31 / 71
第三章 迫り来る命の終わり
第3話 解呪の方法を追え!
しおりを挟む
船着場での戦いから一夜明けた翌朝。
古書店と楽器店の立ち並ぶ商店街の路地裏を通り抜けて、雷奈は桃源堂を訪れていた。
「響詩郎の呪いを解く方法は?」
思いつめた表情でそう問う雷奈に、店の主であ趙香桃はあっさりと首を横に振った。
「残念ながら効果的な方法はないね」
「そんな……」
雷奈は応接スペースに置かれた革張りのソファーに尻を沈めると、気落ちした顔を見せた。
「呪術師の呪いは術者による解除、もしくはその術者が死ぬことで効力を失う。その術者の力が弱ければ他の呪術師でも解除は可能だけど、【死の刻限】ってのは使うほうも面倒な複雑な術式なんだ。そんなものを使う奴の力が弱いとは思えないね」
香桃の話に雷奈は唇を噛み、握り締めたままの両手の拳に力を込めた。
「やっぱりアイツを見つけ出すしかないんですね」
焦る雷奈の気持ちを落ち着かせるように香桃は釘を刺した。
「だが、そのカラス男が呪術の主だとは限らないからね」
雷奈は襲撃者であるカラスの妖魔が三日月形の小刀を振りかざして襲い掛かってきたことを思い返し、苛立ち紛れに自分の膝を叩いた。
「だとしたら、捕まえて締め上げて吐かせてやります」
香桃は手元に広げた資料に視線を落とし、鼻をフンッと鳴らした。
「それにしても【死の刻限】とはまたずいぶんと悪趣味な呪術だね。呪術の
媒体として刀を使うのは大陸式で、この国じゃ滅多に見られない。響詩郎を刺した奴がその呪術師かどうかは分からないけど、この呪術を用意したのは向こうから渡ってきた奴だろうね」
そう言う香桃に雷奈は身を乗り出して尋ねた。
「それが妖狐って可能性もありますね。香桃さんはその妖狐のことを何かご存じですか?」
雷奈たちの調査により、敵の一味に妖狐が加わっている恐れがあることは判明しており、そのことはすでに香桃も報告を受けている。
だが、彼女はそれを聞いても顔色を変えるようなことはなかった。
「心当たりはないね。そもそも私ら妖狐同士は互いに関わらないっていう不文律があるんだ。うまく避け合って生きているのさ。妖狐同士が顔を付き合わせたってロクなことにはならないからね。というわけで私が直接出向くことはないから、変に期待するんじゃないよ」
そう言うと香桃は自分が知っているのはそれだけだというように、肩をすくめてみせた。
「そうですか……」
雷奈は少し気落ちしたような表情を見せたが、すぐに神妙な顔つきで問いを投げかけた。
「もし相手が妖狐だとして付け入る隙はあるでしょうか?」
雷奈の問いかけに香桃は腕組みをして整った眉根を寄せた。
「これといった妙案はないね。大妖狐は別として、私ら妖狐は力そのものは強くないから自分の霊力だけで敵と直接戦うような馬鹿な真似は極力避ける。だからこそ色々な霊具を持っていたり、力のある仲間を傍らに置いていたり、謀略をめぐらせたりする。ただ、だからといって必要以上に疑心暗鬼に陥ることはない。それこそ奴らの思う壺だからね。結局のところ、圧倒的な力で一気呵成に攻め立てられたら、それが妖狐にとっては一番嫌なのさ」
「力……でも私は自分の霊気量だけでは悪路王を使いこなすことは出来ない」
雷奈は自分の手のひらを見つめ、そう呟いた。
響詩郎がいてくれたことで、彼女は思う存分に悪路王の力を振るうことが出来たのだ。
だが、今や響詩郎は傷つき倒れ、そのことが雷奈を心細い気持ちにさせていた。
換金士としての彼の能力がなければ自分は満足に戦うことも出来ない。
しかしながら彼女の気落ちの原因はそれだけではなかった。
出会ってまだ一ヶ月ほどの二人だが、響詩郎は口では何だかんだと文句は言うものの、いつでも雷奈を信じて命を預けてくれた。
戦うことの出来ない響詩郎を自分の背後に置き、彼を守ってきたつもりの雷奈だったが、同じように響詩郎が自分の背中を見守ってくれていたことに今さらながらに気がついた。
