。
 北の森でアナリンに斬られて瀕死ひんしの重傷を負った時にはもうダメかと思ったけれど、やっぱりやみの魔女は転んでもただでは起きない。

「アナリンが時間歪曲回廊わいきょくかいろうから出てくるまでにはまだしばらく時間がかかるはずよ。その前にミランダがアニヒレートを倒してくれるといいんだけど……」

 少し不安げにそう言うエマさんにうなづいて僕は前方のモニターに目をやった。
 ミランダは闇狼ダーク・ウルフ形態のミランダ城を操作して、アニヒレートとの一進一退の攻防を続けている。

 闇狼ダーク・ウルフはアニヒレートの前脚による攻撃を受けてライフを減らしていたけれど、アニヒレートも闇狼ダーク・ウルフの牙やつめの攻撃で傷を負って体のあちこちから血を流している。
 そのライフはとうとう3万を切った。
 ミランダはエマさんと僕の会話も聞こえていないくらい集中しているようで、そのひたいに玉のような汗が浮いていた。
 自身の魔力でこの巨大な城を動かしている彼女にとってもキツイ戦いに違いない。

 がんばれミランダ。
 僕は拳を握りしめて彼女の勝利をいのる。
 そんな僕のとなりでエマさんはめずらしく困り顔で懸念けねんを口にした。

「でもアナリンがここに辿たどり着いた時、どちらにしろミランダ1人じゃ厳しいわね。この城を動かすのって彼女自身の魔力を相当消費するから、ヘトヘトになった状態でアナリンと戦うことになるかも」
「そ、それはマズイよ」
「オニーさん。ジェネットたちは?」

 そうたずねるエマさんに僕は自分の左手首を見せた。
 前回、天国の丘ヘヴンズ・ヒルで僕の身に起きたことはエマさんも知っている。
 だから彼女は僕の左手首に光る4つのアザを見てすぐに得心したように言った。

「なるほどね。ジェネット、アリアナ、ヴィクトリアにノアか。オニーサンってば女抱え込み過ぎでしょ」

 人聞きが悪い!

「でも、そっかぁ。それならアナリンが来たらオニーサンが戦うしかないわねぇ」
「う、うん」

 そうだ。
 エマさんの言う通り。
 ミランダは今、懸命に戦っている。
 僕だって戦わなきゃ。
 決然と口を引き結ぶ僕を見たエマさんはポンと両手を合わせた。

「よし。じゃあ私たちは今のうちに出来ることをしちゃいましょうか」
「出来ること?」

 そう言うとエマさんは僕の手を取り、ミランダが座る玉座のすぐ後ろに座り込んだ。
 つられて僕もそこにしゃがみ込む。

「エマさん?」
「景気付けに今からここでイイことしましょ。ミランダに見られたらちょっとマズいこと」
「は、はあっ? こ、こんな時に何を……」
「いいからいいから」

 そう言うとエマさんはいきなり僕に身を預けるようにして抱きついてきた。
 甘い香りが鼻腔びこうをくすぐり、僕は自分の心臓が早鐘はやがねを打つのを感じて声を上ずらせた。

「エ、エマさん? こ、こんなことをしている場合じゃ……」
「前にもしたことあったでしょ? 忘れたの? 悪いオニーサン」

 ま、前?
 前に何か悪いことしましたっけ?
 いや、断じてしていないはず……だよな?

「そんなオニーサンはこうよ」
「ひえっ!」

 エマさんはその場に僕をドンッと押し倒すと、一気に僕の上にのしかかってきたんだ。
 僕は気が動転して目を白黒させながら、エマさんの体を妙に熱く感じていた。

 こ、こんなこと……こんなことしている場合じゃないのにぃぃぃぃぃ!
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