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第一章 換金士の少年と黒鬼の巫女
第1話 逃走少女! 闇夜の悪夢
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逃げる。
逃げる。
少女は逃げる。
無人の通路を行き先も分からずに。
天井に規則正しく等間隔に据えつけられた薄暗い照明の下、一直線に伸びる地下道を少女は一心不乱に駆け抜けていく。
心臓が口から飛び出しそうなほどに息は上がり、今にも足がもつれて倒れ込みそうだった。
それでも立ち止まることは出来ない。
彼女は追われていた。
何に追われているのか。
なぜ追われているのか。
それすら知らぬまま、背筋を舐めるような追跡者の放つ不気味な重圧から少女は必死に逃げ続けた。
いつもの帰り道を歩いていただけだった。
いつもより少し帰りが遅くなっただけだった。
いつもより少し人通りが少ないだけだった。
ただそれだけだというのに、そいつは彼女の背後に現れたのだ。
彼女を追ってくる四足歩行の黒い影が上げる獣じみた唸り声が地下道に反響して、少女の恐怖心をひどく煽り立てる。
獣の蹄がコンクリートの固い床を打つチャッチャッという足音が背後から迫り、少女はついにこらえ切れなくなってあらん限りの声で叫び声を上げた。
「いやあっ! やめてぇっ!」
少女の半狂乱の絶叫が地下道に響き渡る。
背後から迫った黒い影は前脚を前方に伸ばすと少女の足元をサッとすくい上げ、引っ掛けられた少女は全力で走っていた勢いそのままに床の上を転がった。
「きゃあっ!」
膝や肩を床に強打して、しびれるような重い痛みに少女はうめき声を漏らす。
中高生と思しき彼女は床に手をつき、涙で滲んだ目で自分を追ってきたものの姿を見上げた。
一瞬だけ視界に入ったそれは毛むくじゃらの巨大な獣だったが、その恐ろしい姿を直視できずに少女はすぐさま顔をそむけて目を固く閉じる。
だが獣の強い体臭が鼻を突き、その荒く野性的な息遣いが顔のすぐそばまで迫ってきた時、少女の恐怖は頂点に達し、そのまま彼女は意識を失って床に崩れ落ちた。
失神して倒れ伏している少女の体の上に大きな影が落ちる。
薄暗い照明の下に、少女を追い回していたものの正体が浮かび上がる。
それは……猿だった。
それも動物的な特徴を持ちながらも、本来の猿とは遠くかけ離れた姿である。
歯をむき出しにして、眼を異様に赤く充血させた凶暴な形相の化け猿だった。
体格は平均的な成人男性よりもやや大きく、黒と灰色のまだら模様の毛並みが禍々しさを際立たせている。
背中を丸めたまま前足を地面から離し、二足歩行でのっそりと床を踏みしめながら化け猿は失神している少女を見下ろした。
「グルルルルル・・・・・・」
少女の肢体を舐めるように見回して十分に獲物の姿を吟味すると、化け猿は失神している少女の髪をつかんでその体を引き起こそうとした。
その時だった。
「猿の妖魔って臭うから嫌いなのよね」
それは嫌悪感を伴った若い女の声だった。
背後から唐突に耳に伝わるその声に化け猿がビクッとして振り返ると、そこには声の主と思われる一人の若い女が立っていた。
「その子を襲うのに夢中で私の接近に気が付かなかった? 獣のくせに迂闊ね」
突然の闖入者に化け猿は警戒してグルグルと喉を鳴らし、現れた女の姿をじっと観察する。
女は袖のところに緑に光る紋様が刺繍された白い衣と、側面に同様の紋様が刺繍された群青色の袴を着用しており、長い黒髪を後ろでひとつにまとめていた。
和装の女は不敵な笑みを浮かべると、前に差し出した手で化け猿に手招きをしてみせる。
「その子よりも私のほうが食べごろよ」
化け猿はつかんでいた少女の手を離す。
意識を失ったままの少女は、糸の切れたマリオネットのようにドサリと崩れ落ちた。
獣の本能が化け猿に告げている。
目の前に立つ女は自分に危害を加えようとする明確な敵であると。
即座に抱いた殺意に化け猿の全身の毛は逆立ち、その目はさらに吊り上がる。
女と化け猿の間に横たわる5メートルの距離にピリピリとした静電気のような空気が漂ったのも、ほんの1秒にも満たない刹那のことだった。
「ガウッ!」
鋭い雄たけびを上げて素早く化け猿が地面を蹴ると、一瞬で両者の間の距離は縮まった。
ガツンと固い物体同士がぶつかり合う硬質な音が響き渡る。
だが、化け猿は思わずギャッと短い声を上げた。
女の首を狙って振り下ろされた化け猿の爪を受け止めているのは、女の体の前に突如として現れた漆黒の巨体を持つ異形の化け物だった。
「フンッ。ケンカを売る相手を間違えたわね。私に爪を向けた報いを受けてもらうわよ」
不敵な表情でそう言い放つ女の目の前に立つそれは、3メートルほどの背丈と炭を塗ったように黒々とした肌の筋骨隆々たる体躯を持ち、瞳の無い赤い目、灰色のタテガミ、頭から天を突くように二本の角を生やしている。
