序列学園

あくがりたる

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虎狼の章

第47話 邂逅

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 カンナは舞冬まふゆ斑鳩いかるがから言われた事を全て話した。
 舞冬は少し表情を動かしただけでそこまで驚いた様子はなかった。

「そういうことかー。確かに、水音みおちゃんと光希みつきちゃんにそのことは言わない方がいいね。面倒臭いことになりそう。でも誤解を解くには本当のことを言うしかないね。困ったなぁ」

 舞冬は真剣に考えてくれた。いつもふざけた所はあるが真面目な時はとことん真面目である。

「私もね、この学園は何かおかしいと思うのよ。実はこの前総帥の独り言で『斑鳩め余計なことをしおって』ってのを聴いちゃったのよね」

 舞冬は割天風かつてんぷうの物真似をしながら言った。

「どういうことですか? ひいらぎさん」

「私にも真意は分からない。んー……ここからは私の想像だけど、もしかしたら、斑鳩さんが青幻 せいげんの別働隊を見付けてしまったこと自体が不味かったんじゃないかな」 

「……え……ってことは……」

「青幻の別働隊が島に入る事は学園側も知っていた。それどころかカンナちゃん達が闘った3人も元々来ることは分かっていた」

 舞冬がいつになく真剣な表情で言った。

「嘘……学園と青幻は繋がっているってこと?だって、青幻は月希るいさんを殺し、響音ことねさんの右腕を斬った奴なんですよね? えっと……もしかしたらそこから既に思惑通りってこと??」

「まぁあくまでも私の想像だけどね。でもこの想像が真実だったらその仮説も可能性としてはあることになるわね」

「柊さん……私……怖いです」

 カンナは恐怖に襲われた。
 舞冬はカンナの肩に手を置いた。

「私、ちょっと調べてみる。もし、もしだよ? 私の想像が真実だったとしたら、皆連れてこの学園から抜け出そう!」

 舞冬は笑顔で言った。
 その笑顔でカンナはいくらか恐怖心が和らいだ。

「……でも、危険です。斑鳩さんだってかなり危ない状況な気がします」

「大丈夫! 私は上手くやるよ!」

 カンナは俯いた。

「それと、水音ちゃんと光希ちゃんのことは時間掛けて解決していこう! 私も力になるからさ! つかさちゃんだって」

「つかさには言わないでください!!」

 舞冬の言葉を遮りカンナはきっぱりと言った。

「え? どうして?」

 舞冬が首を傾げて尋ねた。

「つかさには……心配掛けたくないんです……」

 カンナは小さな声で言った。

「分かったよ! 言わない。カンナちゃんはつかさちゃんのことが好きなんだね~。ま、つかさちゃんに頼れない分、存分に私に頼ってくれていいからね! 私はカンナちゃんよりお姉さんだからさ!」

