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地獄怪僧の章
第72話 神速の響音
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多綺響音。右腕のない和服姿の女は特徴的な八重歯をちらっと見せ微笑んだ。しかし、その美しい女が立っている場所は厳つい身体の男の背中であり、あまりに似つかわしくなかった。そしてその残された左腕には何かを持っていた。
「響音さん!?」
カンナがふらつく身体をゆっくりと起こして響音の方を見た。
「カンナー!! 大丈夫!? 怪我は??」
つかさが響音の後ろの方から棒を片手に走って来た。
つかさはどうやら無事だったようだ。
「私は大丈夫。ただ、少し氣を使っただけなのに身体がおかしくて」
ふらついたカンナをつかさは支えた。
「カンナ。せっかくの再開だけど、ゆっくりしてる暇はない。慈縛殿へ急ぎなさい。あと、この山で極力氣は使わない方がいい。死ぬよ」
「どういう事ですか!? 響音さんは私達の任務を知っているんですか?」
カンナの疑問に響音は頷いた。
「久壽居さんから全部聞いたよ。あたしも、青幻を追ってる身だからね。久壽居さんや宝生将軍にはお世話になっているのよ。で、あなた達の任務が慈縛殿へ行くことだと聞いてちょっとだけ手を貸しに来たのよ。青幻の部下を始末するチャンスだしね。それにあなた達、この青龍山脈の事知らないでしょうからね」
カンナはつかさと顔を見合わせた。
響音は牙牛の背中から飛び降りるとカンナとつかさに近付いた。
「この青龍山脈は蔡王と瀋王という2人の男が支配している。王と名乗っているけど別に国を持っているわけじゃない、ただの賊徒。彼らは青幻に力を貸すことで青幻の支配から免れているのよ」
「もしかして、さっき襲って来た部隊はその蔡王と瀋王の部隊!?」
カンナが目を丸くして言った。
「あら、襲われたの? そうね、ここで襲ってくる部隊は奴らよ。私の調べでは青幻は蔡王と瀋王に協力を要請し、かつ、自らの部下の幹部4名を派遣した。あたしはつかさが襲われてたところにギリギリ間に合ったのよ」
そう言うと響音は持っていたモノをカンナとつかさの前に投げ捨てた。
「うわ!!?」
「槍鬼来!?」
2人の前には先程つかさと闘っていた槍使いの男、槍鬼来・阿顔の首が転がっていた。
「響音さん、危ないところを助けて頂き、本当にありがとうございました」
つかさが頭を下げた。
「礼なんていらないからつかさ、あんたももっと腕を磨きなさいよ」
「はい……」
つかさはしゅんとして俯いた。
「響音さん、氣を使うなってどういう事ですか!?」
カンナは響音の口にした事がずっと疑問だった。氣の消費が早いこと、氣の威力が増したことに何か関係があるに違いない。
「ああ。ここ青龍山脈は特殊な土地でね。氣を使う者から必要以上に氣のエネルギーを放出させやがて死に至らしめるって言い伝えがあるのよ。実際に氣を使う人間なんてそんなにいないから本当かどうか分からなかったんだけど、実感があるんでしょ?」
「はい……」
「だったら尚更、この後の戦いの為にも氣は温存しておいた方がいいんじゃないかしら? 慈縛殿も青龍山脈の中なんだからね」
響音はカンナを心配そうな目で見た。
「あたしも、慈縛殿に行って協力したいけど、とりあえず、このデカブツを片付けないといけないからね。先に行きなさい。2人とも」
倒されたはずの牙牛を響音は見た。
すると牙牛は突然飛び起き響音に掴みかかろうと大きな左腕を伸ばした。
「行け! カンナ、つかさ! 慈縛殿はここから西よ。馬であと半日! ただし、日が完全に沈んだら移動はやめなさい!」
響音は叫びながら目的地の方角にかすかに見える沈みかけた夕日を指差し、襲い掛かる牙牛の左腕を交わした。
「ありがとうございます! 響音さん! 必ず後で会いましょう!」
響音は可愛らしい八重歯を見せて微笑んだ。
カンナとつかさは馬に飛び乗ると響音の指差した西を目指し駆けて行った。
日はあとわずかで完全に沈みそうだ。
「多綺響音か。貴様阿顔をよくも殺りやがったな!! 学園からしっぽ巻いて逃げ出した元序列8位の腰抜け如きが、この高速の俺の動きについてこられるか? ああ?」
牙牛は顔に付いた土を右手で叩き落とした。
「は? 逃げ出した? 序列8位? 高速?」
響音は鼻で笑った。
「何がおかしい? 俺を止めたきゃせめて序列5位以上の生徒でも連れてくるんだな」
「なるほど。ってかお前、さっき序列10位のカンナにやられかけてなかったか? カンナの氣が自由に使えたらお前もう死んでるわよ?」
響音は意地悪く笑いながら言った。
牙牛は顔を赤黒くして歯軋りをした。
そして大きく吼えると響音へ一直線に突っ込んで来た。
猪突猛進。響音は牙牛の突進をぎりぎりまで引き付けて上に跳んで交わした。そして空中で一回転。
「猪突猛進しか出来ない馬鹿だと思ったのか?
