上 下
71 / 71
エピローグ

後編 狭いながらも楽しい我が家

しおりを挟む
「私よ。響詩郎きょうしろう。そのまま聞きなさい」

 シャワールームのりガラスの扉の向こうから聞こえるそれは雷奈らいなの声だった。

「あ、ああ」

 ちょうど雷奈らいなと子鬼のことを考えていた時に当の本人が現れたことで響詩郎きょうしろうは思わず動揺して上擦った声をらす。
 雷奈らいなは神妙な口調で詫びた。

「……お見舞い。行けなくてごめんね」
「いいさ。子鬼の件で忙しかったんだろ。そっちこそ大変だったな」
 
 子鬼の件についてはすでに雷奈らいなから連絡を受けて詳細まで知っていた。

【鬼巫女みこが体内に持つ悪路王あくろおうの核に響詩郎きょうしろうの霊力が蓄積され、それが核に変化を与えて新たな憑物つきものが生まれた】

 それが雷奈らいなからの最初のメールの内容だった。
 何のことだか分からずに響詩郎きょうしろうが電話をかけると雷奈らいなが事情を説明してくれたのだった。

 鬼巫女みこの体内には悪路王あくろおうを宿しておくための核が存在する。
 鬼留おにどめ神社が雷奈らいなの核を調査した結果、相当量の霊気が核の内部に残留していたという。
 分析の結果、その霊気の主は響詩郎きょうしろうであると判明したのだ。
 その原因は度重なる霊力分与によって滞留した霊気が排出されずに長期間核に付着したままだったからだと推察された。

「私は響詩郎きょうしろうの結んでくれた契約で悪路王あくろおう顕現けんげんできるけど、本来の鬼巫女みこはこの核に霊力を送り込んで悪路王あくろおう顕現けんげんするの」

 雷奈らいなはそう言った。
 普段、彼女の霊力が送り込まれることのないその核に、響詩郎きょうしろうの霊力が大量に送り込まれたため、核が誤反応を起こして新たな憑物つきものが生まれてしまったのだという。
 要するに規格外に霊力の少ない鬼巫女みこである雷奈らいなの体に、規格外に霊力の多い響詩郎きょうしろうが霊気を送り込んだがために起きた非常に稀有けうな事象であったと結論に至ったのだった。

 だが問題は今後のことだ。
 雷奈らいなは10日に一度の霊底の日に響詩郎きょうしろうからの霊力分与を受けなければならない。
 そのたびに毎回子鬼を身ごもっていたのでは負担が大きい。
 そのことを考え、響詩郎きょうしろうは考え込んでしまう。
 なぜなら今日がちょうど雷奈らいなの霊底の日なのだ。

「今日の霊力分与。どうするか……」

 眉間にシワを寄せてそう言う響詩郎きょうしろうだったが、雷奈らいなはあっさりと言葉を返した。

「やるしかないでしょ。今日やらないと私やばいんだから」
「そりゃそうだが……」
「別にいいわよ。確かにオナカ痛かったし苦しかったけど、あの子がいてくれたから私たち助かったんだし。1人産んだら2人も3人も同じよ」

 そう言うと雷奈らいなはポンッと自分の腹を叩いてみせる。
 そのあっけらかんとした声の調子に響詩郎きょうしろうは拍子抜けしてしまう。

「お、おまえきもが太すぎるぞ」
「まあ、私たちの今後の課題ね。うちの神社でも子鬼の調査を続けるみたいだから、いずれ色々分かってくるわよ。ってことで、さっさとシャワーを終わらせなさい。あと霊力分与の時は白雪のやつを追い出さないと。あんな声を聞かれてたまるもんですか」

 そう言った雷奈らいなの背後にふいに白雪が立った。 

「私、出て行きませんわよ」

 さも当然というようにそう言う白雪に雷奈らいなは憤慨して振り返り、魔界の姫の鼻先に人差し指を突きつけた。

「あんたね。図々しいにもほどがあるわよ。他人の治療中は遠慮して病室から出ていくものでしょう?」

 だが白雪は突きつけられた指先をそっと手で押し返すと、疑惑の眼差まなざしを雷奈らいなに向けた。

「治療? そんなこと言っても私は知っていますわよ。響詩郎きょうしろうさまからの霊力分与を受けてあなたが破廉恥はれんちな声を上げてもだえ狂っていたことを」
「なっ……」

 思わぬ反撃に雷奈らいなは言葉を失い、その顔はあっという間に紅潮する。
 盗聴行為を行っていた紫水しすいを経由して白雪にも霊力分与時の雷奈らいなの痴態が伝わっていたのだ。
 鬼の首を取ったように白雪は俄然がぜん雷奈らいなを責め立てる。

「あなたが恥知らずにも発情して響詩郎きょうしろうさまに襲いかからないとも限りませんから、私は
響詩郎きょうしろうさまの身の安全のためにも見張り役として立ち会わせていただきます」
「だ、誰がそんなことするか!」

