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第64話

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 「これが例の転入生か…」とでも言いたそうな、憐れむ表情かおで委員長がこちらを見てくる。お願いそんな目で見てこないで、なんだか泣けてくるから。

 そういえば俺達生徒会って、柳瀬クンの面倒を見るようにと、昨日理事長から連絡きてたな…。え、嫌なんだけど。懐いてるっぽいし、双子が担当してくれないだろうか。

「柳瀬春人…お前が転入生か。あのような会話をしてしまった俺が言っても説得力などないかもしれないが、ここは食堂。学園の教師生徒、皆が利用する公共の場だ。それを踏まえ、有事以外は大声を出すのを控えて欲しい」

 止まっていた足を再び動かし、委員長と副委員長が俺達の目の前まで歩いてくる。

「補足しますが、食堂以外の場所でも大声で話すことは可能な限り控えて下さいね。他の方の迷惑となりますので」

 副委員長が委員長の発言にさり気なく補足して抜け道を潰す。2人が言っていることは、日常生活における至って当たり前のマナー。こんなこと、普通は幼稚園児だって知っている。

 …だが、そうは言ってもこの学園ではあまり守られていないのが現状だ。もし守られていたら、食堂へ来るたびに耳栓と心の準備をせずにすんでいるはずなのだから。

 だからだろう、委員長達もそこまで期待していない様子だ。
 まぁ、流石に1人で50人以上の生徒分に匹敵するであろう大声で話す柳瀬クンには自重して欲しいが。でないと、もれなく近いうちに俺の鼓膜が死ぬ。


「何言ってるんだよ!!!!!!!!オレはお前たちの名前を聞いてるんだぞ!!!!!だから教えないとダメなんだ!!!!!なのにそんなイジワル言うなんてヒドイんだぞ!!!!!!!!」

 まるで八つ当たりをするかのように、俺の手を掴む柳瀬クンの手にこもる力が再び強くなっていく。

 それに比例して、骨のギシギシ音も次第に大きくなっていき…。ちょっ、次こそ本当に手の骨が折れそうなんだが!?

「や、柳瀬クンっ!お願いだから手ぇ離してぇ!じゃないと骨折れちゃうよぉ~!!」

 今度は焦った口調を心掛けて柳瀬クンにお願いする。先程注意して泣かれかけたダメージが地味に残っている様子なので、慶からの助け船は期待できない。

 緊急事態だと判断したのだろう。目前で見ていた委員長と副委員長が、俺の手を離させようと腕を伸ばし、口を開きかけた、その時だった。


「……!!!!わ、わり…真琴ごめんな!!!!!!痛かったよな!!!!オレ、さっきはどうかしてたぞ!!!!!!!!慶がイジワル言うから、思わずやっちゃったままだったんだ!!!!!!!謝ったから許してくれるよな!!!!!だって友達だろ!!!!!!!」

 1回目には渋っていたとは思えないほどあっさりと、柳瀬クンは掴んでいた手をパッと離す。掴まれていた左手には、俺のより少し小さい柳瀬クンの手の形の赤黒いアザが浮かび上がっていた。それが誰にもバレない内に、右手と少し裾の長いカーディガンで隠す。

 ははは、こんなヤバそうな痣デキたの、小学生の頃以来じゃん。あ、でも、見えるとこにデキたのは初めてだ。アイツら父親達、服で隠れるとこだけを狙ってヤってきてからな。

 そんな懐かしい出来事を、一瞬の隙に回想する。普通の人間は、思い出す度恐怖にさいまれるのだろう。
 しかし今の俺とってそれは、喜劇にすらならない笑い話。本来あるはずの負の感情は無に還り、何も思わない。思えない。

 
「おれ、いじわ…言って、な…」 

「言っただろ!!!!!!真琴が勝手にどこか行こうとするから止めただけなのに、ダメだって!!!!!!!」

「それ、は……」 

「「ハルもけいっちも、一旦クールダウンしよーよ!ね?」」

アイツ真琴の件もそれ意地悪云々も一旦置いとけ。…春人、お前は俺様のことだけを考えていればいい。そうだろ?」

 そのやり取りで、意識が現在に帰る。

 いつの間にか、会長達が俺から離れた柳瀬クンをぐるっと囲っていた。会長は珍しく、委員長の存在を忘れたかのように、何事もなかった様子で振る舞っている。
 何故か普段よりもちゃんと俺様ムーブをかましていて、いつものを知っている俺としては少し…いやかなり滑稽で面白い。



「あの神崎があのようになるとは、な…。ふむ…」

「いや葵様、どのような時でも思考を止めないその有り様は素晴らしいですが、今は考察している場合ではないでしょう」


 副委員長の言葉を耳にし、異様に静まり返った周囲にそっと視線を向ける。

 そこには、怒り、嫉妬、憎しみ、悲しみ……。そんな、様々な感情を表情に宿して、柳瀬クンを入れた会長達5人を見ている生徒達の姿があった。








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