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第二章 陰謀のしっぽ

第13話 幻惑! 暗黒の羽

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「上空に何かいます!」

 弥生やよいの悲鳴のような叫び声が辺りにこだました。
 だが、雷奈らいな響詩郎きょうしろうも反射的に上空を見上げようとして再び地上に視線を縫い付けられてしまう。
 上空からひときわ多くの黒い羽が一つのかたまりとなって地上に舞い降りたためだ。

「な、何? こいつら」

 雷奈らいなは思わず上ずった声を上げた。
 地上に舞い降りた無数の黒い羽がみるみるうちに黒い亡者の姿へと変貌を遂げていく。
 息つく間もなく三人は黒い亡者の群れに完全に周囲を包囲されていた。

「こいつら一体……」

 うめくようにそう言い、響詩郎きょうしろうは新たな敵の姿をまじまじと見つめた。
 亡者どもは一様に同じ姿かたちをしており、すべての亡者の手には三日月型に弧を描く刀が握られていた。
 その刃もやはり黒く鈍い光を放っている。

「白イタチの仲間ってわけね」

 そう吐き捨てた雷奈らいなは本能的な身の危険を感じ、再び悪路王あくろおう顕現けんげんさせた。
 その近くで弥生やよいは驚愕に目を見開いて、亡者どもの姿を見据えている。

(どうしてこんなに接近されるまで、私はあんなに強いニオイに気が付かなかったの?)

 数キロ先にいても気が付きそうなほど特徴的なニオイの持ち主が突然すぐそばに現れたような、そんな狐につままれたような気持ちで弥生やよいは目をしばたかせる。
 響詩郎きょうしろうはそんな弥生やよいの手を取り自分の近くに引き寄せると、雷奈らいなと背中合わせになり、三人は一箇所に固まった。

悪路王あくろおうでこいつらみんな相手にしていたら予算オーバーしちまうぞ」

 背後でそうささやく響詩郎きょうしろう雷奈らいなもささやきを返した。

「こんなに全員相手にしていられないわよ。一点突破でこの場から脱出しましょ」

 そう言うと雷奈らいな悪路王あくろおうの肩に失神したまま縄で縛られた白イタチをかつがせた。

「近寄ってきます!」

 弥生やよいがそう叫んだ。
 彼女の言葉通り、亡者の群れは囲いの範囲を狭めるように一歩また一歩と足音も立てずに三人ににじり寄ってきた。 

「こいつらぁっ!」

 亡者どもがかもし出すどこか鬱屈うっくつとした雰囲気を振り払うように、雷奈らいなが気合いを一閃する。
 悪路王あくろおうの豪腕が猛威を振るい、亡者どもが次々と吹き飛ばされた。
 すると弾き飛ばされた亡者はまるで水風船がはじけて割れるようにあっさりとその姿を崩し、無数の羽に逆戻りしていく。

「こけおどしね! 一気に駆け抜けるから、二人とも私に続きなさい!」

 雷奈らいなは勢い込んでそう叫ぶと、亡者の群れを悪路王あくろおうで蹴散らしながら駆け出した。
 響詩郎きょうしろう弥生やよいもその後に続くが、懸命に走りながら弥生やよいが青い顔をして自分を見上げるのを見た響詩郎きょうしろうは、ふいに悪寒を感じ、前方を走る雷奈らいな咄嗟とっさに呼び止めた。

「ま、待て! 雷奈らいな!」

 だが雷奈らいなは聞く耳持たずに大地を蹴って走り続ける。

「止まっちゃダメ! 一気に突っ切るのよ! こいつらまったく手ごたえが無い。たぶんこれは幻術よ」

 雷奈らいな悪路王あくろおうを通して感知した感覚を二人にそう告げた。
 だが、弥生やよいは自分が感じ取った異変を再び確かめるように目を閉じてその卓越した嗅覚を研ぎ澄ますと、すぐに目を開けて声を張り上げた。

「違う! 雷奈らいなさん! 近寄ってくるのは……」

 悪路王あくろおうの拳撃により霧散する亡者の中で、たった一体だけ素早く悪路王あくろおうの腕を潜り抜けた者がいた。
 雷奈らいながそれに気が付いたときにはすでに、その亡者は彼女の懐に入り込んでいた。
 そして手に握った鋭利な刃物で雷奈らいなの心臓を一突きにしようと突き上げた。

雷奈らいなぁ!」

 響詩郎きょうしろうの叫び声。
 背後から雷奈らいなの背を押す響詩郎きょうしろうの手の感触。
 すべてがほんの一瞬の出来事だというのに、まるで時間の流れが遅くなったかのようにこの時の雷奈らいなには感じられた。
 そして響詩郎きょうしろうに押されて前のめりに転倒した雷奈らいなが振り返って見たものは、辺り一面に散乱した黒い羽と、刃物で斬られて腹部から血を流しながら地面に倒れ込む響詩郎きょうしろうの姿だった。

「きょ、響詩郎きょうしろう……」

 震える雷奈らいなの声にも響詩郎きょうしろうは倒れたまま反応を見せない。

響詩郎きょうしろうぉ!」

 そして今度は張り裂けんばかりの雷奈らいなの絶叫が月夜の船着場に響き渡った。
 雷奈らいなは血がにじむほど唇を強く噛み締め、亡者どもに憤怒の眼差まなざしを向ける。
 彼女の近くにいた弥生やよいは空気がピリピリと震えるのを感じ、雷奈らいなの目の前にいる悪路王あくろおうがその巨体をさらに一回りも二回りも大きくする様子に思わず目を奪われた。

「こ、怖い……」

 弥生やよいうめくようなつぶやきをらした。
 体長5メートルを大きく超える巨大な黒鬼となった悪路王あくろおうの姿は、見る者により一層の威圧感を抱かせた。

「蹴散らせ! 悪路王あくろおう!」

 倒れている響詩郎きょうしろうの傍についていた弥生やよいは、猛り狂う悪路王あくろおうの様子を呆然と見つめながら、漆黒の大鬼から発せられる強烈なニオイに思わず顔をしかめた。
 それはむき出しの憎悪と救いようのない暗い怒りの混ざり合った、二度と忘れることの出来ない血のようなひどいニオイだった。
 そうしたニオイに気を取られていたため弥生やよいは見逃していた。
 亡者どもの中のたった一体だけに感じていた異なるニオイがいつしか消えてしまっていたことに。

 悪路王あくろおうと亡者どもの戦いは早々に決着した。
 次々と討ち果たされていく亡者はあっけなく黒い羽へと逆戻りをしていった。
 すでに周囲に亡者の姿は無く、後に残されたのは無数に散らばる黒い羽だけであり、捕縛していたはずの白イタチの姿さえもいつしか消え去ってしまっていた。
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