 怒声を上げる雷奈らいなを無視し、白雪はシャワールームの扉に張り付くようにして響詩郎きょうしろうに甘い声音で懇願した。

響詩郎きょうしろうさま。よろしいですわよね? この白雪のお願いです。どうかお聞き入れ下さいまし」

 中からは響詩郎きょうしろうの困惑した声が帰ってくる。

「い、いや。そんなこと言われても。というか、シャワー終わってからにしてくれよ!」

 これに苛立いらだって雷奈らいなはシャワールームの扉を乱暴にバンバン叩く。

「こんなワガママ姫の言うことにイチイチ付き合ってたらキリがないわよ! ハッキリ断りなさい! 響詩郎きょうしろう! バシッと言ってやれ!」
「お黙りなさい。ガサツで野蛮な鬼娘」
「うるっさい! だいたいこんなところまで入ってくるなんて、お育ちが悪いんじゃないの? お姫さま」

 だが白雪は涼しい顔で雷奈らいなと向こうを張ってみせる。

響詩郎きょうしろうさまの浴室前で待ち構えている、はしたないあなたに言われたくないですわね」
「待ち構えてないわよ!」

 怒声を上げる雷奈らいなを白雪はジロリとにらんだ。
 怒鳴り合う少女らから扉一枚挟んだ浴室内の響詩郎きょうしろうは、困り果てた顔で少女らに声をかける。

「と、とりあえずそこから出てくれないか? 服も着られないんで」

 その声に雷奈らいなは我に返り、白雪を脱衣所から押し出そうとした。

「ほら。もう行くわよ」

 白雪は仕方なしというふうにうなづくと、浴室の中の響詩郎きょうしろうに声をかけた。

響詩郎きょうしろうさま。ご夕食の用意が出来ておりますので、お着替えがお済みになられましたら食卓へいらして下さいね。この白雪が腕によりをかけましたのよ」

 そう言う白雪の隣で雷奈らいなはふてくされたように口をとがらせた。

「なに家庭的アピールしてんだか。言っとくけど響詩郎きょうしろうは自分で夕飯作れるんだから余計なことしなくてもいいのよ」

 そっぽを向いたままそう言う雷奈らいなに白雪は冷ややかな笑みを向ける。

「ああ。雷奈らいなさん。ついでに夕食作っておきましたけど、食べます?」
「ついで……ね。どうでもいいけどさっさと出なさいよ」

 折れた左腕を包帯で吊ったまま雷奈らいなは白雪の背中を押す。

「あまり触れないでいただけます? この身に触れていいのは響詩郎きょうしろうさまだけです」

 そう言うと白雪は雷奈らいなを押し返そうとする。
 2人は無言でにらみ合い、やがて互いに押し合いへし合いし始めると、それが徐々にヒートアップしてつかみ合いになった。
 そうしてもみ合ううちに二人は思わず体勢を崩し、そのはずみで浴室の扉を押し開けてシャワールームへとなだれ込んでしまう。

「イタッ! ちょっと何するのよ……」
「そちらこそ……」

 湯気でけむるシャワールーム内には当然、全裸の響詩郎きょうしろうが呆けた顔で立ち尽くしている。

「なっ……」

 そう言ったきり言葉を失ったまま、響詩郎きょうしろうは青ざめた顔で2人を見下ろした。
 対照的に女子2人は顔を赤らめる。

「きょ、響詩郎きょうしろう……」
響詩郎きょうしろうさま……」

 ハッと我に返った響詩郎きょうしろうが風呂桶で股間を隠しながら怒りの声を上げた。

「こ、こるぁぁぁぁぁ!」

 思わず気が動転して雷奈らいなはワケの分からないことを口走る。

「な、ななな、何で全裸なのよ!」
「服着て風呂に入る馬鹿がいるか!」

 白雪は雷奈らいなを押しのけてズイッと前に出ると、興奮の眼差まなざしを響詩郎きょうしろうに向けてまくし立てる。

「せ、せせせ……せっかくですからお背中お流ししますわ!」
「いや、もう洗い終わっとるわ!」

 うろたえる響詩郎きょうしろうに迫る白雪の肩に手を置いて雷奈らいながそれを引き止める。

「コラッ! どさくさに紛れて何やってんのよアンタ!」

 そう怒鳴りつける雷奈らいなに、白雪は思わず上ずった声を上げた。

雷奈らいなさんが強引に突入するからこんなことになったんですのよ!」
「私のせいにすんな!」
「だまらっしゃい! どうせ今夜も治療にかこつけてメスネコみたいな鳴き声を上げて響詩郎きょうしろうさまに近づくくせに」
「だ、誰がメスネコだ! この白髪女!」

 いつまでも続いていきそうな不毛な言い争いに、響詩郎きょうしろうは血管が切れるのではないかと思うほど顔を紅潮させて抗議の声を上げるのだった。

「いいから早く出てけぇ!」

☆ ★ ☆ 
 
 バスハウスの数ブロック先にある廃ビルでは、紫水しすいが盗聴器から聞こえてくる3人のやりとりを呆れた様子で聞いていた。
 一族の制止を振り切って人間界に身を置くことになった姫君を護衛および監視する役目を負う彼女は、3人の騒ぎを馬鹿馬鹿しく思いながらも、この平穏な状況を内心では歓迎していた。

「つい先日、命がけの修羅場にいたことが嘘のような平和さだな」

 そう言うと紫水しすいは任務中であるにも関わらず大きなあくびをするのだった。 

 今日も日が暮れていく。 
 いつものように妖魔らが跳梁跋扈ちょうりょうばっこする夜が幕を開ける中、人と妖魔の入り乱れた乱痴気らんちき騒ぎは朝まで続いていくのだった。

《完》

*前日譚です。
『オニカノZERO』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/540294390/520478342
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...