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第二章 リモート・ミッション・β

第7話 獣人老魔術師

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 入り込んだ潜水艇の中には白煙が朦々もうもうと立ち込めていた。
 ジェネットが投げ込んだ煙幕のせいで1メートル先も見通せないような状況だし、口をふさいでいないとき込んでしまいそうだ。

目眩めくらましです。このすきにアナリンを……」

 そう言いかけたジェネットがいきなり体を180度反転させて徴悪杖アストレアを構える。
 途端とたんに煙を切り裂くように前方から刃物が振り下ろされ、ジェネットはそれを徴悪杖アストレアで受け止めた。
 鋭い金属音が響き渡る。
 アナリンが襲いかかってきたんだ。

 白煙で視界が利かない状況だというのに、その鋭い斬撃は立て続けにジェネットを襲う。
 ジェネットはたくみに徴悪杖アストレアでこれをさばく。
 どうやら今、僕らがいる場所は天井が低く、壁に挟まれた左右の幅はあまり広くないようだ。
 せまい場所であることを感じ取り、ジェネットは最小限のつえの動きで防御に徹していた。
 それは相手も同じことのようで、長い刀ではなく短刀での攻撃に終始している。
 おそらくあの脇差し・腹切丸はらきりまるだろう。

 徐々に白煙が晴れてきて、ようやく辺りをハッキリと見通せるようになった。
 低い天井には多くの配管が通り、さらに狭苦しさを演出している。
 そして左右両側を壁にはさまれた通路の幅は1メートルもなく、人が横に2人並んでは歩けないほどだ。
 ここではアナリンも刀は使いにくいはず。
 有利に戦えるぞ。

 そう思った僕は前方に見えてきたアナリンの様子に目を見張った。
 彼女はその目に暗視ゴーグルのようなものをかけている。
 もしかしたらあれで視界の悪い中でも僕らが見えていたのか?
 だとしたら随分ずいぶんと用意周到だ。
 僕がそんなことを思っていると、ジェネットは視線を前方に向けたまま、ささやくように言った。

「あれがアナリンですか?」
「うん。間違いないよ」

 事前の打ち合わせでアナリンの映像を見ていたジェネットだけど、実際に本人を目の前にするのはこれが初めてだ。
 ジェネットはどこか腑に落ちないような顔をしている。
 用心深い彼女の、何か引っかかることがある時の顔だ。

 一体何が……?
 そう思ったその時、上の方でガチャンと何かが閉まるような音が二度三度と響いた。
 そして船が下へ下へとしずみ始める感覚が身を包む。

「船が……しずみ始めてる!」

 出入口のふたはさっきジェネットが壊した。
 このまま船がしずめば浸水してしまう。
 そう思った僕だけど、そこで前方にたたずむアナリンが口元にいびつな笑みを浮かべた。
 その表情を見た僕は、胸に何かが引っかかるのを感じた。

 何だ?
 この違和感は……。

「この船の出入口には二重三重の密閉とびらが備えられている。上蓋うわぶたを失ったくらいでは、潜水に支障はない」

 アナリンの口から出たその声に僕は面食らってしまった。
 それはあのりんとしたサムライ少女の声とは似ても似つかない、しわがれた男性の声だったんだ。
 それを聞いたジェネットはようやく合点がいったというようにフッと息を吐いた。

「どうにもおかしいと思ったのですよ。アリアナやヴィクトリアを圧倒した相手にしては、刀さばきに重圧を感じませんでしたから。あなたは何者ですか?」

 そうか。
 ジェネットが怪訝けげんな表情していたのは、アナリンの攻撃力が予想していたものとは違って、肩透かたすかしを食ったからだ。
 ジェネットの問いにアナリンはその場で深々と頭を下げた。

「さすが光の聖女殿。すぐに看破されるとはお見事。姿かたちは似せられど、刀さばきは専門外なのでな」

 そう言うアナリンの姿が見る見るうちに変わっていき、そこに現れたのは灰色のローブを身にまとった1人の老人男性だった。
 へ、変身魔法だ。

「お初にお目にかかる。我が名はカイル。見ての通り、獣人猫族だ」

 そう。
 そう言った彼は僕たち人間とは違う、獣人の猫族だった。
 犬族のアビーとは違い、猫族特有の鋭い目つきをしている。

「アナリンの仲間ですね」
「仲間などと恐れ多い。私はアナリン様の下僕に過ぎぬ」
 
 猫顔の老人は穏やかな声でそう言った。
 ただしその眼光だけは油断のない鋭さをたたえている。
 ジェネットは懲悪杖アストレアの先端をカイルに突きつけ、冷静さの中にも厳しい声音で問いかける。

「答えなさい。アナリンと王はどこですか?」
「アナリン様はここにはおらぬ。だがそなたらの王は……いや、これは答える義理はないな。真実を知りたくばこの船内をくまなく探してみるが良い。ただし、命の保証はしないがな」

 そう言ったカイルは一瞬で足元から床の中にしずみ込んで消えた。

「き、消えた……どこに行ったんだ?」

 困惑する僕にジェネットは周囲を警戒しつつ言う。

「どうやらあの老人は魔術師のたぐいのようですね。この船内にも数々の仕掛けがしてあると見るべきです。ここは敵陣の真っただ中。危険な状態ですね」

 そう言うジェネットの言葉に僕は緊張で身を強張こわばらせる。
 でも、それを承知で僕らはここに乗り込んで来たんだ。
 覚悟を決める僕は心の中で念じて神様に話しかけた。

【神様。この状況を見ていますか?】 
【無論だ。敵の腹の中にまんまと入り込んだな】
【はい。でも危険な状況です。何かアドバイスをいただけませんか?】
【ジェネットに伝えろ。スキルの入れ替えと第5スキルの発動を許可する、と】

 ……どういうことだ?
 第5スキル?
 僕は神様の言葉が良く分からず内心で首をひねったけれど、とにかくその言葉をそのままジェネットに伝えた。
 すると彼女は一瞬、おどろいた顔を見せたけど、すぐにその表情が不敵な笑みに変わっていく。

「承知いたしました」
「ジェネット。新しいスキルって?」
「以前から我が主が開発者して下さっていた新たな攻撃スキルです。私にはミランダのように敵を一撃でほうむり去るような魔法はありませんから、真の強敵と1対1で戦う際には力不足だと前々から感じていたのです」

 ミランダやジェネットを見てきて僕にも少しだけ分かるようになってきたんだけど、強さにも色々ある。
 その中でもミランダは一騎打ちで敵を倒すことに特化した一点突破的な強さがあり、ジェネットは大勢を相手に1人で戦っても負けずに戦局を保ち続ける総合的な強さがある。
 それぞれの強さがその時の戦局にマッチするかどうかはケース・バイ・ケースだけど。

「前回、天国の丘ヘヴンズ・ヒルで痛感したんです。私にはミランダのようにあの天使長イザベラ様を1人で打ち倒す力はないと。だからそれを補う新スキルの開発を我が主にお願いしたのです」

 確かにミランダは前回、『小魔女謝肉祭リトルウィッチ・カーニバル』という新スキルを駆使して、天使たちのリーダーであるイザベラさんに勝利した。
 元々、死神の接吻デモンズ・キッスという強力な即死魔法を持っていたミランダは、1対1の戦いにおいてさらに強くなったと言えるだろう。

「ジェネットはミランダに負けないくらい強いと思うけど、もっと強くなりたいんだね」
「ええ。いついかなる時でも大切な人々を守れるよう、進歩し続けなければ」

 そう言うとジェネットは僕の頭をやさしくでてくれた。
 大切な人々……ジェネットのことだから、きっとその中には僕のこともふくめてくれてるんだろう。
 な、何だか照れるな。

「どのみちこの場所では断罪の矢パニッシュメントは使えません。船に損傷を与えてしまうので。我が主の調整が終わり次第、断罪の矢パニッシュメントの代わりに上位スキルとしてその新スキルを実装する予定です」

