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第三章 迫り来る命の終わり

第3話 解呪の方法を追え!

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  船着場での戦いから一夜明けた翌朝。
 古書店と楽器店の立ち並ぶ商店街の路地裏を通り抜けて、雷奈らいな桃源堂とうげんどうを訪れていた。

響詩郎きょうしろうの呪いを解く方法は?」

 思いつめた表情でそう問う雷奈らいなに、店の主であチョウ香桃シャンタオはあっさりと首を横に振った。

「残念ながら効果的な方法はないね」
「そんな……」

 雷奈らいなは応接スペースに置かれた革張りのソファーに尻を沈めると、気落ちした顔を見せた。

「呪術師の呪いは術者による解除、もしくはその術者が死ぬことで効力を失う。その術者の力が弱ければ他の呪術師でも解除は可能だけど、【死の刻限】ってのは使うほうも面倒な複雑な術式なんだ。そんなものを使う奴の力が弱いとは思えないね」

 香桃シャンタオの話に雷奈らいなくちびるを噛み、握り締めたままの両手の拳に力を込めた。

「やっぱりアイツを見つけ出すしかないんですね」

 焦る雷奈らいなの気持ちを落ち着かせるように香桃シャンタオは釘を刺した。

「だが、そのカラス男が呪術の主だとは限らないからね」

 雷奈らいなは襲撃者であるカラスの妖魔が三日月形の小刀を振りかざして襲い掛かってきたことを思い返し、苛立いらだち紛れに自分の膝を叩いた。

「だとしたら、捕まえて締め上げて吐かせてやります」

 香桃シャンタオは手元に広げた資料に視線を落とし、鼻をフンッと鳴らした。

「それにしても【死の刻限】とはまたずいぶんと悪趣味な呪術だね。呪術の
媒体ばいたいとして刀を使うのは大陸式で、この国じゃ滅多めったに見られない。響詩郎きょうしろうを刺した奴がその呪術師かどうかは分からないけど、この呪術を用意したのは向こうから渡ってきた奴だろうね」

 そう言う香桃シャンタオ雷奈らいなは身を乗り出して尋ねた。

「それが妖狐って可能性もありますね。香桃シャンタオさんはその妖狐のことを何かご存じですか?」

 雷奈らいなたちの調査により、敵の一味に妖狐が加わっている恐れがあることは判明しており、そのことはすでに香桃シャンタオも報告を受けている。
 だが、彼女はそれを聞いても顔色を変えるようなことはなかった。

「心当たりはないね。そもそも私ら妖狐同士は互いに関わらないっていう不文律があるんだ。うまく避け合って生きているのさ。妖狐同士が顔を付き合わせたってロクなことにはならないからね。というわけで私が直接出向くことはないから、変に期待するんじゃないよ」

 そう言うと香桃シャンタオは自分が知っているのはそれだけだというように、肩をすくめてみせた。

「そうですか……」

 雷奈らいなは少し気落ちしたような表情を見せたが、すぐに神妙な顔つきで問いを投げかけた。

「もし相手が妖狐だとして付け入るすきはあるでしょうか?」

 雷奈らいなの問いかけに香桃シャンタオは腕組みをして整った眉根を寄せた。

「これといった妙案はないね。大妖狐は別として、私ら妖狐は力そのものは強くないから自分の霊力だけで敵と直接戦うような馬鹿な真似まねは極力避ける。だからこそ色々な霊具を持っていたり、力のある仲間をかたわらに置いていたり、謀略をめぐらせたりする。ただ、だからといって必要以上に疑心暗鬼に陥ることはない。それこそ奴らの思うつぼだからね。結局のところ、圧倒的な力で一気呵成いっきかせいに攻め立てられたら、それが妖狐にとっては一番嫌なのさ」
「力……でも私は自分の霊気量だけでは悪路王あくろおうを使いこなすことは出来ない」

 雷奈らいなは自分の手のひらを見つめ、そうつぶやいた。
 響詩郎きょうしろうがいてくれたことで、彼女は思う存分に悪路王あくろおうの力を振るうことが出来たのだ。
 だが、今や響詩郎きょうしろうは傷つき倒れ、そのことが雷奈らいなを心細い気持ちにさせていた。
 換金士としての彼の能力がなければ自分は満足に戦うことも出来ない。
 しかしながら彼女の気落ちの原因はそれだけではなかった。

 出会ってまだ一ヶ月ほどの二人だが、響詩郎きょうしろうは口では何だかんだと文句は言うものの、いつでも雷奈らいなを信じて命を預けてくれた。
 戦うことの出来ない響詩郎きょうしろうを自分の背後に置き、彼を守ってきたつもりの雷奈らいなだったが、同じように響詩郎きょうしろうが自分の背中を見守ってくれていたことに今さらながらに気がついた。
 彼がいることにすっかり慣れてしまっていたこと、そしてそれが失われようとしていることが雷奈らいなの胸を締め付けていた。

「ま、とにかく血眼ちまなこになって呪術の主を探し出しな。今は鼻のいいお嬢ちゃんが一緒にいるんだろう? 呪術のニオイってのはとにかくドギツイから、響詩郎きょうしろうの側にいるそのお嬢ちゃんもさぞかし鼻が曲がる思いだろうね」

 そう言うと香桃シャンタオは手元の資料をひとつにまとめて片づけを始めた。

「分かりました。今回の相談料はいつも通りの口座へ請求してください」

 そう言って席を立つ雷奈らいな香桃シャンタオは小気味良い笑い声を上げた。

「助言と言えるものなんざ何もしてない。これで金とったら私は詐欺師さぎしになるよ」
「そうですか。ありがとうございます」

 そう言って一礼し、きびすを返して去っていく雷奈らいなの背に香桃シャンタオは静かに声をかけた。

「それと響詩郎きょうしろうに言っておきな。これはいい機会だ。心臓に銃口を当てられた状況で自分に何が出来るのかをよく知るためのね。人も妖魔も、追い詰められた時に何が出来るかで器を量れるもんさ」

 香桃シャンタオはそう言ってニヤリと笑ってみせた。
 雷奈らいなは一度だけ振り返り会釈えしゃくをすると、店を後にした。
 雷奈らいなが去って香桃シャンタオが資料の入っている木製のケースを店内の棚にしまい込んでいると、部屋の奥からお盆を持ったシエ・ルイランが姿を現した。

「ありゃ? 雷奈らいなさん帰ったカ?」

 童女の姿をしたお手伝い妖魔が盆の上に急須と湯飲みを乗せて持って来たのを見て、香桃シャンタオは苦笑を浮かべて言った。

「ルイランおまえ。とぼけた顔してるが、出てくるタイミングを失ったんだろ」

 香桃シャンタオの指摘にルイランはペロッと舌を出して見せた。

「重苦しい話は苦手ネ。雷奈らいなサン意外と繊細せんさいヨ」
「ああ。そうかもね。まあ、あの子の良さを引き出せるかどうかは響詩郎きょうしろう次第さ」

 そう言うと香桃シャンタオはルイランの持ってきた盆の上の湯飲みをつかんで茶を一口すすった。

「ときにルイラン。小遣こづかい稼ぎをしてみないかい?」

 そう言って自分を振り返る主人に、ルイランはニヒッと笑みを浮かべてうなづくのだった。
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