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第三章 迫り来る命の終わり
第13話 崩壊したバスハウスの中で
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「響詩郎! 弥生! どこにいるの?」
雷奈は用心しながらも焦る気持ちを抑えきれず、敵が潜んでいるかもしれないバスハウスの中に躊躇なく踏み込んでいった。
カラスの妖魔がまだ姿を見せていないことが気になっていたが、バスハウス内の惨憺たる状況を目の当たりにすると雷奈はやはり胸騒ぎを禁じ得なかった。
散乱した家財道具を踏み越えながら、雷奈と白雪は2階部分に進入していく。
1階部分と同様に荒れ果てた自分の部屋の中を雷奈はザッと見回した。
すると倒れたベッドと壁の隙間にかけられた毛布がモゾモゾと動き、中から何者かが現れた。
思わず身構えた雷奈は、現れた人物の顔を見て安堵の声を漏らした。
「や、弥生!」
姿を現したのは響智内供の孫娘、弥生だった。
「雷奈さん……」
弥生はまだ意識がハッキリとしていない様子で、ヨロヨロとおぼつかない足取りのまま歩み出てくるところを雷奈は慌てて支えてやった。
弥生の細い肩に手を置くと、雷奈は彼女を気遣いながら声をかけた。
「大丈夫? ケガはない?」
「……はい。少し体を打っただけです」
そう言って弱々しい微笑みを雷奈に向けると、弥生はめちゃくちゃに荒れ果てた部屋の中を見回して思わず口に手を当てた。
「ひどい……一体、何が?」
「何も覚えていないのね。敵に襲われたのよ。響詩郎の姿を見なかった?」
雷奈の問いに弥生は首を横に振った。
「そう……響詩郎! いるなら返事をしなさい」
駄目もとで声を張り上げながら雷奈は部屋の中を一通り探し回ったが、返事は無く響詩郎の姿も見当たらなかった。
雷奈は弥生が姿を現したベッドの隙間に近づき、毛布を手に取った。
「……多分、響詩郎はあなたを守ったんだわ。弥生」
「えっ?」
驚きの表情を浮かべる弥生に雷奈は落ち着いた口調で尋ねた。
「弥生。この部屋にあるべきではないニオイが残ってない?」
「あるべきではないニオイ、ですね」
雷奈の言葉を繰り返すと、弥生は注意深く嗅覚を研ぎ澄ませて頷いた。
「残っています。この前のカラスの妖魔と人間の女の子。女の子のほうは密航船に残っていたニオイと同じです。最初にカラスの妖魔に襲われたときもそうだったんですけど、たぶんこの女の子が結界士で、妖魔の気配をニオイごと隠してるんだと思います」
「やっぱり」
雷奈は確信を得た表情を見せた。
彼女はここで起きたであろう出来事を瞬時に悟った。
外にいた2人組、サバドとフリッガーに雷奈を襲わせている隙に、結界士の少女によって身を隠したカラス男が響詩郎を襲ったのだ。
弥生だけが無事だったところを見ると、おそらく響詩郎はとっさに彼女をこの隙間に隠したのだろう。
そしてここに死体がないということは、響詩郎は何らかの理由によってカラス男に連れ去られたのだ。
そう思い至った雷奈は唇を噛んだ。
「響詩郎はさらわれたんだわ」
雷奈の言葉に弥生は動揺して上ずった声を上げた。
「そ、そんな」
動揺する弥生の両肩を雷奈は優しく、だが確かな力を込めて両手でつかんだ。
「弥生。この部屋に残っているニオイの痕跡をしっかり記憶しておいて。あなたの鼻が頼りよ」
落ち着かせるようにそう言う雷奈の言葉に弥生は神妙な顔で頷き、残されたニオイを捉えようと部屋の中をくまなく見て回った。
敵に結界士がいる以上、弥生の鼻がどんなに優れていても敵のしっぽを捉える事は出来ないかもしれない。
だが悠長には構えていられない。
誘拐されたということは、敵は今すぐ響詩郎を殺す意思は無いということではあったが、いつまでもそうであるという保証はない。
ましてや響詩郎の命は【死の刻限】によってわずかな猶予しか残されていないのだ。
響詩郎を救い出すならば一分一秒でも早くしなければならない。
胃の奥からせり上がってくるような焦りを飲み込んで、雷奈は響詩郎救出の決意を固めた。
「私の響詩郎さまがさらわれた?」
そんな雷奈の気持ちを逆撫でするように背後から声がかけられる。
雷奈は苛立って振り向きざまに声を荒げた。
「いつ響詩郎があなたのものになったのかしら?」
だが雷奈の剣幕も暖簾に腕押しといった風に白雪は自分の考えを述べる。
「いないのであれば探しましょう。もちろん私も響詩郎さまの奪還に参加します。あくまでもお慕いする響詩郎さまのための自発的な参加ですので、御代についてはご心配なく」
弥生は初めて見る白雪の姿を不思議そうに見つめたが、話の内容からして響詩郎や雷奈の知り合いであることは理解できた。
雷奈はじっと白雪の目を見据える。
世間知らずのお姫様が感情のままに口走った言葉かと思ったが、白雪の目には強い光が浮かんでおり、その腹が据わっていることをうかがわせる。
先ほど見た白雪の腕前を考えれば加勢はありがたい。
そう思いながらも雷奈は釘を刺すことを忘れなかった。
「ふん。いいわ。ただし一つだけ約束しなさい。自分勝手な行動は控えてもらうわよ。響詩郎を救出するという結果を何よりも重視して私に協力してもらうわ」
初対面の相手と共闘するとなれば、互いが我を通そうとすれば返って戦況を悪くしかねない。
自滅することだけは避けなければならないのだ。
自分が倒れれば響詩郎は助からない。
雷奈は固く肝に銘じた。
「約束を守る義務はありませんが、響詩郎さまを救出することは何よりも重要です。共闘に異存はありません。紫水にも協力させましょう。ただし、先ほど私があなたの命を救ったという点はお忘れなきよう」
そう言う白雪の目は、穏やかながら譲らない強さを秘めた光を帯びていた。
「いいわ。借り一つね。それは後で聞いてあげる」
憮然とした表情で雷奈は白雪の条件を認めた。
その時、部屋の隅で弥生が声を上げた。
「結界士の護符のカケラを見つけました」
雷奈が振り返ると弥生は床に顔をピタリとつけて、家具の隙間に入れていた手を引き抜いた。
彼女の小さな手の平には、小指ほどの小さな紙片が乗せられていた。
雷奈は用心しながらも焦る気持ちを抑えきれず、敵が潜んでいるかもしれないバスハウスの中に躊躇なく踏み込んでいった。
カラスの妖魔がまだ姿を見せていないことが気になっていたが、バスハウス内の惨憺たる状況を目の当たりにすると雷奈はやはり胸騒ぎを禁じ得なかった。
散乱した家財道具を踏み越えながら、雷奈と白雪は2階部分に進入していく。
1階部分と同様に荒れ果てた自分の部屋の中を雷奈はザッと見回した。
すると倒れたベッドと壁の隙間にかけられた毛布がモゾモゾと動き、中から何者かが現れた。
思わず身構えた雷奈は、現れた人物の顔を見て安堵の声を漏らした。
「や、弥生!」
姿を現したのは響智内供の孫娘、弥生だった。
「雷奈さん……」
弥生はまだ意識がハッキリとしていない様子で、ヨロヨロとおぼつかない足取りのまま歩み出てくるところを雷奈は慌てて支えてやった。
弥生の細い肩に手を置くと、雷奈は彼女を気遣いながら声をかけた。
「大丈夫? ケガはない?」
「……はい。少し体を打っただけです」
そう言って弱々しい微笑みを雷奈に向けると、弥生はめちゃくちゃに荒れ果てた部屋の中を見回して思わず口に手を当てた。
「ひどい……一体、何が?」
「何も覚えていないのね。敵に襲われたのよ。響詩郎の姿を見なかった?」
雷奈の問いに弥生は首を横に振った。
「そう……響詩郎! いるなら返事をしなさい」
駄目もとで声を張り上げながら雷奈は部屋の中を一通り探し回ったが、返事は無く響詩郎の姿も見当たらなかった。
雷奈は弥生が姿を現したベッドの隙間に近づき、毛布を手に取った。
「……多分、響詩郎はあなたを守ったんだわ。弥生」
「えっ?」
驚きの表情を浮かべる弥生に雷奈は落ち着いた口調で尋ねた。
「弥生。この部屋にあるべきではないニオイが残ってない?」
「あるべきではないニオイ、ですね」
