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記憶を持たぬ大魔法使い

21、苦手な櫨染の話をしよう

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相も変わらず、何を言っているのか分からない。分からないが、執事の視線の運ばせ方で俺が異端だと判断された事は分かった。その証拠に俺の思考は『拒絶』『恐怖』『警戒』不吉な感情で支配される。滲む冷や汗をそっと拭うと、婦人はコツりと低めのヒールを鳴らした。

「 {?} 」

執事の感情でまず間違いないだろう。だって、ずっと顔が怖いもの。目の前の二人をチラリと盗み見ると案の定、秒で鋭い視線に捕まった。

幽閉、投獄、死刑。

恐ろしい情景が脳内にポンポンと浮かぶ。しかし妙な気持ちだ。半テンポ遅れて予想していた感情に襲われる。こんな事は今まで一度も無い事だった。無意識に動作がゆっくりになり、いつかのテムオを思い出す。

「困った」

分からない事がまた増えた。

言葉⟵NEW!! 楽しげに言えばきっとこんな感じだろう。

しかし、ここで伝える事から逃げたらあまりにも不義理なことだけは分かる。一つ深い呼吸をしてお互いを怖がらせないよう、ゆっくりと上半身を起き上がらせ二人を見上げる。

「あの····服、と治療を、施してくださってありがとうございました」

無傷の腕と着ていた服を掴んで見せ、胸に手を添え頭を下げる。無言の圧と言うやつだろうか。2人もとい4人の瞳が一点に向けられる。浅くなる呼吸の中、俺は無害だと揺れる鉄色と櫨染の瞳に訴えた。テムオに習い身振り手振りを加え、再びゆっくりと感謝を伝える。彼の場合は悪いことをした時の動作だが。

「ありがとうございます」

以前ジェスチャーでえらい目にあった事がある。同じものでも国が違えば賞賛にも罵声にもなるそれを今は下手に披露しない方が良いだろう。一同は俺が口を動かす様子をじっと眺めていた。

「本当にありがとうございます」

王蟲のように繰り返していた『ありがとう』が何度目か分からなった頃、下げ続けた頭上から僅かな空気の緩みを感じた。

「ありがとうございました」

ほわほわと緩む緊張。陽だまりの中にいるような『平穏』に包まれる。なんて穏やかな感情を持った人なんだろう。見れば、悲しそうでもあり嬉しそうにも思えた。何かを懐かしんでいるような、遠くを見つめる婦人の表情に目を奪われる。時間にして1分にも満たない出来事。いつまでも静かな室内。疑問が膨らみ声を掛けようと小さく息を吸うと突如、波のような『警戒』が挿す。ひとまず誠意が伝わり安堵するも今は無闇矢鱈、動かない方が良さそうだ。

「アリゲーターいました」

とても5人も人が居るとは思えない。いつまでも、ゆったりとした気まずさが漂う。

「兄が罪人でした」

正直、帰りたい。

「アバラ折れました」

「 {?} 」

あの埃臭い空間。起きたら標本の虫がざわめいている朝。たいして美味しくない果物。憎たらしいアゴヨワ。今は全てが恋しい。元の世界含め体験した事のない優遇。『タダより怖いものはない』を痛感する。できる事なら今すぐ窓の額縁やベッドの下に逃げ込みたい。おまけに身体を動かしていないせいか正座などしてもいないのに爪先の感覚が無くなってきた。

『あのジャストフィットな床穴が恋し~よ~』

声にならない下心増し増しの訴えが、俺をなんとも言えない顔にさせる。しかし同時に暗闇から抜け出せたような、妙案を思いついた。

「 {?} 」

『アゴヨワ様。いかがお過ごしでしょうか?今、貴方様に心情を送っております。こちらは、貴方様のお知り合いの光彩なお身体をお借りしている若輩です。単刀直入ではありますが、今、何処にいるのか分からなくなってしまいました。俗に言う迷子でございます。現状を申しますと、とても豪華なお屋敷で沢山の人間に囲まれています。しかしご安心ください。このお身体に酷いことは何もさせておりません。ですが言葉が通じず、大変困惑しております。このお身体をお借りしている身でこんな事を申すのは誠に恐縮ではありますが、どうか、この心情をお受け取りになりましたら、迎えに、いえっご一報頂けると幸いです。どうか、どうかぁ~~』

アゴヨワに気持ちを送る。我ながら焦り過ぎて可笑しな文章になってしまった。

『ポンタ元気かっ肉忘れてないからなっ』

「 {···奥様、あの表情はなんでしょうか?} 」

『不安』『関心』『攻撃』止め度なく挿し続ける感情。執事が数歩後ろに待機させた騎士に合図をしようとした時、数刻遅れ、婦人がどこか楽しげに呟く。

「 {·····そうねぇー?} 」

きっと大丈夫でしょう、小さくも確信めいた言葉が続いた。銀朱の紅を挿した唇が静かに揺れる。

「 {···どうしてかしら。ねぇ、カルドネ。どうしてこんなに胸がいっぱいになるのかしら。苦しくて、とてもあたたかいわ。この溢れ出す気持ちを貴方にも伝えたいのだけれど、言葉がまるで出てこないの} 」

ペンダントを握りしめ、固く眼を瞑る婦人。その姿を見下げ、微かに肩を震わせる婦人に寄り添う執事の姿は、些か大型犬のようにも思える。

奥様、その後に続く言葉はなかった。執事は敬愛する婦人に初めて、悲しみの込もった視線を送った。

「 {それなのにっどうしてっ。こんな時に限って、あの人は居ないのかしら。本当に嫌になっちゃう} 」

執事はたちまち焦りを滲ませる。何故なら婦人がこの表情をする時は大概、旦那様の話に決まっている。そしてその話の長い事長い事。おまけに同じ話を繰り返すときた。さっきの話だって既に13回目だ。そろそろ一字一句正確に暗唱できてしまう。しかもモノマネつきで。