多綺響音!!」
牙牛のダミ声が響音の耳元で大きく聴こえた。牙牛もいつの間にか響音と同じ高さに跳んでいた。
牙牛はそのまま大きな右腕を振り下ろした。
響音は牙牛の腕よりも速く牙牛の身体を両足で蹴り、拳を避けた。
響音は軽々と着地。牙牛は地面を揺らす程の勢いで着地した。
牙牛は舌打ちをしていた。
「貴様、絶対にぶち殺してやる」
言った瞬間、牙牛は響音の目の前まで接近していた。眼前に牙牛のニヤけた厳つい顔。してやったと思ったのだろう。拳が響音の顔面を捉えかけた。この巨漢からこのスピードは確かに想定外だった。
しかし────
響音は牙牛の拳を寸前で躱し背後に回った。
「お前の速さなど、このあたしの前では止まって見えるわ」
響音は牙牛が振り向くより前に右脚の踵で首を打った。
「ぬぅ!? この……!!」
牙牛は振り向いたがそこに響音の姿はない。それと今度は顔面に膝が入った。鼻が折れ血が舞った。
牙牛が必死に見えない響音を捕まえようと手当り次第に腕を振り回しているが全く捕まえられず響音はただ頭に集中的に蹴りを入れていく。
牙牛は次第に疲れ始め響音を追うのをやめ腕を頭の防御に回した。
「くそぉ! 速過ぎて見えねぇ」
牙牛は頭を防御しながら木々の間へ走っていった。
響音は攻撃をやめ地面に着地した。
「どうした? 牙牛。逃げるのか?」
響音が木々の奥に走り去った牙牛を挑発した。
すると今度は響音の目の前に大木が飛んできた。響音はそれすらもひらりと難なく躱し牙牛の出方を窺った。
「貴様のもう1本の腕も叩き斬ってやるわ!!」
牙牛は大声で叫びながら先程カンナに投げつけ木々の奥へ消えた斧を再び手にし、響音に斬り掛かった。
「3つ、お前の間違いを教えてやろう」
響音は牙牛に3本の指を見せ、牙牛の斧を交わした。
斧は大地を叩き割り、地割れを起こした。
「1つ、あたしの”神速”は何人も捉えられない」
響音はまた牙牛の後ろに回り、後ろ回し蹴りを側頭部に入れた。
牙牛がふらついた。
「2つ、あたしは学園から逃げてない」
牙牛はまた斧を振り上げた。
「そして3つ、あたしは元序列5位だ」
響音は今度は牙牛の目の前で腰の柳葉刀を抜き放ち一息に牙牛の首へ振った。
牙牛は目を見開いたままその首を宙に飛ばした。
鮮血が薄暗い空に舞い上がった。
響音は牙牛の背後に静かに着地すると刀の血を振り払い鞘に収めた。
「分かったか、豚野郎」
首のない牙牛の巨漢はゆっくりと地面に崩れた。大きな斧も音を立て地面に落ちた。
目を見開いたままの首は血を流しながら地面に転がっていた。
「もう日没か……」
響音は空を見上げ、1人呟いた。
日が沈み切った。四方見渡しても同じ風景のこの山では方角を確認する術が太陽などの天体しかないのだ。夜の唯一の目印の月も星も今日に限っては何故か見えなかった。
「響音さん!?」
カンナがふらつく身体をゆっくりと起こして響音の方を見た。
「カンナー!! 大丈夫!? 怪我は??」
つかさが響音の後ろの方から棒を片手に走って来た。
つかさはどうやら無事だったようだ。
「私は大丈夫。ただ、少し氣を使っただけなのに身体がおかしくて」
ふらついたカンナをつかさは支えた。
「カンナ。せっかくの再開だけど、ゆっくりしてる暇はない。慈縛殿へ急ぎなさい。あと、この山で極力氣は使わない方がいい。死ぬよ」
「どういう事ですか!? 響音さんは私達の任務を知っているんですか?」
カンナの疑問に響音は頷いた。