彼がいることにすっかり慣れてしまっていたこと、そしてそれが失われようとしていることが雷奈の胸を締め付けていた。
「ま、とにかく血眼になって呪術の主を探し出しな。今は鼻のいいお嬢ちゃんが一緒にいるんだろう? 呪術のニオイってのはとにかくドギツイから、響詩郎の側にいるそのお嬢ちゃんもさぞかし鼻が曲がる思いだろうね」
そう言うと香桃は手元の資料をひとつにまとめて片づけを始めた。
「分かりました。今回の相談料はいつも通りの口座へ請求してください」
そう言って席を立つ雷奈に香桃は小気味良い笑い声を上げた。
「助言と言えるものなんざ何もしてない。これで金とったら私は詐欺師になるよ」
「そうですか。ありがとうございます」
そう言って一礼し、踵を返して去っていく雷奈の背に香桃は静かに声をかけた。
「それと響詩郎に言っておきな。これはいい機会だ。心臓に銃口を当てられた状況で自分に何が出来るのかをよく知るためのね。人も妖魔も、追い詰められた時に何が出来るかで器を量れるもんさ」
香桃はそう言ってニヤリと笑ってみせた。
雷奈は一度だけ振り返り会釈をすると、店を後にした。
雷奈が去って香桃が資料の入っている木製のケースを店内の棚にしまい込んでいると、部屋の奥からお盆を持ったシエ・ルイランが姿を現した。
「ありゃ? 雷奈さん帰ったカ?」
童女の姿をしたお手伝い妖魔が盆の上に急須と湯飲みを乗せて持って来たのを見て、香桃は苦笑を浮かべて言った。
「ルイランおまえ。とぼけた顔してるが、出てくるタイミングを失ったんだろ」
香桃の指摘にルイランはペロッと舌を出して見せた。
「重苦しい話は苦手ネ。雷奈サン意外と繊細ヨ」
「ああ。そうかもね。まあ、あの子の良さを引き出せるかどうかは響詩郎次第さ」
そう言うと香桃はルイランの持ってきた盆の上の湯飲みをつかんで茶を一口すすった。
「ときにルイラン。小遣い稼ぎをしてみないかい?」
そう言って自分を振り返る主人に、ルイランはニヒッと笑みを浮かべて頷くのだった。
古書店と楽器店の立ち並ぶ商店街の路地裏を通り抜けて、雷奈は桃源堂を訪れていた。
「響詩郎の呪いを解く方法は?」
思いつめた表情でそう問う雷奈に、店の主であ趙香桃はあっさりと首を横に振った。
「残念ながら効果的な方法はないね」
「そんな……」
雷奈は応接スペースに置かれた革張りのソファーに尻を沈めると、気落ちした顔を見せた。
「呪術師の呪いは術者による解除、もしくはその術者が死ぬことで効力を失う。その術者の力が弱ければ他の呪術師でも解除は可能だけど、【死の刻限】ってのは使うほうも面倒な複雑な術式なんだ。そんなものを使う奴の力が弱いとは思えないね」
香桃の話に雷奈は唇を噛み、握り締めたままの両手の拳に力を込めた。
「やっぱりアイツを見つけ出すしかないんですね」
焦る雷奈の気持ちを落ち着かせるように香桃は釘を刺した。
「だが、そのカラス男が呪術の主だとは限らないからね」
雷奈は襲撃者であるカラスの妖魔が三日月形の小刀を振りかざして襲い掛かってきたことを思い返し、苛立ち紛れに自分の膝を叩いた。
「だとしたら、捕まえて締め上げて吐かせてやります」
香桃は手元に広げた資料に視線を落とし、鼻をフンッと鳴らした。
「それにしても【死の刻限】とはまたずいぶんと悪趣味な呪術だね。呪術の
媒体として刀を使うのは大陸式で、この国じゃ滅多に見られない。響詩郎を刺した奴がその呪術師かどうかは分からないけど、この呪術を用意したのは向こうから渡ってきた奴だろうね」
そう言う香桃に雷奈は身を乗り出して尋ねた。
「それが妖狐って可能性もありますね。香桃さんはその妖狐のことを何かご存じですか?」
雷奈たちの調査により、敵の一味に妖狐が加わっている恐れがあることは判明しており、そのことはすでに香桃も報告を受けている。
だが、彼女はそれを聞いても顔色を変えるようなことはなかった。