雷奈の言葉を繰り返すと、弥生は注意深く嗅覚を研ぎ澄ませて頷いた。
「残っています。この前のカラスの妖魔と人間の女の子。女の子のほうは密航船に残っていたニオイと同じです。最初にカラスの妖魔に襲われたときもそうだったんですけど、たぶんこの女の子が結界士で、妖魔の気配をニオイごと隠してるんだと思います」
「やっぱり」
雷奈は確信を得た表情を見せた。
彼女はここで起きたであろう出来事を瞬時に悟った。
外にいた2人組、サバドとフリッガーに雷奈を襲わせている隙に、結界士の少女によって身を隠したカラス男が響詩郎を襲ったのだ。
弥生だけが無事だったところを見ると、おそらく響詩郎はとっさに彼女をこの隙間に隠したのだろう。
そしてここに死体がないということは、響詩郎は何らかの理由によってカラス男に連れ去られたのだ。
そう思い至った雷奈は唇を噛んだ。
「響詩郎はさらわれたんだわ」
雷奈の言葉に弥生は動揺して上ずった声を上げた。
「そ、そんな」
動揺する弥生の両肩を雷奈は優しく、だが確かな力を込めて両手でつかんだ。
「弥生。この部屋に残っているニオイの痕跡をしっかり記憶しておいて。あなたの鼻が頼りよ」
落ち着かせるようにそう言う雷奈の言葉に弥生は神妙な顔で頷き、残されたニオイを捉えようと部屋の中をくまなく見て回った。
敵に結界士がいる以上、弥生の鼻がどんなに優れていても敵のしっぽを捉える事は出来ないかもしれない。
だが悠長には構えていられない。
誘拐されたということは、敵は今すぐ響詩郎を殺す意思は無いということではあったが、いつまでもそうであるという保証はない。
ましてや響詩郎の命は【死の刻限】によってわずかな猶予しか残されていないのだ。
響詩郎を救い出すならば一分一秒でも早くしなければならない。
胃の奥からせり上がってくるような焦りを飲み込んで、雷奈は響詩郎救出の決意を固めた。
「私の響詩郎さまがさらわれた?」
そんな雷奈の気持ちを逆撫でするように背後から声がかけられる。
雷奈は苛立って振り向きざまに声を荒げた。
「いつ響詩郎があなたのものになったのかしら?」
だが雷奈の剣幕も暖簾に腕押しといった風に白雪は自分の考えを述べる。
「いないのであれば探しましょう。もちろん私も響詩郎さまの奪還に参加します。あくまでもお慕いする響詩郎さまのための自発的な参加ですので、御代についてはご心配なく」
弥生は初めて見る白雪の姿を不思議そうに見つめたが、話の内容からして響詩郎や雷奈の知り合いであることは理解できた。
雷奈はじっと白雪の目を見据える。
世間知らずのお姫様が感情のままに口走った言葉かと思ったが、白雪の目には強い光が浮かんでおり、その腹が据わっていることをうかがわせる。
先ほど見た白雪の腕前を考えれば加勢はありがたい。
そう思いながらも雷奈は釘を刺すことを忘れなかった。
「ふん。いいわ。ただし一つだけ約束しなさい。自分勝手な行動は控えてもらうわよ。響詩郎を救出するという結果を何よりも重視して私に協力してもらうわ」
初対面の相手と共闘するとなれば、互いが我を通そうとすれば返って戦況を悪くしかねない。
自滅することだけは避けなければならないのだ。
自分が倒れれば響詩郎は助からない。
雷奈は固く肝に銘じた。
「約束を守る義務はありませんが、響詩郎さまを救出することは何よりも重要です。共闘に異存はありません。紫水にも協力させましょう。ただし、先ほど私があなたの命を救ったという点はお忘れなきよう」
そう言う白雪の目は、穏やかながら譲らない強さを秘めた光を帯びていた。
「いいわ。借り一つね。それは後で聞いてあげる」
憮然とした表情で雷奈は白雪の条件を認めた。
その時、部屋の隅で弥生が声を上げた。
「結界士の護符のカケラを見つけました」
雷奈が振り返ると弥生は床に顔をピタリとつけて、家具の隙間に入れていた手を引き抜いた。
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