上 下
84 / 120

第73話

しおりを挟む

 そうこうしながら、最初の目的地である東先生の準備室前に到着した。

 コンコンッ

「へぇーい、開いてんぞー」

 なかからそんな、やる気の無い気だるげな返答があった。見た目ホストだし、やる気無いし、なんでこの人教師してるんだろうか。

「んじゃ、しっつれ~しまぁす」

 何度目かの疑問をこっそり浮かべながらも、遠慮せず準備室内に足を踏み入れた。

 1ヶ月ぶりに入った東先生の準備室内は、相変わらずよく分からないプリントや各国の辞書、コスプレ衣装等で溢れかえっていた。床や机のありとあらゆる場所には、所狭しと様々なジャンルの本の樹木がそびえ立っている。

 どうやら片付けが苦手で、すぐに自分のテトリーが魔境になるのは変わっていないようだ。これは笹木ささき先生による笑顔の説教ルート不可避だな。


「おー、水無月か。どうした?」

 俺がそんなことを考えているだなんて思ってもいないのだろう、部屋の1番奥から東先生の呑気な声がしてきた。

 本の樹木を倒さないよう気をつけながら、その方向へと少し慎重に足を進める。

「どうしたもこうしたもぉ、この前東センセーが所望したブツを持ってきたんだけど~」

「その言い方やめろ。まるで怪しい物みたいじゃねぇか」

「え~、あながち間違ってもないし別に良くなぁい?」

「誤解されたくねぇんだよ」

「はいはい、しょぉがないなぁ~」   

 先生と戯れを言い合いつつもしかるべき書類を渡し、次の目的地へ行こうと離れかけた時だった。

 この場に引き止めるかのように、突然右腕を掴まれた。
 視界内には入っていたので、普段ならば自然な仕草で避けられたはずのそれに全く反応出来なかった。それでやっと、俺はどうやら疲れているらしい、ということに思い至った。

 そのことに対する僅かな動揺を完璧なヘラヘラとした笑顔の下に隠し、東先生に問う。

「あずにゃんどうしたのぉ~?」

「…………」

 右腕を掴んでいる東先生は、俺から視線を僅かに下へそらしたまま黙り込んでいる。いつもなら「あずにゃんって呼ぶな!」と言ってくるはずなのに、何とも珍しい事だ。


「…ちゃんと寝てるのか」

 絞り出すようにして出された問いは、そんなありきたりなものだった。東先生は何故か悲しい映画を観ている時のような、少し顔を歪めた表情で俺の目元辺りを見ている。

「…?」

 それを不思議に思い、コテンと少しだけ首を横に傾ける。
 どうしてこんな、どこか悲痛そうな顔で俺を見てくるのだろうか。よく、分からない。

「ん~、少なくとも3時間以上は寝てるよぉ~」

「…そうか」

「どうしたの~?なんかあずにゃんっぽくないよぉ~?」

「…うっせえ、つかあずにゃん言うなっつてんだろ」  

 ようやくいつもの決め台詞を言った東先生は、やはり、どこか普段とは少し違う気がした。
 でも、深くは聞かない。

 
 人との付き合いは必要最低限にする。
 
 最近はすっかり忘れかけてた、自身を守るために入学当時にさだめた、そんな決め事があるから。

 深く相手を知ってしまえば、それに伴って、裏切られた時に出来る見えない傷が更に深くなってしまう。
 あの痛みはもう二度と、味わいたくない。

 俺はただ、臆病なだけだった。


「他に行かなきゃいけない所があるからさぁ、もう出てい~い?東センセー?」

「あぁ、行っていいぞ」

 言うと同時に掴んでいた腕を解放する。
 そうして何もなかったかのように、俺がこの部屋へ来た当初と同じ体勢に戻った。


「しっつれ~しましたぁ~」  


 部屋を退出して扉を閉める直前に「…無理はするなよ」という東先生の声が聞こえた気がした。





しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

噂の補佐君

さっすん
BL
超王道男子校[私立坂坂学園]に通う「佐野晴」は高校二年生ながらも生徒会の補佐。 [私立坂坂学園]は言わずと知れた同性愛者の溢れる中高一貫校。 個性強過ぎな先輩後輩同級生に囲まれ、なんだかんだ楽しい日々。 そんな折、転校生が来て平和が崩れる___!? 無自覚美少年な補佐が総受け * この作品はBのLな作品ですので、閲覧にはご注意ください。 とりあえず、まだそれらしい過激表現はありませんが、もしかしたら今後入るかもしれません。 その場合はもちろん年齢制限をかけますが、もし、これは過激表現では?と思った方はぜひ、教えてください。

もういいや

senri
BL
急遽、有名で偏差値がバカ高い高校に編入した時雨 薊。兄である柊樹とともに編入したが…… まぁ……巻き込まれるよね!主人公だもん! しかも男子校かよ……… ーーーーーーーー 亀更新です☆期待しないでください☆

アリスの苦難

浅葱 花
BL
主人公、有栖川 紘(アリスガワ ヒロ) 彼は生徒会の庶務だった。 突然壊れた日常。 全校生徒からの繰り返される”制裁” それでも彼はその事実を受け入れた。 …自分は受けるべき人間だからと。

無自覚な

ネオン
BL
小さい頃に母が再婚した相手には連れ子がいた。 1つ上の義兄と1つ下の義弟、どちらも幼いながらに イケメンで運動もでき勉強もできる完璧な義兄弟だった。 それに比べて僕は周りの同級生や1つ下の義弟よりも小さくて いじめられやすく、母に教えられた料理や裁縫以外 何をやっても平凡だった。 そんな僕も花の高校2年生、1年生の頃と変わらず平和に過ごしてる それに比べて義兄弟達は学校で知らない人はいない そんな存在にまで上り積めていた。 こんな僕でも優しくしてくれる義兄と 僕のことを嫌ってる義弟。 でも最近みんなの様子が変で困ってます 無自覚美少年主人公が義兄弟や周りに愛される話です。

笑わない風紀委員長

馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。 が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。 そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め── ※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。 ※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。 ※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。 ※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

地味で冴えない俺の最高なポディション。

どらやき
BL
前髪は目までかかり、身長は160cm台。 オマケに丸い伊達メガネ。 高校2年生になった今でも俺は立派な陰キャとしてクラスの片隅にいる。 そして、今日も相変わらずクラスのイケメン男子達は尊い。 あぁ。やばい。イケメン×イケメンって最高。 俺のポディションは片隅に限るな。

処理中です...