「はい……! ありがとうございます! 柊さん!」

「いい加減、舞冬って呼んでくれない?」

 舞冬がニコリと微笑んだ。

「分かりました! 舞冬さん!」

 カンナも微笑み返した。

「それじゃあ、私は行くね! まだ厳戒態勢解除の連絡回すの途中だからさ」

「え!!? あ! ご、ごめんなさい、お仕事中に……私」

「いいのよ! じゃ、またね! カンナちゃん」

 舞冬は笑顔でそう言うと部屋から出て行った。
 カンナは部屋に1人きりになった。
 膝を抱えてじっとしていた。
 水音と光希はどこへ行ったのだろう。




 カンナは気分を変えようとお気に入りの崖の上へ向かうことにした。
 響華きょうかに跨り駆け出そうとした時、声を掛けられた。

澄川すみかわ! 何処かへ出かけるのか?」
 
 カンナが声のする方を見ると、綺麗な顔の美男子斑鳩が立っていた。
 隣には見た事のない背の高い大男も立っていた。
 カンナは斑鳩の顔を見るとすぐに目を逸らした。

「い、斑鳩さん、こんにちは。あの……隣の方は?」

 カンナは顔を赤く染めながら恐る恐る尋ねた。

「お前が会いたがっていた久壽居くすいさんだよ。久壽居さんもお前を探していたから案内していた所だ」

「え!? あ、こ、こんにちは! 噂はかねがね……澄川カンナと申します!」

 カンナは慌てて響華から飛び降り、久壽居に頭を下げた。

「おお、礼儀正しいいい子じゃないか。榊樹月希さかきるいを思い出すな」

「み、皆にそう言われます……そんなに似ていますか?」

 カンナは頬をかきながら尋ねた。

「そうだな。見た目が……って訳じゃないが雰囲気とかがな、似てると思う」
 
 斑鳩が笑顔で言った。
 久壽居も頷いている。

「それにその馬は響華じゃないか? 響音が学園から離脱したのは知っているが……そうか響華には今お前が乗っているのか」

「そうです。響音さんから頂きました。響音さんは自分で走った方が速いって……」

「確かにな!」

 久壽居は大きな声で笑った。
 斑鳩も笑っていた。
 カンナはふと思い出したかのように辺りの氣を探った。まだ斑鳩の監視の3人が近くに潜んでいるようだ。
 久壽居の表情が動いた。

「澄川カンナ、お前、分かるのか?」

「……といいますと?」

 久壽居が何について訊いたのか分かったが気付かない振りをした。
 斑鳩は無表情でカンナの顔を見詰めていた。

「なるほど。どうやら面倒なことに巻き込まれているようだな。よし、斑鳩、澄川。俺の部屋に来い」

 カンナと斑鳩は久壽居に連れられ体特寮の寮長室へ連れて行かれた。
 体特寮の久壽居の部屋の中には必要最低限の家具しかなかった。ただカンナの部屋よりも広いというだけだった。以前弓特の美濃口鏡子みのぐちきょうこの部屋に入った事があったが、グランドピアノを置いてもまだ余裕のあるくらいの広さだった。久壽居の部屋は物が少ない分それよりも広く感じる。

「まぁ何もない部屋だが座れよ、2人とも」

 久壽居が言ったのでカンナと斑鳩は同じソファーに並んで腰を下ろした。
 さすがに体特の上位2名と一緒という状況は落ち着かない。カンナはそわそわしていた。

「で? 斑鳩。あの3人の監視はなんだ? 敵か?」

 久壽居は正面のソファーに腰を下ろしいきなり核心をついてきた。さすがに監視を見抜いていたようだ。

「恐らくですが、学園の監視だと思います」

 斑鳩は久壽居にカンナに以前聞かせてくれた推測を話した。
 久壽居は斑鳩の話を聴き終わると口を開いた。

「有り得なくもないことだな。お前が学園にとって不利益に動いた。だからこれ以上余計なことをしないように監視を付けている……なるほど。となると、監視の3人は学園の闇の者か青幻か我羅道邪がらどうじゃの者のどれかだな。青幻の者だとしたら恐らく斑鳩が別働隊を見つけた時に他にも潜入していたということになるかもしれん」

「学園の闇の者……?」

 カンナは聞きなれない言葉に思わず聞き返した。

「俺達生徒や師範達、その他学園に従事する者以外にも人間がいないとは言い切れんだろう」

「そうですね」

 斑鳩が暗い表情で静かに答えた。

「斑鳩。お前を巻いた別働隊の奴はどんな奴だった?」

「確か……黒髪で顔に痛々しい傷があって背中に幅広の刀を1本背負っていました。しかし刀は抜かずに俺の闘玉とうぎょくを全て見切り躱しました。歳は久壽居さんよりも上だと思います。それに相当の腕です」

孟秦もうしんだ」

「え?」

「そいつは恐らく青幻の部下の孟秦という男だ。俺は一度戦場で孟秦の率いた部隊とやり合った。その時孟秦は青幻の末端の部隊の指揮を執っていたが、末端の指揮をさせておくには勿体ないくらいの実力だったとあの宝生ほうしょう将軍も仰っていた。お陰様でその戦は帝都軍の敗北に終わった」

 宝生というのは大陸側の帝都軍の総司令官で武術の達人である。この国に住んでいる者なら知らない者はいない有名人だ。武芸十八範を極めた割天風にも勝るとも劣らない力を持つと聞く。
 宝生は戦の指揮も巧みだと言われていた。その宝生を唸らせたとなるとかなりの強者ということになる。

「孟秦。そうでしたか。覚えておきましょう」

「それで斑鳩よ。今後どうするつもりだ? 穏便に済ませるにはお前が学園を抜ける以外に方法はなさそうだがな。或いは学園に逆らってみるか? お前の力なら外の3人の監視など軽く捻り潰せるだろう」

 久壽居は腕を組みながら斑鳩に言った。

「もちろん。監視を蹴散らす事は容易いことですが……私は学園に残りたい。総帥は恩師であり親です。学園が本当に良からぬことを企んでいるという確証がまだありません。ならば、私は総帥の恩に報いる必要があります」

