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第6章:不和
9・大樹さんの怒り
しおりを挟む「ねぇ、だいちゃ、けんちゃは?」
大樹さんのジーンズを引っ張って、昌央が言った。
そう言えば、確かに賢さんが居ないなぁ。
大樹さんと賢さんはいつも一緒っていうイメージだから、大樹さんが一人なのが不思議な感じだ。
昌央もきっと同じ事を思ったんだろうなぁ。
「賢は、もう居ない……」
「え? どういう事?」
「こはな?」
不思議そうに昌央が首を傾げ、私を見上げる。
どういう事なのか教えてほしいっていう事なんだろうけど、私だってわからないよ。
「大樹さん、賢さんが居ないって、一体……」
「言葉通りの意味だ。賢が今後、お前や真中家の方々の前に姿を現す事はない。賢は首にした」
「え? 二人、あんなに仲が良かったのに……何かあったんですか?」
私がそう聞くと、大樹さんは深いため息をつき、頷いた。
「何かあったどころじゃない。あいつは俺に、いろんな事を黙っていた……」
「いろんな事って?」
「……例えば、東野の娘がお前に辛く当たっていた事とか……」
「それ、真紀ちゃんの事ですか?」
「あぁ」
そうか、賢さんは真紀ちゃんの事を、大樹さんに黙っていたんだよね。
確か、大樹さんまで報告する前に態度を改めるように言っていたって、真紀ちゃんのお姉さんの亜紀さんが教えてくれたけれど、真紀ちゃんの態度は変わらなかったんだ。
それでも賢さんが真紀ちゃんの事を報告しなかったのは、真紀ちゃんや亜紀さんが東宮司家から罰を受けないようにするためだろうね。
賢さんって、すごく優しいと思う。
だけどそれは、大樹さんにとっては許せない事だったらしい。
「浦西家の娘も、お前に辛く当たっていたと聞いた……。千隼も、将成も、蘭華も知っていた事なのに、賢は俺の耳に入らないようにした……。俺が知っていたら、少なくとも東野の娘をお前から遠ざける事ができた。そうすれば、お前はこんなひどい怪我をしなかったはずだっ! 俺は賢を……東野の娘を、絶対に許さないっ」
「大樹さん……」
賢さんに対し、大樹さんがこんなに怒っているのを、初めて見た。
大樹さんと賢さんは、主従の関係ではあるのだろうけど、主従というよりも親友同士という感じだった。
だから、賢さんが大樹さんの事をからかうような口調で話しても、大樹さんは気にしていないようだったし、怒る事もなかった。
それなのに今の大樹さんからは、まるで賢さんを憎んでいるかのようだ。
「賢さんが真紀ちゃんの事を大樹さんに内緒にしていたのは、真紀ちゃんや東野家の人の事を考えて黙っていたんだよ! それは、賢さんの優しさだよ!」
「優しさ? どこがだ! どう考えても、東野の娘が悪いだろう! 俺に知らせずに、賢が自分だけで解決できると思っていたのなら、それは奴の思い上がりだ! その結果、お前にこんな怪我をさせてしまったんだからな!」
どうやら大樹さんは、私の怪我が賢さんのせいだと思っているようだった。
賢さんのせいじゃない……そう言いたかったけれど、今の大樹さんには聞き入れてもらえないような気がする。
「大樹さん、賢さんや真紀ちゃんは、今、どうしているんですか?」
「知らない……賢の事も、東野家の事も、処分は父と裏東家に任せている……」
「処分って……どういう事ですかっ!」
「死んではいないとは思うがな……そこはじいの……裏東家の当主が決めているだろう」
裏東家の当主って、賢さんのおじいさんだっけ?
ものすごく東宮司家を大切にしていて、厳しい人って聞いたような気がする。
だとしたら、賢さんも真紀ちゃんも、死んではいなくても、相当ひどい目にあっているんじゃないの?
「大樹さん、賢さんたちを許してあげてよ! 私の怪我は、賢さんのせいじゃないよ!」
必死に頼んだけれど、大樹さんは「無理だ」と言って首を横に振った。
大樹さんは賢さんが、真紀ちゃんが、どうしても許せないのだと言う。
「お願いだから!」
「だから、無理だと言っているだろう! 俺は絶対に賢を許さない!」
「大樹さん、心狭いよ!」
「どう言われようと、許せないものは許せない!」
さっきまでの甘い雰囲気はどこへ行ったのやら。
「うわぁぁぁんっ」
大声で怒鳴り合う私と大樹さんに驚いて、昌央が泣き出してしまった。
小さな体でドアを開けると、部屋を飛び出して行く。
「あ、昌央!」
慌てて昌央を追いかけて部屋を出ると、そこには昌央を抱いたおじいちゃんと、亘先生が居た。
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