「久壽居さんから全部聞いたよ。あたしも、青幻を追ってる身だからね。久壽居さんや宝生将軍にはお世話になっているのよ。で、あなた達の任務が慈縛殿へ行くことだと聞いてちょっとだけ手を貸しに来たのよ。青幻の部下を始末するチャンスだしね。それにあなた達、この青龍山脈の事知らないでしょうからね」
カンナはつかさと顔を見合わせた。
響音は牙牛の背中から飛び降りるとカンナとつかさに近付いた。
「この青龍山脈は蔡王と瀋王という2人の男が支配している。王と名乗っているけど別に国を持っているわけじゃない、ただの賊徒。彼らは青幻に力を貸すことで青幻の支配から免れているのよ」
「もしかして、さっき襲って来た部隊はその蔡王と瀋王の部隊!?」
カンナが目を丸くして言った。
「あら、襲われたの? そうね、ここで襲ってくる部隊は奴らよ。私の調べでは青幻は蔡王と瀋王に協力を要請し、かつ、自らの部下の幹部4名を派遣した。あたしはつかさが襲われてたところにギリギリ間に合ったのよ」
そう言うと響音は持っていたモノをカンナとつかさの前に投げ捨てた。
「うわ!!?」
「槍鬼来!?」
2人の前には先程つかさと闘っていた槍使いの男、槍鬼来・阿顔の首が転がっていた。
「響音さん、危ないところを助けて頂き、本当にありがとうございました」
つかさが頭を下げた。
「礼なんていらないからつかさ、あんたももっと腕を磨きなさいよ」
「はい……」
つかさはしゅんとして俯いた。
「響音さん、氣を使うなってどういう事ですか!?」
カンナは響音の口にした事がずっと疑問だった。氣の消費が早いこと、氣の威力が増したことに何か関係があるに違いない。
「ああ。ここ青龍山脈は特殊な土地でね。氣を使う者から必要以上に氣のエネルギーを放出させやがて死に至らしめるって言い伝えがあるのよ。実際に氣を使う人間なんてそんなにいないから本当かどうか分からなかったんだけど、実感があるんでしょ?」
「はい……」
「だったら尚更、この後の戦いの為にも氣は温存しておいた方がいいんじゃないかしら? 慈縛殿も青龍山脈の中なんだからね」
響音はカンナを心配そうな目で見た。
「あたしも、慈縛殿に行って協力したいけど、とりあえず、このデカブツを片付けないといけないからね。先に行きなさい。2人とも」
倒されたはずの牙牛を響音は見た。
すると牙牛は突然飛び起き響音に掴みかかろうと大きな左腕を伸ばした。
「行け! カンナ、つかさ! 慈縛殿はここから西よ。馬であと半日! ただし、日が完全に沈んだら移動はやめなさい!」
響音は叫びながら目的地の方角にかすかに見える沈みかけた夕日を指差し、襲い掛かる牙牛の左腕を交わした。
「ありがとうございます! 響音さん! 必ず後で会いましょう!」
響音は可愛らしい八重歯を見せて微笑んだ。
カンナとつかさは馬に飛び乗ると響音の指差した西を目指し駆けて行った。
日はあとわずかで完全に沈みそうだ。
「多綺響音か。貴様阿顔をよくも殺りやがったな!! 学園からしっぽ巻いて逃げ出した元序列8位の腰抜け如きが、この高速の俺の動きについてこられるか? ああ?」
牙牛は顔に付いた土を右手で叩き落とした。
「は? 逃げ出した? 序列8位? 高速?」
響音は鼻で笑った。
「何がおかしい? 俺を止めたきゃせめて序列5位以上の生徒でも連れてくるんだな」
「なるほど。ってかお前、さっき序列10位のカンナにやられかけてなかったか? カンナの氣が自由に使えたらお前もう死んでるわよ?」
響音は意地悪く笑いながら言った。
牙牛は顔を赤黒くして歯軋りをした。
そして大きく吼えると響音へ一直線に突っ込んで来た。
猪突猛進。響音は牙牛の突進をぎりぎりまで引き付けて上に跳んで交わした。そして空中で一回転。
「猪突猛進しか出来ない馬鹿だと思ったのか?