 そう言うとジェネットは徴悪杖アストレアを手に用心深く歩を進めていく。
 せま苦しい潜水艇内の通路は閉塞感へいそくかんもあって、いつどこから敵が襲ってくるか分からないという緊張感をより強く感じさせる。
 緊張で身が強張こわばる僕とは対照的に、ジェネットは落ち着いていた。

「とにかく早く王様を見つけ出さなくては」
「ごめんねジェネット。僕、あまり役に立たなくて」

 今の僕はジェネットの胸元というありがたいポジションに収まってるだけの、おかざりも同然だ。
 だけどジェネットは首を横に振る。

「そんなことありませんよ。私が傷ついた時には回復魔法をお願いしますね」
「うん。任せてよ」
「それに私とてこのような場所にたった1人だったとしたら心細いものです。アル様がこうしておそばにいて下さるだけで百人力なんですよ」

 そう言うとジェネットははにかんだ。
 むぅ……いつもながらジェネットは最高にかわいい。
 いや、いかんいかん。
 ここは敵地の真っただ中なんだ。
 ジェネットのかわいさに幸せを感じている場合ではない。

 そう自戒じかいしつつ僕は通路の先に目をらした。
 せめて監視役を務めなくては。

 潜水艇の中はゴウンゴウンと低くうなるような駆動音が鳴り続けている。
 赤色の電灯が通路を照らし出す様子はどうにも不気味だった。
 僕は今にも通路の先から敵が襲いかかって来るんじゃないかとビクビクしてしまう。
 ジェネットは慎重に歩を進めながら声を潜めて言った。

「人の気配がしません。もしかしたら私たちは先ほどのカイルという男にここに誘い込まれたのかもしれません」
「アナリンも王様もここにはいないってことなのかな?」
「分かりませんがその可能性も十分にあります。ですがこうなった以上、あせれば敵の思うツボです。とにかくあのカイルを倒せば、ゲームオーバーとなった彼のキャラクター・プログラムは強制的に運営本部に送られます。そこで尋問じんもんを受けることになり、色々とアナリンの情報が得られるでしょう」

 今はカイルを倒すことに集中するってことだね。
 だけどひとつ心配なことがある。

「あの人、変身魔法が得意みたいだね。見た目では分からないほどアナリン本人にそっくりだった。もしあの人が王様に変身していても僕は見分けがつかないと思う」
「確かにそうですね。王になりすまして、私たちが助けに近付いたところを刃物でグサリとやられるかもしれません」

 それは怖いけど、決してありえない話じゃない。
 僕がそんな不安を感じていると、不意に神様からメッセージが届いた。

【その点は案ずるな。王のキャラクターIDを照合できるよう、ジェネットのメイン・システムに照合プログラムを今すぐインストールする。インストールが完了すれば、ジェネットがその目で見るだけで本物の王かどうか判別できるぞ】

 さすが神様。
 対処が早い。
 今回も神様のバックアップは迅速じんそくで的確だった。
 神様からのメッセージを僕と共有したジェネットは、遠い王都で待つ神様に感謝の意を示した。
 
 その時、唐突に船内に声が響き渡る。
 どうやらそれは船内放送のようだった。

『海中の旅はお楽しみいただけているかね。聖女殿』

 それは先ほど床下へと消えていった獣人カイルの声だった。
 ジェネットは立ち止まり、その声に耳を傾ける。

『せっかくご乗船いただいたのだから、楽しんでもらおうと思ってほんの余興よきょうを用意させてもらった。喜んでいただけたら幸いだ』

 その放送が終わると同時に、通路の先の突き当たりの角から、わらわらと何人もの人影がこちらに近付いて来るのが見えた。
 
「て、敵だ!」

 ジェネットは懲悪杖アストレアを構えて臨戦態勢を取る。
 役に立たないかもしれないけれど、僕も金環杖サキエルを構えた。
 だけどそこでジェネットの体がわずかにビクッと震えたんだ。

「なっ……」

 めすらしくジェネットが動揺に上ずった声を上げる。
 どうしたんだ?
 そこで前方に目を向けた僕も彼女と同様にすっとんきょうな声を上げてしまった。

「ええええっ?」
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