「 {奥様} 」

敬愛するもう一人の番をなじられ、なすすべもない執事。それを知ってか知らずか婦人は追撃の手を緩めず、密かに手を力ませる執事に問うた。

「 {貴方もそう思うでしょう?カルドネ?} 」

それは問いかけではない問い。

あぁ名前さえ呼ばれなければ騎士に丸投げしてしまえるのに、元は端正な顔立ちが今は目も当てられない。しなっしなになってしまった渋顔が益々干からびていく。

「 {······ハイ、おっしゃる通りにございます} 」

よろしい、満足げな声音が響く中、対照的に届くかも分からない気持ちを訴え続ける俺。タイムカプセルのビデオレターを撮っているような、先が見えない不安はやはり拭えない。『どうか届いてくれ~』それは対象のいない祈りだった。

『スフも元気か?風邪には気をつけるんだぞ。あったかくしてな~俺がいない間もあったかくしてるんだぞ~臓器は絶対冷やしちゃ駄目だからな~』

『哀愁』に当てられ、干渉に浸る俺。

「 {私には大事を成した後のようにも見えますが····} 」

笑みを崩さない婦人を横目に、執事が目を細める。

『··馬!湖の馬!お前の肉も忘れてないからな。でもやっぱり人間のは無理そうだっ!俺がひん剥かれかねん。いや厳密に言えば、もうひん剥かれてるんだけどなっがははっすまんなっ!』

これまでの人生で一番、力んだ自信がある。

「 {私にはなんだか···楽しそうに見えちゃうわ} 」

眉を顰め怪訝な表情を崩さない執事に向かって、婦人はにこりと頬を上げた。

「 {大丈夫?体調がすぐれないのかしら?} 」

婦人が年齢を感じさせない妖艶な顔に、困惑した表情を浮かべている。騎士たちは開かれた扉の先から互いを見つめ合い、部屋の中のある一点の異質な気配を探っていた。

「 {·····} 」

依然として、執事は釈然としないとでも言いたげな表情を隠さない。

「アバター」

悪ふざけをしているからか、婦人とは目を合わせる事すら烏滸がましく感じてくる。あいも変わらず続く沈黙。小さく零した息が広い部屋の中に漂うと、自分に貸した最後の関門に挑んだ。

「あの鐘を鳴らすのはあなた·········ぐふぅうッ」

「「「「 {??????} 」」」」

吹き出し、たまらずシーツに突っ伏す。ツムジに感じる痛みは段々と大きくなるばかり。案の定挿した『攻撃』が未熟な俺を揺さぶる。恐々、顔を上げると不安そうな異世界人達の表情に、小さく喉が鳴った。どうやら悪ふざけが過ぎたようだ。吹き出しさえしなければ、あと一歩で最高のはじまりが切れたのに、なんて考えていた『楽観』を纏った数刻前の俺。
 
通じない言葉。言葉が必要ない俺。

その事実が有難くもあり、悲しくもある。また今日から変わらなかった日々が始まるのだ。しかし以前の世界のような悲観的な気持ちはなかった。

そろそろぬるま湯から上がる時がきた。さぁ、ふにゃふにゃになってしまった肌にセラミド入りのボディークリームを塗りたくろう。

『シカクリームも増し増しじゃあ~~!!!!』

力み過ぎた声にならない叫びが、名前すら知らない異世界に轟いた。

「私はぺ、テ、ペテンと申します」

嘘を吐く。

俺はたった今名ずけた自身の偽の名を、婦人にも自分にも言い聞かせるように繰り返し呼んだ。

自分への嘘。他人への嘘。優しい嘘。苦しい嘘。残酷な嘘。ここからまた始まっていく。

「{そう。貴方の名はコンマンと言うのね}」

俺が発した言葉が鉄朱から聞こえ、意図が伝わったのだと理解する。

「あれ?なんか違う····ま、いっか。本当に助けてくださってありがとうございました。この御恩はいつか必ずお返し致します」

なんやかんやで回収できたように思う。

陽が沈まないうちにお暇しよう。ここから孤島までどのくらいで帰れるか分からない。シーツを整え立ち上がろうと足を踏み込むと、隠しきれなかった緊張と心労が一気に顔を出す。瞬く間にふらりとベッドへ舞い戻る。弾力のあるマットに沈み込む俺。白銀の髪が日光を纏い、本来の輝きを放つ。枕に埋もれ、騒がしくなる一同が真下から見えた時、やっと自身が倒れ込んだのだと気がついた。

「{奥様っ!}」

思いがけず見つめ合う婦人と俺。互いに陽を浴びた毛質の異なる髪色は、何処となく似ていた。隣に控る執事は、ふらつく俺に触れようとした婦人を、咄嗟に制止する。

鋭い視線は空気を切り、ドアストッパーに徹していた騎士達まで容易に届いた。またたく霞色の制服が音を立て風を切り、本来の役割を取り戻す。懐に添えられた手は、今にも引き抜かれそうだ。婦人から視線を向けたまま頷く執事。背中に目玉でも付いているのだろうか。それを合図に左扉の騎士が意図を正確に汲み取り、何事もなく定位置に戻る。これが阿吽の呼吸と言うやつか。

一瞬で起こった無数の出来事に、俺は目を見開く事しか出来なかった。

「·····こっわ」





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