「心当たりはないね。そもそも私ら妖狐同士は互いに関わらないっていう不文律があるんだ。うまく避け合って生きているのさ。妖狐同士が顔を付き合わせたってロクなことにはならないからね。というわけで私が直接出向くことはないから、変に期待するんじゃないよ」
そう言うと香桃は自分が知っているのはそれだけだというように、肩をすくめてみせた。
「そうですか……」
雷奈は少し気落ちしたような表情を見せたが、すぐに神妙な顔つきで問いを投げかけた。
「もし相手が妖狐だとして付け入る隙はあるでしょうか?」
雷奈の問いかけに香桃は腕組みをして整った眉根を寄せた。
「これといった妙案はないね。大妖狐は別として、私ら妖狐は力そのものは強くないから自分の霊力だけで敵と直接戦うような馬鹿な真似は極力避ける。だからこそ色々な霊具を持っていたり、力のある仲間を傍らに置いていたり、謀略をめぐらせたりする。ただ、だからといって必要以上に疑心暗鬼に陥ることはない。それこそ奴らの思う壺だからね。結局のところ、圧倒的な力で一気呵成に攻め立てられたら、それが妖狐にとっては一番嫌なのさ」
「力……でも私は自分の霊気量だけでは悪路王を使いこなすことは出来ない」
雷奈は自分の手のひらを見つめ、そう呟いた。
響詩郎がいてくれたことで、彼女は思う存分に悪路王の力を振るうことが出来たのだ。
だが、今や響詩郎は傷つき倒れ、そのことが雷奈を心細い気持ちにさせていた。
換金士としての彼の能力がなければ自分は満足に戦うことも出来ない。
しかしながら彼女の気落ちの原因はそれだけではなかった。
出会ってまだ一ヶ月ほどの二人だが、響詩郎は口では何だかんだと文句は言うものの、いつでも雷奈を信じて命を預けてくれた。
戦うことの出来ない響詩郎を自分の背後に置き、彼を守ってきたつもりの雷奈だったが、同じように響詩郎が自分の背中を見守ってくれていたことに今さらながらに気がついた。
彼がいることにすっかり慣れてしまっていたこと、そしてそれが失われようとしていることが雷奈の胸を締め付けていた。
「ま、とにかく血眼になって呪術の主を探し出しな。今は鼻のいいお嬢ちゃんが一緒にいるんだろう? 呪術のニオイってのはとにかくドギツイから、響詩郎の側にいるそのお嬢ちゃんもさぞかし鼻が曲がる思いだろうね」
そう言うと香桃は手元の資料をひとつにまとめて片づけを始めた。
「分かりました。今回の相談料はいつも通りの口座へ請求してください」
そう言って席を立つ雷奈に香桃は小気味良い笑い声を上げた。
「助言と言えるものなんざ何もしてない。これで金とったら私は詐欺師になるよ」
「そうですか。ありがとうございます」
そう言って一礼し、踵を返して去っていく雷奈の背に香桃は静かに声をかけた。
「それと響詩郎に言っておきな。これはいい機会だ。心臓に銃口を当てられた状況で自分に何が出来るのかをよく知るためのね。人も妖魔も、追い詰められた時に何が出来るかで器を量れるもんさ」
香桃はそう言ってニヤリと笑ってみせた。
雷奈は一度だけ振り返り会釈をすると、店を後にした。
雷奈が去って香桃が資料の入っている木製のケースを店内の棚にしまい込んでいると、部屋の奥からお盆を持ったシエ・ルイランが姿を現した。
「ありゃ? 雷奈さん帰ったカ?」
童女の姿をしたお手伝い妖魔が盆の上に急須と湯飲みを乗せて持って来たのを見て、香桃は苦笑を浮かべて言った。
「ルイランおまえ。とぼけた顔してるが、出てくるタイミングを失ったんだろ」
香桃の指摘にルイランはペロッと舌を出して見せた。
「重苦しい話は苦手ネ。雷奈サン意外と繊細ヨ」
「ああ。そうかもね。まあ、あの子の良さを引き出せるかどうかは響詩郎次第さ」
そう言うと香桃はルイランの持ってきた盆の上の湯飲みをつかんで茶を一口すすった。
「ときにルイラン。小遣い稼ぎをしてみないかい?」
そう言って自分を振り返る主人に、ルイランはニヒッと笑みを浮かべて頷くのだった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる