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エピローグ
前編 帰ってきた響詩郎
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夕暮れ時のバスハウス。
退院した響詩郎が6日ぶりに帰宅すると、大破していたはずのバスハウスはすっかり元通りの姿を取り戻していた。
雷奈は今回の依頼を完遂させて得た報酬の一部で、破壊されたバスハウスの修理を行っていたのだ。
あれだけメチャクチャになった室内をよく数日で元に戻せたと思ったが、どうやら思わぬ助っ人があったようだった。
響詩郎が扉を開けて室内に入ると、雷奈ではなく別の女性が彼を出迎えた。
「おかえりさないませ。響詩郎さま。ご退院おめでとうございます。まずはお風呂でもいかがですか? 今、お食事のご用意をしておりますので」
そこには薄桃色のエプロン姿の風弓白雪が膝をつき、三つ指を立てて待っていた。
にこやかにそう言う白雪に響詩郎はぎこちなく返事をした。
「あ、ああ。ただいま。と、とりあえずシャワーでも浴びようかな」
日没を控え、バスハウスの中には白雪が用意した夕食のいい香りが立ち込めている。
白雪は魔界から人を呼び寄せてこのバスハウスの修理と改造を格安で行った。
そのため、内部は以前と若干変わっている。
1階部分に響詩郎の部屋、そして居間やキッチン、シャワールームなどの居住空間があり、2階部分は白雪と雷奈の部屋に二分されていた。
そう。
白雪もこのバスハウスに住むことを決めたのだ。
そんなことは雷奈が一番に反対しそうなことだったが、白雪によって二度も命を救われた借りがあるため、彼女も白雪の意向を飲むしかなかったらしい。
「だ、だけど魔界の姫さまが住むにはここは狭すぎるんじゃないのか?」
そう言う響詩郎にも、白雪は満面の笑みを返した。
「響詩郎さまのおそばにいられるなら、そこが私にとっては何よりの宮殿ですわ」
淀みのない口調でそう言う白雪に、響詩郎は訝しげな表情を浮かべておずおずと口を開く。
「……なぁ。白雪。おまえには今回本当に助けられたし感謝もしてるが、だからと言って俺がおまえの……その、お、夫になって風弓一族に入るなんて無理だぞ?」
その響詩郎の言葉にも白雪は笑みを崩さない。
「ふふふ。でもこれからしばらくの間、私をおそばに置いてくださるお約束でしょう?」
「そ、それはまぁ……」
「それならば響詩郎さまを私に夢中にさせるチャンスもありますわ」
そう言って白雪は片目をつぶって見せた。
その仕草があまりにも可憐で、響詩郎は思わず頬を赤らめて視線をそらしながら話もそらす。
「そ、そうか。ところで雷奈は?」
「さぁ……先ほどまではいらしたんですが、そういえば姿が見えませんね。でもすぐに戻っていらっしゃるでしょう。それよりシャワーを浴びていらしてください。バスタオルは後ほどお持ちいたしますから」
雷奈の話にはまるで無関心な様子で素っ気なくそう言う白雪に、響詩郎は苦笑いを浮かべるとシャワールームに入っていった。
海上でオロチと戦ったあの夜。
蘇生した響詩郎は趙香桃の紹介によって優れた魔界の医師を紹介され、その治療のために魔界の病院に入院した。
その甲斐あって体調はすぐに元に戻り、本日めでたく退院となったのだった。
熱いシャワーを頭から浴びながら響詩郎はこの数日間の入院生活を思い返していた。
彼の入院していた病院には趙香桃が一度、ルイランと弥生は二度、白雪は一日も欠かさず見舞いに訪れていた。
来なかったのは紫水と、そして雷奈だけだった。
まず、響詩郎は香桃から事件の顛末を聞かされた。
薬王院ヒミカは死に、その身柄が警察に引き渡されることはなかった。
このことは響詩郎と雷奈にとって大きな問題だった。
戦いの中で子鬼の力をもってヒミカの罪科換金額を借り入れたのだが、容疑者を警察に引き渡さなければ罪科換金額は振り込まれない。
借入額は500万イービルを越える大金であり、これがまるまる借金として残ってしまうと聞いたときには響詩郎も青ざめた。
だが、警察から依頼されたAランクの仕事の報酬が当初の金額から数倍に膨れ上がったのが不幸中の幸いだった。
当初は密航の手引きをしているヒミカを捕まえることが目的だったが、そのヒミカがオロチというとんでもない蛇神復活を目論んでいたことを突き止め、それを阻止した。
警察への香桃からの強い働きかけもあって、このことが高く評価された。
その報酬はかなりの額に登り、これと引き換えに膨大な借入額を相殺することが出来たのだ。
ただ、弥生やルイランへの支払いなどの諸経費やバスハウスの修繕費用などを含めると、その報酬もまったくといっていいほど手元に残らず、大変な苦労にもかかわらずほとんどタダ働きのようになってしまった。
雷奈はそのことを怒っていたが、響詩郎は命が助かったことと借金が残らなかったことに胸を撫で下ろしたのだった。
また、船上で捕縛されていた結界士の倫もそのまま逮捕された。
これで今回の事件では倫、サバド、フリッガーの3人が逮捕され、死亡した薬王院ヒミカと幻術士のヨンスは容疑者死亡のまま書類送検となった。
また、警察内部の内通者については香桃がきっちりと割り出して、あえなく御用となったとのことだった。
これでこの件はようやく一件落着となった。
「まあ実際よく生き残ったよなぁ。一回死んだけど」
そう言うと響詩郎は湯煙の中で自分の体をマジマジと見つめた。
自分ではまったく記憶がないのだが、船上でオロチに殺された彼に白雪が転生の術をかけたことにより、一時的に妖魔に転生したという。
翼が生えるなどの肉体の変化や、ヒミカを葬り去った新たな能力の発現。
結果として転生術自体は失敗に終わり響詩郎は人間に戻ったのだが、それがなければあの戦いを乗り切れなかっただろうと、あの場にいた全員が口を揃えてそう言っていた。
白雪は見舞いの席で深々と頭を下げて、勝手に転生術を施したことを響詩郎に詫びた。
だが、彼は逆に白雪に礼を言った。
それがなければ自分はあのまま死んでいただろう、と。
あれで一時的にでも命を繋いだことが、その後の子鬼による蘇生術での回復へと繋がったのだから。
一方、響詩郎が入院している間、雷奈は近隣の県にある鬼留神社の関連施設に入所していた。
子鬼を生み出すこととなった彼女の体を検査するためだ。
響詩郎の見舞いに彼女が姿を現さなかったのはそうした理由からだった。
雷奈の体にどうして子鬼が宿ったのか。
子鬼がなぜ響詩郎と同じ断罪の能力を持っていたのか。
そして響詩郎が心肺停止状態だった間、子鬼を通して雷奈たちの戦いの様子を記憶していたこと。
そうした現象の原因は、鬼留神社の解析によってある程度推察が進み、その事は響詩郎も数日前の入院中に雷奈から電話によって告げられていた。
「子鬼か……」
そう呟いたその時、シャワールームの扉を叩く音が聞こえて響詩郎はシャワーを止めた。
「私よ。響詩郎。そのまま聞きなさい」
シャワールームの擦りガラスの扉の向こうから聞こえるそれは雷奈の声だった。
退院した響詩郎が6日ぶりに帰宅すると、大破していたはずのバスハウスはすっかり元通りの姿を取り戻していた。
雷奈は今回の依頼を完遂させて得た報酬の一部で、破壊されたバスハウスの修理を行っていたのだ。
あれだけメチャクチャになった室内をよく数日で元に戻せたと思ったが、どうやら思わぬ助っ人があったようだった。
響詩郎が扉を開けて室内に入ると、雷奈ではなく別の女性が彼を出迎えた。
「おかえりさないませ。響詩郎さま。ご退院おめでとうございます。まずはお風呂でもいかがですか? 今、お食事のご用意をしておりますので」
そこには薄桃色のエプロン姿の風弓白雪が膝をつき、三つ指を立てて待っていた。
にこやかにそう言う白雪に響詩郎はぎこちなく返事をした。
「あ、ああ。ただいま。と、とりあえずシャワーでも浴びようかな」
日没を控え、バスハウスの中には白雪が用意した夕食のいい香りが立ち込めている。
白雪は魔界から人を呼び寄せてこのバスハウスの修理と改造を格安で行った。
そのため、内部は以前と若干変わっている。
1階部分に響詩郎の部屋、そして居間やキッチン、シャワールームなどの居住空間があり、2階部分は白雪と雷奈の部屋に二分されていた。
そう。
白雪もこのバスハウスに住むことを決めたのだ。
そんなことは雷奈が一番に反対しそうなことだったが、白雪によって二度も命を救われた借りがあるため、彼女も白雪の意向を飲むしかなかったらしい。
「だ、だけど魔界の姫さまが住むにはここは狭すぎるんじゃないのか?」
そう言う響詩郎にも、白雪は満面の笑みを返した。
「響詩郎さまのおそばにいられるなら、そこが私にとっては何よりの宮殿ですわ」
淀みのない口調でそう言う白雪に、響詩郎は訝しげな表情を浮かべておずおずと口を開く。
「……なぁ。白雪。おまえには今回本当に助けられたし感謝もしてるが、だからと言って俺がおまえの……その、お、夫になって風弓一族に入るなんて無理だぞ?」
その響詩郎の言葉にも白雪は笑みを崩さない。
「ふふふ。でもこれからしばらくの間、私をおそばに置いてくださるお約束でしょう?」
「そ、それはまぁ……」
「それならば響詩郎さまを私に夢中にさせるチャンスもありますわ」
そう言って白雪は片目をつぶって見せた。
その仕草があまりにも可憐で、響詩郎は思わず頬を赤らめて視線をそらしながら話もそらす。
「そ、そうか。ところで雷奈は?」
「さぁ……先ほどまではいらしたんですが、そういえば姿が見えませんね。でもすぐに戻っていらっしゃるでしょう。それよりシャワーを浴びていらしてください。バスタオルは後ほどお持ちいたしますから」
雷奈の話にはまるで無関心な様子で素っ気なくそう言う白雪に、響詩郎は苦笑いを浮かべるとシャワールームに入っていった。
海上でオロチと戦ったあの夜。
蘇生した響詩郎は趙香桃の紹介によって優れた魔界の医師を紹介され、その治療のために魔界の病院に入院した。
その甲斐あって体調はすぐに元に戻り、本日めでたく退院となったのだった。
熱いシャワーを頭から浴びながら響詩郎はこの数日間の入院生活を思い返していた。
彼の入院していた病院には趙香桃が一度、ルイランと弥生は二度、白雪は一日も欠かさず見舞いに訪れていた。
来なかったのは紫水と、そして雷奈だけだった。
まず、響詩郎は香桃から事件の顛末を聞かされた。
薬王院ヒミカは死に、その身柄が警察に引き渡されることはなかった。
このことは響詩郎と雷奈にとって大きな問題だった。
戦いの中で子鬼の力をもってヒミカの罪科換金額を借り入れたのだが、容疑者を警察に引き渡さなければ罪科換金額は振り込まれない。
借入額は500万イービルを越える大金であり、これがまるまる借金として残ってしまうと聞いたときには響詩郎も青ざめた。
だが、警察から依頼されたAランクの仕事の報酬が当初の金額から数倍に膨れ上がったのが不幸中の幸いだった。
当初は密航の手引きをしているヒミカを捕まえることが目的だったが、そのヒミカがオロチというとんでもない蛇神復活を目論んでいたことを突き止め、それを阻止した。
警察への香桃からの強い働きかけもあって、このことが高く評価された。
その報酬はかなりの額に登り、これと引き換えに膨大な借入額を相殺することが出来たのだ。
ただ、弥生やルイランへの支払いなどの諸経費やバスハウスの修繕費用などを含めると、その報酬もまったくといっていいほど手元に残らず、大変な苦労にもかかわらずほとんどタダ働きのようになってしまった。
雷奈はそのことを怒っていたが、響詩郎は命が助かったことと借金が残らなかったことに胸を撫で下ろしたのだった。
また、船上で捕縛されていた結界士の倫もそのまま逮捕された。
これで今回の事件では倫、サバド、フリッガーの3人が逮捕され、死亡した薬王院ヒミカと幻術士のヨンスは容疑者死亡のまま書類送検となった。
また、警察内部の内通者については香桃がきっちりと割り出して、あえなく御用となったとのことだった。
これでこの件はようやく一件落着となった。
「まあ実際よく生き残ったよなぁ。一回死んだけど」
そう言うと響詩郎は湯煙の中で自分の体をマジマジと見つめた。
自分ではまったく記憶がないのだが、船上でオロチに殺された彼に白雪が転生の術をかけたことにより、一時的に妖魔に転生したという。
翼が生えるなどの肉体の変化や、ヒミカを葬り去った新たな能力の発現。
結果として転生術自体は失敗に終わり響詩郎は人間に戻ったのだが、それがなければあの戦いを乗り切れなかっただろうと、あの場にいた全員が口を揃えてそう言っていた。
白雪は見舞いの席で深々と頭を下げて、勝手に転生術を施したことを響詩郎に詫びた。
だが、彼は逆に白雪に礼を言った。
それがなければ自分はあのまま死んでいただろう、と。
あれで一時的にでも命を繋いだことが、その後の子鬼による蘇生術での回復へと繋がったのだから。
一方、響詩郎が入院している間、雷奈は近隣の県にある鬼留神社の関連施設に入所していた。
子鬼を生み出すこととなった彼女の体を検査するためだ。
響詩郎の見舞いに彼女が姿を現さなかったのはそうした理由からだった。
雷奈の体にどうして子鬼が宿ったのか。
子鬼がなぜ響詩郎と同じ断罪の能力を持っていたのか。
そして響詩郎が心肺停止状態だった間、子鬼を通して雷奈たちの戦いの様子を記憶していたこと。
そうした現象の原因は、鬼留神社の解析によってある程度推察が進み、その事は響詩郎も数日前の入院中に雷奈から電話によって告げられていた。
「子鬼か……」
そう呟いたその時、シャワールームの扉を叩く音が聞こえて響詩郎はシャワーを止めた。
「私よ。響詩郎。そのまま聞きなさい」
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