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第3章:それはとても、幸せなこと

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「冬美、もしかして……」

「え?」

「冬美、もしかして……由香さんの好きな相手って、知らないの?」

「え? えと……」

 好きな相手を知らないどころか、好きな相手が居る事すら知らなかったとは、言えなかった。
 小さく頷くと、

「冬美、本当に鈍いわねぇ~。それって、春斗と一緒よ。幸せボケなの?」

 と、椿と里美がくすくすと笑う。
 二人の口調から、自分の知っている人なのだろうかと考え込んだ冬美は、一人の青年の姿を思い浮かべた。
 いつも元気で明るくて、由香のそばにいる人。それは……。

「誰、なのかな……」

 冬美がそう言った瞬間、椿、里美、由香は、口をぽかんと開けた。
 呆れられたかもしれない――そう思った冬美は、懸命に考え込む。

「冬美、無理しなくていいから! ていうか、アンタが知らないのなら、知らないままでいいから!」

「え、でも! 私だけ知らないっていうのは……それに、応援したいし! もしかしたら、お手伝い出来る事があるかもしれないし! 由香さんと同じ年の人の事なら、哲哉兄さんに聞く事も出来るかも……」

「た、頼むからそれだけは止めてっ……」

 必死の形相で、由香は冬美の両肩を掴んできた。椿と里美は、必死に笑いを収めようとして震えている。

「冬美、本当に気づいてないんだね」

「いくらなんでも、そろそろ気づいてもいいんじゃない?」

「え?」

 椿と里美は、また笑いそうになっていた。由香は冬美の両肩に手を置いたまま、顔を真っ赤にして震えている。
 これってもしかして、と冬美は思う。

「もしかして、由香さんの好きな人って、哲哉兄さんなんですか?」

 そう聞くと、真っ赤な顔をした由香は、深いため息をついた後、うん、と頷いた。

「哲哉兄さん、ですか……」

 哲哉という従兄は、ずっと冬美の日常に居た人だ。あまりに身近過ぎて、彼が誰かと恋をするなど、今まで考える事が出来なかった。
 だけど、冬美だって恋をするお年頃なのだ。冬美よりも年長の彼が恋愛をしてもおかしくないわけで。

「ねぇ、冬美……ぶっちゃけ、哲哉さんってどんなタイプが好きなのかな?」

「え? それは……ごめんなさい……聞いた事ない、です……」

 もしかすると夏輝なら哲哉とそういう話をしている事もあるかもしれないが、冬美は哲哉と恋バナなどした事がなかった。

「そうだよねぇ~。哲哉は、そういうのに本当に興味なさそうだもんねぇ~。いつも武臣様、父上、冬美様、夏輝様、だもんねぇ~」

「えと……」

 確かに、哲哉は月村の道場の事や、冬美や夏輝の面倒をよく見てくれているから、恋愛方面に向ける時間はあまりないかもしれない。

「確かに……哲哉兄さんはいつもうちの道場を手伝ってくれたりしているので、忙しそうです……。だからその……哲哉兄さんが誰かとお付き合いしているというのは……考えられないと思います……」

 冬美がそう言うと、

「うん、そっかぁ~。そうだよねぇ~」

 と、由香は苦笑した。哲哉が誰とも付き合っていないというのは嬉しいが、彼女は自分がそういう対象ではないと思いこんでいるのだ。
 冬美は自分が知る限りの哲哉の周りに居る女の子の事を考えてみた。
 もちろん学年が違うので冬美の知らない女の子も居るだろうが、冬美の知る限り哲哉のそばに居て彼と仲が良い女の子は、由香のような気がする。

「まあ、私も哲哉に告白もしてないし、そういうそぶりも見せた事はないから、気づかなくても当然なんだけどね」

 そう言って苦笑した由香は、哲哉には内緒にしてよね、と続けた。

「ね、冬美って、すごくリアルが充実しているでしょ? 好きな人に、自分が相手を好きなのと同じくらい好きでいてもらえるって事は、とても幸せな事なのよ」

 そう言った椿に冬美は頷いた。
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