雄々しいその姿は鬼そのものだった。
逃げる。
少女は逃げる。
無人の通路を行き先も分からずに。
天井に規則正しく等間隔に据えつけられた薄暗い照明の下、一直線に伸びる地下道を少女は一心不乱に駆け抜けていく。
心臓が口から飛び出しそうなほどに息は上がり、今にも足がもつれて倒れ込みそうだった。
それでも立ち止まることは出来ない。
彼女は追われていた。
何に追われているのか。
なぜ追われているのか。
それすら知らぬまま、背筋を舐めるような追跡者の放つ不気味な重圧から少女は必死に逃げ続けた。
いつもの帰り道を歩いていただけだった。
いつもより少し帰りが遅くなっただけだった。
いつもより少し人通りが少ないだけだった。
ただそれだけだというのに、そいつは彼女の背後に現れたのだ。
彼女を追ってくる四足歩行の黒い影が上げる獣じみた唸り声が地下道に反響して、少女の恐怖心をひどく煽り立てる。
獣の蹄がコンクリートの固い床を打つチャッチャッという足音が背後から迫り、少女はついにこらえ切れなくなってあらん限りの声で叫び声を上げた。
「いやあっ! やめてぇっ!」
少女の半狂乱の絶叫が地下道に響き渡る。
背後から迫った黒い影は前脚を前方に伸ばすと少女の足元をサッとすくい上げ、引っ掛けられた少女は全力で走っていた勢いそのままに床の上を転がった。
「きゃあっ!」
膝や肩を床に強打して、しびれるような重い痛みに少女はうめき声を漏らす。
中高生と思しき彼女は床に手をつき、涙で滲んだ目で自分を追ってきたものの姿を見上げた。
一瞬だけ視界に入ったそれは毛むくじゃらの巨大な獣だったが、その恐ろしい姿を直視できずに少女はすぐさま顔をそむけて目を固く閉じる。
だが獣の強い体臭が鼻を突き、その荒く野性的な息遣いが顔のすぐそばまで迫ってきた時、少女の恐怖は頂点に達し、そのまま彼女は意識を失って床に崩れ落ちた。
失神して倒れ伏している少女の体の上に大きな影が落ちる。
薄暗い照明の下に、少女を追い回していたものの正体が浮かび上がる。
それは……猿だった。
それも動物的な特徴を持ちながらも、本来の猿とは遠くかけ離れた姿である。
歯をむき出しにして、眼を異様に赤く充血させた凶暴な形相の化け猿だった。
体格は平均的な成人男性よりもやや大きく、黒と灰色のまだら模様の毛並みが禍々しさを際立たせている。
背中を丸めたまま前足を地面から離し、二足歩行でのっそりと床を踏みしめながら化け猿は失神している少女を見下ろした。
「グルルルルル・・・・・・」
少女の肢体を舐めるように見回して十分に獲物の姿を吟味すると、化け猿は失神している少女の髪をつかんでその体を引き起こそうとした。
その時だった。
「猿の妖魔って臭うから嫌いなのよね」
それは嫌悪感を伴った若い女の声だった。
背後から唐突に耳に伝わるその声に化け猿がビクッとして振り返ると、そこには声の主と思われる一人の若い女が立っていた。
「その子を襲うのに夢中で私の接近に気が付かなかった? 獣のくせに迂闊ね」
突然の闖入者に化け猿は警戒してグルグルと喉を鳴らし、現れた女の姿をじっと観察する。
女は袖のところに緑に光る紋様が刺繍された白い衣と、側面に同様の紋様が刺繍された群青色の袴を着用しており、長い黒髪を後ろでひとつにまとめていた。
和装の女は不敵な笑みを浮かべると、前に差し出した手で化け猿に手招きをしてみせる。
「その子よりも私のほうが食べごろよ」
化け猿はつかんでいた少女の手を離す。
意識を失ったままの少女は、糸の切れたマリオネットのようにドサリと崩れ落ちた。
獣の本能が化け猿に告げている。
目の前に立つ女は自分に危害を加えようとする明確な敵であると。
即座に抱いた殺意に化け猿の全身の毛は逆立ち、その目はさらに吊り上がる。
女と化け猿の間に横たわる5メートルの距離にピリピリとした静電気のような空気が漂ったのも、ほんの1秒にも満たない刹那のことだった。
「ガウッ!」
鋭い雄たけびを上げて素早く化け猿が地面を蹴ると、一瞬で両者の間の距離は縮まった。
ガツンと固い物体同士がぶつかり合う硬質な音が響き渡る。
だが、化け猿は思わずギャッと短い声を上げた。
女の首を狙って振り下ろされた化け猿の爪を受け止めているのは、女の体の前に突如として現れた漆黒の巨体を持つ異形の化け物だった。
「フンッ。ケンカを売る相手を間違えたわね。私に爪を向けた報いを受けてもらうわよ」
不敵な表情でそう言い放つ女の目の前に立つそれは、3メートルほどの背丈と炭を塗ったように黒々とした肌の筋骨隆々たる体躯を持ち、瞳の無い赤い目、灰色のタテガミ、頭から天を突くように二本の角を生やしている。
雄々しいその姿は鬼そのものだった。
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