多綺響音!!」
牙牛のダミ声が響音の耳元で大きく聴こえた。牙牛もいつの間にか響音と同じ高さに跳んでいた。
牙牛はそのまま大きな右腕を振り下ろした。
響音は牙牛の腕よりも速く牙牛の身体を両足で蹴り、拳を避けた。
響音は軽々と着地。牙牛は地面を揺らす程の勢いで着地した。
牙牛は舌打ちをしていた。
「貴様、絶対にぶち殺してやる」
言った瞬間、牙牛は響音の目の前まで接近していた。眼前に牙牛のニヤけた厳つい顔。してやったと思ったのだろう。拳が響音の顔面を捉えかけた。この巨漢からこのスピードは確かに想定外だった。
しかし────
響音は牙牛の拳を寸前で躱し背後に回った。
「お前の速さなど、このあたしの前では止まって見えるわ」
響音は牙牛が振り向くより前に右脚の踵で首を打った。
「ぬぅ!? この……!!」
牙牛は振り向いたがそこに響音の姿はない。それと今度は顔面に膝が入った。鼻が折れ血が舞った。
牙牛が必死に見えない響音を捕まえようと手当り次第に腕を振り回しているが全く捕まえられず響音はただ頭に集中的に蹴りを入れていく。
牙牛は次第に疲れ始め響音を追うのをやめ腕を頭の防御に回した。
「くそぉ! 速過ぎて見えねぇ」
牙牛は頭を防御しながら木々の間へ走っていった。
響音は攻撃をやめ地面に着地した。
「どうした? 牙牛。逃げるのか?」
響音が木々の奥に走り去った牙牛を挑発した。
すると今度は響音の目の前に大木が飛んできた。響音はそれすらもひらりと難なく躱し牙牛の出方を窺った。
「貴様のもう1本の腕も叩き斬ってやるわ!!」
牙牛は大声で叫びながら先程カンナに投げつけ木々の奥へ消えた斧を再び手にし、響音に斬り掛かった。
「3つ、お前の間違いを教えてやろう」
響音は牙牛に3本の指を見せ、牙牛の斧を交わした。
斧は大地を叩き割り、地割れを起こした。
「1つ、あたしの”神速”は何人も捉えられない」
響音はまた牙牛の後ろに回り、後ろ回し蹴りを側頭部に入れた。
牙牛がふらついた。
「2つ、あたしは学園から逃げてない」
牙牛はまた斧を振り上げた。
「そして3つ、あたしは元序列5位だ」
響音は今度は牙牛の目の前で腰の柳葉刀を抜き放ち一息に牙牛の首へ振った。
牙牛は目を見開いたままその首を宙に飛ばした。
鮮血が薄暗い空に舞い上がった。
響音は牙牛の背後に静かに着地すると刀の血を振り払い鞘に収めた。
「分かったか、豚野郎」
首のない牙牛の巨漢はゆっくりと地面に崩れた。大きな斧も音を立て地面に落ちた。
目を見開いたままの首は血を流しながら地面に転がっていた。
「もう日没か……」
響音は空を見上げ、1人呟いた。
日が沈み切った。四方見渡しても同じ風景のこの山では方角を確認する術が太陽などの天体しかないのだ。夜の唯一の目印の月も星も今日に限っては何故か見えなかった。
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