 斑鳩は自らの拳をさすりながら言った。

「そうか。ならもし、学園がお前を裏切った時はどうする?」

「その時はここから去ります」

 久壽居の問に斑鳩は迷わず答えた。

「分かった。ま、俺はもう学園から離脱する身だ。後のことは現役生であるお前達がどうにかすることだ。俺は青幻や我羅道邪の手からは兵を派遣して守ってやることは出来るが、学園内のいざこざにまで干渉していられない」

「やはり、離脱なさるのですね。はい。大丈夫です。こちらはこちらで何とかします」

 久壽居が学園にいる今なら力を貸してくれるという意味に聴こえた。しかし斑鳩はそれを断った。確かにまだ何もはっきりとは分かっていないのだ。それにしても久壽居の離脱表明には寂しさが込み上げてきた。

「あの、その件に関して、舞冬さんが1人で調べてみるって言ってました」

「何だと!? 柊が!? あの馬鹿……余計なことを」

 斑鳩はカンナの言葉に目の色を変えて憤りを表した。

「好きにさせておけ斑鳩。あいつは誰が何を言っても聞かん。それに諜報活動のような仕事はあいつに適任だろ」

 斑鳩は頭を抱えた。

「でも、この学園の生徒には他にも学園に何らかの疑問を持っている人はいますよ」

 カンナは続けて言った。
 久壽居が顎に手を当てて考える仕草をした。
 斑鳩も呼吸を整えて腕を組んだ。
 そして久壽居が口を開いた。

「俺もそのことに関しては違和感を感じたことはある。神髪瞬花かみがみしゅんかのことに関してだが」

「神髪瞬花……」

 カンナはまだ見た事すらない序列1位のその女の名前を聞き興味が湧いた。

「あいつの特別待遇は最早人間を扱っているようには思えない。総帥は何か兵器でも扱っているかのような、そんな感じだ。俺も本人を見たことすらない。総帥はその存在を何度か示唆したが、俺には本当は存在しないんじゃないかとさえ思える。神髪瞬花がいようがいまいが俺達には関係ないが、そんな曖昧な絶対的戦力を保持している学園は普通じゃあないかもな」

「久壽居さん。神髪瞬花はいます」

 カンナは静かに言った。

「何だ澄川。お前、見たことあるのか?」

 久壽居が眉を動かして言った。

「見てはいません。でも、氣を感じるんです。この学園内に、しかも尋常じゃないほどの強い氣を」

 『氣』という言葉に久壽居はカンナの方に身を乗り出した。

「澄川。お前、もしかして、澄川孝謙すみかわこうけんのご息女か?」

「ええ。澄川孝謙は私の父です」

「そうだったのか! 澄川師範の! それじゃあ『篝気功掌かがりきこうしょう』を使えるのか」

「使えます」

 久壽居は嬉しそうに頷いていた。

「俺はかつて澄川師範に会ったことがある。その時に篝気功掌を教わろうとしたが体得するには至らなかった」

「え!? 父に会ったんですか!?」

 初めてだった。父は政治家としてテレビにひっきりなしに出ていたので見たことのある人間は多かったが実際に会ったことがあるというのは久壽居が初めてである。父は道場を開き篝気功掌を集まった生徒達に教えていた。しかし、その生徒達もまた我羅道邪に抹殺されていた。事実上篝気功掌を使えるのはカンナしかいなくなったのだ。

「世界には数多の武術がある。しかし、世界最強の体術は『篝気功掌』だと思う」

「あ、ありがとうございます!」

 久壽居に褒められ、カンナは嬉しくなり顔を赤くした。

「そうだ、澄川。学園の陰謀も今の所何も分からないんだ。だったらその話は今は置いといて、篝気功掌を見せてくれないか? 斑鳩、構わないだろ?」

「俺は構いませんよ。今はまだ体特のトップは久壽居さんですからね。その指示には従います」

「よし! 澄川! 表に出ろ、手合わせだ」

 カンナはいつの間にか自分の顔が飛び切りの笑顔になっている事に気が付いた。

「願ってもない! 久壽居さんと手合わせ出来るなんて光栄の極みです!」

 カンナはすっと立ち上がり軽やかに玄関へ駆けて行った。
 靴を履こうとしているカンナの背後で久壽居と斑鳩がくすくすと笑っていた。
 カンナは何故笑われているのか分からなかった。
 
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